クロダン・ショック
「久しぶり。なんか焼けたね」
「そっちこそな。というかクローバーとは何度か遭遇したが、カペラのところは何やってたんだ?」
「まあ、私たちはあんまり目立たなかったかもね。ずっと第二体育館にいたから」
確かに、私、アル、カペラちゃんとで集まるとカペラちゃんだけめっちゃ白い。オセロみたい。
「ハトダンは篭りきりだったんだね。クロダンはよく外にいたけど、日焼け止め塗ってたから他の子よりかは焼けてないはずなんだけどな……。カペラちゃん見ると自信無くす」
「しょうがないよ、ハトダンは焼かないことを信条にしてる先輩も多かったから」
「ちょ、ちょっと待て。クロダン、ハトダンってなんだ?」
「え?」
「え?」
三者三様異文化に接した三週間だったので、解決の目処が立たず偶然通りかかったクロダンの二年生に聞いてみた。
「先輩、四つの団の通称を教えてください!」
「え?クロダン、ダイダン、ハトダン、スペードだよな?」
「……」
「……」
「…………え、なんでうちだけ仲間外れなんだ?」
王立学園体育祭。これは三日間に渡り、一日目は初等部、二日目は中等部、三日目は高等部である。日程は六月の初めの週末、それが祝日と被り三連休となるのでそこに合わせて開催される。場所は王立スタジアム。生徒数はもちろん観客も防犯に招待状を持った親族のみであるのにも関わらず膨大な人数となるので妥当な会場である。そこが全国のスポーツ少年の夢見る夢の舞台だということはおいておく。
初等部長の号令で始まった体育祭。リレーや玉入れなど粛々と進む。まあ元からわかっていたことだが、かなり体力は向上したがガッツリ練習していた他には負ける。ま、そりゃあなみたいな空気がクロダン内でも漂うが、一年の全員リレーの時ラストとラスト一個前のベガとリゲルで一位をぶっちぎった時はめっちゃ盛り上がった。
さて、私たちの本番とも言える一年生のダンスは午前、昼直後に応援団で応援合戦、二年のオリダンは午後、三年の組体操はプログラムの一番最後、トリである。
私たち一年生は放送に従って空き教室に移動すると、持っていた制服(異性用)に着替える。女子は身長を傘増しする靴を履き、男子は声のコンディションを整える(カイは特に)。
皆その表情は不安げだ。もはや泣きそうなヘゼちゃんを抱きしめているザニアちゃんも、その表情は曇っている。
失敗したらどうしよう。そんな考えが頭の中をぐるぐるする。でも誰も怖くて誰も何も言えない。
それでももう時間が来る。リゲルが勇気を出してドアに手をかけると、力を入れる前にスパーン!とあちらからドアが開いた。
「プリティ・キューティー?」
「「「クロダン!!!」」」
聞き覚えのありすぎるフレーズに、みんなで何も考えずに叫んでいた。
「クロダンはいつでも?」
「「「えがおー!!!」」」
「よし、行け!」
扉の向こうにいたのは二年の先輩たち。プログラム的には三人四脚後なのだろう、少し泥のついた先輩もいる。一年一人に二年生も一人ずつついて、私の前にも散々お世話になった先輩が来てくれた。
「先輩?」
「アジメクちゃん、ちょっといい?」
二年のカラ先輩に声をかけられて上を向くとおでこのところをキュッと締め付けられた。周りを見ると他のおでこも彩る黒い鉢巻。
「ダンスは服装指定はあるけど頭髪の指定はないからね。好きに飾って来る団も多いし」
カラ先輩は私の肩に手を置くとそのまま優しく抱き寄せた。
「初めて皆の前に出て、皆に注目されて。すごい怖いよね、緊張するし、不安にもなる。でも私も団長たち先輩もここから声を贈ることしかできない。だから、これも連れてって」
私のおでこをツンと突くと、私の腕を引っ張って先へと押した。
扉へと。
副団長が私たちに向けて拳を掲げた。
「人を笑顔にするには俺たちも笑顔にならなければならない。人を楽しませるには俺たちも楽しまなければならない。俺たちはエンターテイナーだ。苦しみを見せず、夢を見せてこい!」
