よく叫ぶ話
髪をつかむ手が、ぎりぎりと強くなる。ぶちぶちと抜ける音が聞こえ、箱崎は痛みに顔をゆがませた。
「殺されるまでいじめ抜かれることが普通の学校生活ってことなの?しかも受験を苦にした自殺だなんて……。私にお金があったら、弁護士雇って、教育委員会も学校もあんた達も訴えて、罪を明らかにしてやったのに!私には、そうするお金もないんだよ!」
女はバットを置き、箱崎の胸倉をつかんで、頬を平手で打つ。自身の手の痛みなんて気にするそぶりも見せず、ただひたすらに何度もたたいた。
「もう!私には何も!ないんだよ!息子も!金も!私は!犯罪者になってもいい!だって!もう何もないから!おまえを!殺して!逮捕されたって!惜しくないんだよ!」
軽快な音が、リズミカルに響いている。何度もひっぱたかれた箱崎の頬は、見るに堪えないほど腫れ上がっていた。
女は再びバットを持つ。
「このバットだってなあ、めちゃくちゃ高かった!でも、私にはもう息子にお金をかけてあげられない!お金がないせいで、部活もさせてあげられなかったからなぁ!」
今度はバットで背中を何度も打ち付ける。箱崎は何度も意識を手放しそうになりながら、喉から短い悲鳴をひねり出していた。
女は肩で息をしながら、鶴岡と滝田のほうに顔を向ける。二人は自分の番が来たことを悟った。逃げようと後ろを向くと、中年の男性が立ちふさがっており、足止めを食らった。
男性は顔をゆがめて、憎々し気に言い放つ。
「この人殺しどもめ……」
きっと女の仲間なのだ。二人は短い悲鳴を上げる。腰を抜かして、男性を見上げながら後ろに下がった。
男性の少し後ろでは、中年の女性が涙をはらはらと流している。男性は恨めしそうに言った。
「俺たちはなぁ、おまえたちがここで殺した明の親だよ。いじめっ子の親の顔を初めて見ただろ?いじめっ子にも親がいるなんて想像もつかなかっただろ。本当はなぁ、私だって何もなかったら、おまえたちのことぶち殺してやったさ」
鶴岡と滝田の体が小刻みに震えだす。男性は声を荒らげた。
「でもなあ、私には辞めちゃいけない仕事があって、守るべき家族が残ってるんだ!おまえたちのせいで、これ以上苦しめられてたまるかぁ!」
男性に続いて、後ろにいた女性が泣きはらしながら叫ぶ。
「この人殺し!あんたたちは人殺しよ!うちの明は、薬を飲んでたら生きていたかもしれないのに!あんたたちみたいなクズが死ぬべきだったのよ!あんたたちが死ね!ここで死ねぇえええ!うわあああああああああ」
「どうしてなんだ……どうして、おまえたちみたいなやつらのせいで、あの子が死ななきゃいけなかったんだ……!」
箱崎は、痛みをこらえながら、精一杯声を張り上げる。
「くそ、くそ、くそ……!なんで俺がそんなこと言われなきゃいけねえんだよ!底辺がいきがんな!こんなことして普通に生活できると思ってんのか!底辺のくせに!底辺のくせに!おまえらの仕事なんかなくすことなんていつでも」
「やってみなよ」
作業着姿の女は表情のない顔で、バットを勢いよく箱崎の腕に振り下ろした。バキッと壊れる音が響く。バットではない。箱崎の腕が、あり得ない位置でありえない角度に曲がっていた。
「ぎいぃやああああああああああ」
身もだえながら叫び声をあげる箱崎に、女は唾を吐き捨てる。
女の顔が、腰を抜かして動けない鶴岡に向けられた。ゆっくりと鶴岡に向かって歩いていく。
鶴岡は女に気付いて、必死に逃げようと後ろに下がりはじめた。女は鶴岡の目の前にまで来ると、有無を言わさずバットで首元を打ちこむ。
「ぎゃっ」と叫んだ鶴岡が地面に倒れると、その体にバットを容赦なく振り下ろした。何度も何度も、顔色一つ変えることなく、殴打を繰り返す。
その光景に耐えられなくなったのか、滝田が悲鳴を上げ、逃げるように駆け出した。女はその後ろを急いで追いかける。
四十の女性とは思えない速さで追いつき、滝田の背中に思い切り打ち込んだ。倒れた滝田の足にバットを振り下ろす。粉砕骨折をさせる勢いで、何度も打ち付けた。
三人の少年の体を順番に、何度も何度も何度も何度もバットで殴り続ける。
「ひいいいい」
「助けて、助けて、殺される……」
「ごめんなさいごめんなさい」
少年たちの悲鳴が響いても、謝罪を繰り返されても、女が許すことはない。汗だくになりながら、少年たちが動けなくなるまで打ち込む。それでも、頭を殴ることだけは決してしなかった。
箱崎はすでにうつぶせのまま、息をするので精いっぱい。鶴岡と滝田は横たわったまま、おびえる瞳で女を見上げる。
女は肩で息をしながら、少年たちに言った。
「助けてほしいんだったら、助けてくれってお願いして見なよ。ここには正義の味方の三美神様がいるんだから」
鶴岡と滝田はハッとして、川岸に立つ瑠璃のほうに顔を向けた。
いつのまにか、三美神が瑠璃のもとに移動し、目の前の復讐劇を静観していた。
ちなみに新名はスマホを三美神に預け、とっくに帰らされている。
箱崎が三美神に向かって、弱弱しく声を放った。
「たすけて……お願い……反省するから……ゆるして……」
哲は健一に顔を向け、ひとごとのように言った。
「どうする?助ける?」
健一は顔をしかめ、厳しい表情を浮かべている。
「あんたに任せるよ」
「そう言われましても……」
哲は瑠璃に顔を向ける。瑠璃は決まってるでしょう、と首を振った。
「和也はどう思う?」
和也は少年たちを一人ずつ見つめていく。やがて、困ったように笑った。
「この子たちを助けるのは、僕たちの仕事じゃないでしょ」
少年たちの顔はみるみる青ざめていく。哲の言葉が、残酷に響き渡った。
「俺たちは警察じゃないし。こういうの助けてたらきりがないからな。この中の誰かが一人でも死ねば。その時は助けなきゃいけなくなるんだけどね」
バットを持った女の笑い声が、高架下に高らかに響く。おかしくておかしてくたまらないといったようすで、上を向きながら大口を開けて笑っていた。
「あーあ、残念だったね。助けてやらないってよ、あんたたちのこと」
ひととおり笑って落ち着いたのか、女は自嘲気味に小さく笑う。
「ねえ、なんで私があんたたちの頭を殴らないかわかる?ていうか気付いてた?私があえて頭を殴らなかったこと」
女はバットを上に掲げる。
「木製でも結構重くてさ。頑丈なんだよね。だから頭なんかに勢いよく振り下ろしたら、すぐに頭蓋骨われちゃって、殺しかねないじゃん」
女は馬鹿にするような目で少年たちを見下ろす。




