よく歩く話
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「やべえよ。三美神に目つけられたって、俺たち」
そばかす顔の鶴岡が言う。少年たちは箱崎を先頭に、街の中を歩いていた。
堂々と歩く少年たちの後ろで、桜庭は猫背で歩く。陰鬱な空気を放っていた。
「うるせぇなあ。どうってことねぇよ」
箱崎はめんどうくさそうに答えた。
「大体、三美神って暇なんだな。俺たちの遊びにわざわざつっかかってきてさ」
箱崎は小ばかにするように笑う。その後ろで、滝田と鶴岡は微妙な表情で顔を見合わせた。
三美神の影響力は大きい。もし相手がただの警察官であれば、二人も箱崎と同じように笑い飛ばしたかもしれない。しかし三美神であれば次元が違う。
「大丈夫だって。三美神にびびるなよ。大体、俺達は三美神に殺されるようなことしてないだろ」
自信たっぷりな箱崎の言葉で、二人の顔に安心したような笑みが浮かんだ。三美神の処刑対象が、凶悪犯罪者であることを思い出す。
「そう……だよな」
「俺たち、人を殺してるわけじゃないもんな」
箱崎は振り向いて、後ろを歩く桜庭に、イライラした声を放つ。
「おい、桜庭。わかってんのか」
桜庭はびくりと震えた。怯えた目で少年たちを見つめる。
「俺が助けてやったんだから感謝しろよ。もし今度失敗してみろ?おまえも光本と同じような目にしてやるからな」
「……わ、わかってるよ」
明の声は震えていた。
箱崎はさもつまらなさそうに声を上げる。
「あーあ、桜庭もかわいそうだよなぁ、光本が死ななかったら、おまえがこんな立場になることはなかったのに」
それに続いて、鶴岡が言った。
「確かに屋上から飛び降りてみろとは言ったけどさぁ。本当に飛ぶかね?」
三人はけらけらと笑う。滝田がふざけるように言った。
「死ぬくらいなら、下半身さらして、校内歩き回ったほうがマシだっただろうになぁ」
箱崎はうなずいた。
「やっぱりそう思うよな? あそこで飛び降りるほうを選んだあいつが悪いんだから、俺たちに責任はないだろ? 」
下品で吐き気のするような笑い声が、三人分重なり合う。箱崎が少し残念そうに、けれどもきらきらとした瞳で言い放った。
「人間ってあんなに簡単に死ぬとは思わなかったな。けど、こんな経験、もう二度と出来ないぜ?」
箱崎は、自分以外のことがどうなろうと知ったことではないらしい。
「三美神はさ、確かサイコパスな殺人鬼しか殺さないんだ。普通の犯罪とか、学校でいじめしてるとか、そんなんで殺したりしねぇよ。それに俺たち、いじめなんかしてないし、あいつが勝手に死んだだけだし。そうだろ?桜庭」
「……そうだね」
桜庭はぎこちない笑みを浮かべて、うなずくしかなかった。この生活を、ただ歯をくいしばって耐えることしかできない。
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哲は、外を出歩くとき、仕事だろうと仕事でなかろうと基本的にスリーピースだった。これは、人に話しかけられないようにするためだ。
というのも、健一や和也が私服で歩いていると、話しかけてくるのがたまにいる。サインをもらうわけでも握手を求められるわけでもない。ただ「応援してます」だの「頑張ってください」だの、ただそれだけのことだ。
三美神の活動は、まれにメディアで取り上げられ、その存在が議論されている。三人の整った容姿について注目されることもしばしばあった。そのため、三美神の名前と顔は世間に周知されており、芸能人並みに珍しがって話しかけてくる者は少なくない。
スリーピーススーツを着込んでいれば、仕事中なのだとまわりは勝手に思ってくれる。仕事が仕事なので、よほどの馬鹿じゃなければ気を遣って話かけてくることはない。
哲はふらふらと街を歩き、コーヒーチェーン店に入る。店員も客も、一瞬で哲の存在に気付いたようだが、やはり仕事中だと思ったのか、一切声をかけてこない。哲は、カフェラテを頼んで受け取り、そのまま店を出て行った。
店の前で、カップ片手にスマホをいじる。画面には政治家の汚職事件に関する記事が表示されていた。カフェラテを飲みながら、流し見る。
ここ最近報道されているのは、政治家による横領事件だ。かかわっていた政治家が次々と判明し、マスコミによる政治家叩きが過熱している。
哲は、記事をひととおり目にして、鼻で笑った。
(権力と金は……あるだけ厄介なもんだな)
スマホをスラックスのポケットに入れて、歩き出す。
平日の夕方、街は人通りが多い。制服を着た高校生や、授業終わりの学生たちを多く見かけた。
(……若いな)
と、哲は思うものの、哲の見た目は若者と並んでも遜色ない。
とはいえ、若者の多い場所に一人で出歩くのはいたたまれないものだ。哲は大通りから石畳の小さい通りに曲がった。洒落た若者や小金を持っていそうな上品な夫婦が行き交うが、さっきの道に比べると人通りは少ない。
目的もなくさまよっているだけだったが、この道に曲がったことを哲は後悔することになる。
右手にある喫煙所から、タバコ臭さが漂ってくる。禁煙中の哲にとっては厳しい場所だった。
(……げっ)
喫煙所には見知った顔がいる。表情には出さずに立ち止まり、心の中で舌打ちをした。
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今日もあの喫煙所で、健一はタバコをふかす。目の前にあるビルの一階を眺めていた。本屋は人が多く、混んでいるようだった。
先日の中学生の姿を見つける。今日は桜庭一人しかいない。先日のことを警戒した少年たちが、最初からどこかに隠れているのかもしれないし、今日は本当に彼一人なのかもしれない。