私たちは顔を見合わせて、今度こそ先を争うように走り出した。
観客の待つ会場へと。
一年生、伝統ダンス。制服を身につけ、約五十人の学生がほとんど全く同じ動きで踊り狂う。日常と非日常の混合だ。
私たちクロダンは「男?女?」と囁かれながら定位置に並んだ。四団が争う場合はスペード、ハート、ダイヤモンド、クローバーの順番になるので私たちは最後だ。
他の団の演舞を見て気がつくが、決まったフリで踊るとはいえ多少なりとも
それぞれに個性が出るみたいだ。
スペードの演技は堂々と。まあダンスは同じなのだが大柄な生徒が多いせいか私たちの踊りよりもダイナミックに見える。
ハートはその反対かもしれない。たおやかに、しなやかに、キレのあるダンス。静かな気迫すらあり、遠目で見たカペラちゃんも冷たいほどの真顔で他を圧倒していた。
ダイヤモンドはすごい、の一言だろう。一糸乱れぬというか、軍隊のように指先の角度まで揃った演技は見事だった。
一つの演目二分半。あっという間に順番が来て、ステージ中央へと駆ける。
男女逆転の衣装を観客全員に見せる。笑い半分、気むずかしげな教師は眉を顰める。
(あ、やばい。緊張してきた)
なんで?さっき大丈夫だったじゃん、さっきまでは……。
コツン
こめかみをつつかれて思わず抑えると手の中には黒の鉢巻。隣にはベガ。
あ、大丈夫だ。
伝統ダンス。全団が共通のこれは振り一つ一つの難易度は正直高くない。しかし約五十人がほとんど同じ動きをする。いくら一人一人が九歳のちびっ子であろうとも迫力がある。
私たちクロダンは、スペードみたいな迫力は出せない。ハトダンみたいにキレも出ない。ダイダンみたいな動きもできない。
でも、誰よりも楽しそうにしてやる。どこの団よりも笑顔にしてやる。
二分半。他の団を見ていた時よりもあっという間だった。練習からわかっていたことだが、着慣れない服を着て重い靴を振り回して踊るのがしんどい。笑顔が崩れそうになる。それでも、無事踊り終わった後の、親、先生そして他の生徒の笑顔は何にも替え難い。
「た、楽しかった……」
思わずと言った風にステージ中央でアンカーが呟く。私たちみんな同じ気持ちだ。
みんなの心には満足感。幸せ、喜び。それでも点数はつく。その発表と隣のダイダンの歓声を背景に、アンカーは言った。
「でも、一番笑顔にして楽しませたのは僕たちだよね」
うっかりすれば負け惜しみにしか聞こえないような言葉を語るその顔は晴れやかだ。
「苦しみを見せず、夢を見せろ。きっとこれって他の生徒に対してもだったんじゃない?」
はっとする。先輩たちが他の生徒の前ではなんてことのないようにみせていたのは、他の生徒を観客だと認識していたため。エンターテイナーの意地と誇りにかけた全ては、あんな、パフォーマンス後の歓声を浴びた後の私たちには腑に落ちすぎた。
「あらぁ、おかえり。残念だったわねぇ。……て、あら」
クロダンの席に戻る時、私たちの顔を見た団長はニヤリと笑った。
お昼を挟んで応援団による応援合戦、はまあいいだろう。あれは言語化するものではない。
その後しばらく後に二年のダンスだ。先輩たちが衣装に着替えて配置につくのを、私たちはクロダンの席から見守っていた。
「ねえ」
ふと、隣にいたベガに袖を引かれる。コソコソと耳打ちされた言葉に急いで反対側の生徒に伝えていく。
「じゃ、いくよ!せーの!」
私たちは叫んだ。ある人は楽しそうに、ある人は少し恥ずかしそうに。
「「「先輩!頑張ってー!」」」
「「「とーぜん!!」」」
振り返った先輩方は皆服装がバラバラだったが、その体のどこかに黒い鉢巻きを巻いていた。
二年、オリジナルダンスは五分の持ち時間内ではどんなダンスを行なっても小道具を使ってもどんな服装でも常識の範囲内ならなんでもオーケー。まさにクロダンのためにできたかのような制度である。
