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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.3 よくある話
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よく叫ぶ話

 髪をつかむ手が、ぎりぎりと強くなる。ぶちぶちと抜ける音が聞こえ、箱崎は痛みに顔をゆがませた。


「殺されるまでいじめ抜かれることが普通の学校生活ってことなの?しかも受験を苦にした自殺だなんて……。私にお金があったら、弁護士雇って、教育委員会も学校もあんた達も訴えて、罪を明らかにしてやったのに!私には、そうするお金もないんだよ!」


 女はバットを置き、箱崎の胸倉をつかんで、頬を平手で打つ。自身の手の痛みなんて気にするそぶりも見せず、ただひたすらに何度もたたいた。


「もう!私には何も!ないんだよ!息子も!金も!私は!犯罪者になってもいい!だって!もう何もないから!おまえを!殺して!逮捕されたって!惜しくないんだよ!」


 軽快な音が、リズミカルに響いている。何度もひっぱたかれた箱崎の頬は、見るに堪えないほど腫れ上がっていた。


 女は再びバットを持つ。


「このバットだってなあ、めちゃくちゃ高かった!でも、私にはもう息子にお金をかけてあげられない!お金がないせいで、部活もさせてあげられなかったからなぁ!」


 今度はバットで背中を何度も打ち付ける。箱崎は何度も意識を手放しそうになりながら、喉から短い悲鳴をひねり出していた。


 女は肩で息をしながら、鶴岡と滝田のほうに顔を向ける。二人は自分の番が来たことを悟った。逃げようと後ろを向くと、中年の男性が立ちふさがっており、足止めを食らった。


 男性は顔をゆがめて、憎々し気に言い放つ。


「この人殺しどもめ……」


 きっと女の仲間なのだ。二人は短い悲鳴を上げる。腰を抜かして、男性を見上げながら後ろに下がった。


 男性の少し後ろでは、中年の女性が涙をはらはらと流している。男性は恨めしそうに言った。


「俺たちはなぁ、おまえたちがここで殺した明の親だよ。いじめっ子の親の顔を初めて見ただろ?いじめっ子にも親がいるなんて想像もつかなかっただろ。本当はなぁ、私だって何もなかったら、おまえたちのことぶち殺してやったさ」


 鶴岡と滝田の体が小刻みに震えだす。男性は声を荒らげた。


「でもなあ、私には辞めちゃいけない仕事があって、守るべき家族が残ってるんだ!おまえたちのせいで、これ以上苦しめられてたまるかぁ!」


 男性に続いて、後ろにいた女性が泣きはらしながら叫ぶ。


「この人殺し!あんたたちは人殺しよ!うちの明は、薬を飲んでたら生きていたかもしれないのに!あんたたちみたいなクズが死ぬべきだったのよ!あんたたちが死ね!ここで死ねぇえええ!うわあああああああああ」


「どうしてなんだ……どうして、おまえたちみたいなやつらのせいで、あの子が死ななきゃいけなかったんだ……!」


 箱崎は、痛みをこらえながら、精一杯声を張り上げる。


「くそ、くそ、くそ……!なんで俺がそんなこと言われなきゃいけねえんだよ!底辺がいきがんな!こんなことして普通に生活できると思ってんのか!底辺のくせに!底辺のくせに!おまえらの仕事なんかなくすことなんていつでも」


「やってみなよ」


 作業着姿の女は表情のない顔で、バットを勢いよく箱崎の腕に振り下ろした。バキッと壊れる音が響く。バットではない。箱崎の腕が、あり得ない位置でありえない角度に曲がっていた。


「ぎいぃやああああああああああ」


 身もだえながら叫び声をあげる箱崎に、女は唾を吐き捨てる。


女の顔が、腰を抜かして動けない鶴岡に向けられた。ゆっくりと鶴岡に向かって歩いていく。


鶴岡は女に気付いて、必死に逃げようと後ろに下がりはじめた。女は鶴岡の目の前にまで来ると、有無を言わさずバットで首元を打ちこむ。


「ぎゃっ」と叫んだ鶴岡が地面に倒れると、その体にバットを容赦なく振り下ろした。何度も何度も、顔色一つ変えることなく、殴打を繰り返す。


 その光景に耐えられなくなったのか、滝田が悲鳴を上げ、逃げるように駆け出した。女はその後ろを急いで追いかける。


四十の女性とは思えない速さで追いつき、滝田の背中に思い切り打ち込んだ。倒れた滝田の足にバットを振り下ろす。粉砕骨折をさせる勢いで、何度も打ち付けた。


三人の少年の体を順番に、何度も何度も何度も何度もバットで殴り続ける。


「ひいいいい」


「助けて、助けて、殺される……」


「ごめんなさいごめんなさい」


 少年たちの悲鳴が響いても、謝罪を繰り返されても、女が許すことはない。汗だくになりながら、少年たちが動けなくなるまで打ち込む。それでも、頭を殴ることだけは決してしなかった。


 箱崎はすでにうつぶせのまま、息をするので精いっぱい。鶴岡と滝田は横たわったまま、おびえる瞳で女を見上げる。


女は肩で息をしながら、少年たちに言った。


「助けてほしいんだったら、助けてくれってお願いして見なよ。ここには正義の味方の三美神様がいるんだから」


 鶴岡と滝田はハッとして、川岸に立つ瑠璃のほうに顔を向けた。


 いつのまにか、三美神が瑠璃のもとに移動し、目の前の復讐ふくしゅう劇を静観していた。


 ちなみに新名はスマホを三美神に預け、とっくに帰らされている。


 箱崎が三美神に向かって、弱弱しく声を放った。


「たすけて……お願い……反省するから……ゆるして……」


 哲は健一に顔を向け、ひとごとのように言った。


「どうする?助ける?」


 健一は顔をしかめ、厳しい表情を浮かべている。


「あんたに任せるよ」


「そう言われましても……」


 哲は瑠璃に顔を向ける。瑠璃は決まってるでしょう、と首を振った。


「和也はどう思う?」


 和也は少年たちを一人ずつ見つめていく。やがて、困ったように笑った。


「この子たちを助けるのは、僕たちの仕事じゃないでしょ」


 少年たちの顔はみるみる青ざめていく。哲の言葉が、残酷に響き渡った。


「俺たちは警察じゃないし。こういうの助けてたらきりがないからな。この中の誰かが一人でも死ねば。その時は助けなきゃいけなくなるんだけどね」


 バットを持った女の笑い声が、高架下に高らかに響く。おかしくておかしてくたまらないといったようすで、上を向きながら大口を開けて笑っていた。


「あーあ、残念だったね。助けてやらないってよ、あんたたちのこと」


 ひととおり笑って落ち着いたのか、女は自嘲気味に小さく笑う。


「ねえ、なんで私があんたたちの頭を殴らないかわかる?ていうか気付いてた?私があえて頭を殴らなかったこと」


 女はバットを上に掲げる。


「木製でも結構重くてさ。頑丈なんだよね。だから頭なんかに勢いよく振り下ろしたら、すぐに頭蓋骨われちゃって、殺しかねないじゃん」


 女は馬鹿にするような目で少年たちを見下ろす。

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