まずはダイアモンド。オリジナルダンスは伝統ダンスなど他の競技と違って順番は決まっておらず、くじ引きだ。トップバッターになることが少ないダイアモンドだったが、堂々としたダンスだった。多分どこかの民族の踊りなのだろうか。妙に耳に残る音楽と手元の鈴を鳴らして舞い踊る。印象的な衣装と合わさって、見るものの心を掴んだ。
スペード。騎士をモチーフにした衣装に身を包み、模擬剣のようなものを持って踊っている。集団での剣舞というか。隣のものと競い合い協力し合い、乱戦のようだと思えば二つに分かれて秩序を守り戦う。荒々しくも清廉な騎士の舞を披露した。
ハートはまるでアイドルのように。猫をモチーフとした衣装でとにかくあざとい、かわいい。途中でウィンクなどファンサを入れている子もいた。つまりアイドル状態。何人かの男子がポーッとなっていた。
そして最後、先輩たちである。私たちはそろそろ順番だという頃になって、次に出る競技の準備をするかと立ち上がった。周りの一年生がざわついているのが申し訳ない。でも気にしないでくれ。
逃げる準備をしているだけだから。
クローバー。先輩方のダンスは学園の先生の格好を真似し、他は生徒として日常を表現する。音楽に合わせてはいるのでダンスの形を取れてはいるが、まあ音楽に合わせて体を動かすので一応ダンスをしてはいるが、その実無音劇のようなものだ。
主人公として右往左往するのは副団長のシータ先輩。その生徒をよく叱っているのは教頭役のアンタレス先輩だ。他の先輩も大袈裟な身振り手振りで先生を真似したり主役の二人を盛り上げたり。そんな学生と教師が曲のサビになる頃には一緒になって踊り出す。
そう、その光景は平和な学校生活と仲の良い学生と教師とを表しており、サビ前までの似ていたり似ていなったりする先生モノマネで笑わせていたものの、非常に楽しく問題児クロダンを忘れさせる内容だった。
まあ、そのラストまでは。
最後、全員が集まって中央で決めポーズ。そのポーズで、教頭役のテオ先輩が頭の上に乗っているカツラを投げた。
まあカツラというか、先生の髪型に合わせて作っているので、先生役をやっている生徒は大体つけているのだがここで大問題。
教頭先生、本当にカツラなのだ。
そしてアンタレス先輩の頭にはご丁寧にハゲのカツラが光っている。下に仕込んでいたのだろう。確信犯だ。
つまり。
「クーローダーン!!!!許さんぞ!」
「おい!逃げろ!」
激昂する教頭、逃げるクロダン、爆笑の他生徒。そしてなんのことやらわからない、素晴らしいダンスだったようなのになと不思議がる保護者と地獄絵図。このダンスの採点には教頭も入っていたので点数発表は押しに押したし、教頭に気を遣った先生が多くいたのでクロダンは最下位でしたとさ。めでたしめでたし。
まあ、大勢の前でカツラをいじられた先生は気の毒だとは思うが、時々本人も自虐でネタにしてるのでこれくらいは許してほしい。
その後も他の競技や三年の組体操と続き、クロダンはあまり点数を取れずに結局最下位で体育祭を終わってしまった。
しかしメンバーの表情は晴れやか。
「アイスあるわよぉー」
体育祭後、クロダンで集まって写真撮影、軽い打ち上げと称し集まっていた。
そこでひとしきり盛り上げてから、すっと輪から離れた団長に気がついた。思わずその背を追った。
「団長」
「あらー、アジメクちゃん。どうしたの?」
「その、どっかいくんですか?」
「あら、ええ。ちょっともう一仕事あるの。どうかしたの?」
「その……もうこれまでみたいに会えなくなるんだなって思って」
素直にそう白状すると、団長はふふふと笑った。顔が熱くなる。
「じゃあ、ちょっと手伝ってもらえる?実はこれを現像しにいくの」
団長が揺らしたダンボールを覗くとそこには練習期間中に私たちが使っていたカメラが入っていた。
「それ、現像するんですか?」
「ええ。アルバムにしてクロダン用の部屋、団室に置いておくわ」
「え、そんなのあるんですか?」
「まあこの二週間は使わなかったけどね。あるのよ、今度案内してあげるから気楽にいらっしゃい」
聞けば異性用の制服などもそこにあったのだという。だいぶ物置だが住めば都だとか。あと無法地帯だとも聞いた。……どんな部屋なんだろう。
「まあそれは後で作ればいいのだけどねぇ。もう一個、顧問の先生に渡すために現像するの。多分待ってると思うから今日中にやっちゃうわ」
「はあ……」
顧問。今回全く姿を表さなかった先生のために。少し不服そうな私に団長は優しく話した。
「ねえ、私男爵家の三女なの。副団長のシータくんは伯爵。この意味わかる?」
はっとした。この二週間全く身分差のことを考えずにいた、異質さに。
「この学校は身分を取り払いとか一学生として平等だとか色々言っているけど、結局は先生たちも私たちを身分に沿った扱いをするし上の身分の子を優遇するわ。でもそれは仕方のないこと、ここは社会の縮図だもの。先生方も些細なことで職を奪われるのを避けたいでしょうしね」
「……」
「だから、クロダンには先生がいないの」
「え……?」
「他の団にはいるのよ?だからこそ団長副団長は権力のある生徒が選ばれやすいしそういう子を目立たせるような演出を考えなくちゃいけない。でもそうなったら楽しくないし何よりも寂しいわ」
「寂しい?」
「うん。身分を気にしていたら、こうやってアジメクちゃんの頭を撫でられないし、かわいいほっぺたを突けないもの」
「…………」
「でもこんな茶番も初等部で終わり。体育祭、ひいては四つの団での活動はそのまま将来や就職先に直結するようになる。今みたいに先生との関わりを極力控えるなんて方法じゃ誤魔化されないもの。多分アジメクちゃんも重要な役割を任されるようになるわ。それこそ団長とか……て、嫌そうな顔しないの」
「…………いやです」
「えー、そんなに嫌?まあ大変だけどね、楽しいよ団長の仕事も」
「……そうじゃなくて。今みたいに先輩に頭を撫でてもらったり、ほっぺを突っついてもらえなくなるのは、嫌です」
「…………そっか。私もよ」
「はい」
私たちは目をまっすぐに合わせた。先に目を逸らしたのは団長だった。
「ま、先生に言ってみるわ。皆は知らないだろうけど頼りになるのよ。私の仕事をバレない範囲で手伝ってくれたりとか、あとアイスとか制汗剤とかあれ団費って言ってたけど本当は先生の差し入れなの。経費落ちないのよ」
団長はいつも笑ってた。でもその時の笑顔はいつもとは違って、ちょっと苦しそうな笑顔だった。
私は何もできずに、その場を去る背を見送ることしかできなかった。
『親愛なるお父様へ
最近は忙しくて。連絡が疎かになってしまってすみません。今日は体育祭でした。疲れましたけど、とても楽しかったです。クロダンの一員で本当に良かったです。というわけで例の彼女には体育祭のために筋肉をつけておくことをお勧めします。後日おすすめの筋トレメニューを手紙で送るのでぜひ実施してください。詳細は手紙にも書きますが、子鹿のような大腿四頭筋ではまず体育祭期間を乗り切れないと思ってください。牡鹿のようとは言わずとも雌鹿くらいにはなっていただかないと。そもそも健全な精神とは』
「あ」
収まりきらなかった。そう長く書いたつもりはないのだけど。
「まあ、続きは二枚目でいいか」
とりあえずグッと送ってもう一枚書き始める。そうしているうちに返信が来た。
『何があったかはわからないですが筋トレに目覚めたのはわかりました。これに対する返事も先ほどの続きもいらないのでもう寝なさい』
「…………」
その返信を見て、まだまだ書ききれない二枚目を見た。
「……」
見なかったことにして三枚目に取り掛かった。




