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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.3 よくある話
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よく読む話

 桜庭はきょろきょろと頭を動かし、おどおどとして挙動不審だ。怪しむな、と言うほうが無理だった。


 健一は深いため息をつく。同時に白い煙が勢いよく吐き出された。すぐさま灰皿にたばこをこすりつけて捨てる。


 桜庭は以前と同じ小説コーナーに入った。肩掛けカバンのひもを握りしめながらうつむく。


「おい」


 呼びかけられた声に応じて、顔を上げた。不機嫌に顔をゆがめた健一が、桜庭を見下ろしている。


「どうせこないだみたいに脅されでもして、やろうとしてるんだろ」


 あきれたように吐き捨てる。さらに続けようと口を開いたとき、桜庭が健一の胸に何かを押し付けた。白くて小さい何かは床に落ち、明は走り去っていく。


「ちょ……おいこらっ」


 床に落ちた何かを拾い上げ、桜庭が走り去る方向を見つめる。その先には、棚の間に隠れてようすをうかがう、例の少年たちがいた。


「ご、ごめん……失敗しちゃって」


 棚の間から出てきた箱崎が、冷たい視線を桜庭に向けた。健一が遠巻きにようすを見ていることに気付くと、とたんに薄っぺらい笑みを浮かべる。


「もー、勝手に離れるなよ。こないだみたいにまた変なこと疑われるかもしれないじゃん」


「え?」


「さ、いこうぜ。俺たちが欲しい本なかったんだよな。まだ入荷されてないのかも」


 無理やり桜庭の腕をつかんで、そのまま出口へと向かっていく。


「このあと皆で遊ぼうぜ。久しぶりにサッカーしねえ?」


 爽やかな声で言う箱崎の後ろを、鶴岡と滝田がついていった。


 少年たちは、振り返ることなく店を出る。健一は、あえて追いかけることはしない。


 自分の手に視線を落とす。少年から押し付けられたのは、手のひらに収まる程に折りたたまれたルーズリーフ。ため息をつきながら握りしめ、ゆっくりと外に向かう。


 自動ドアを出た瞬間、ドアの横でカフェラテを飲んでいる顔なじみの男が目に入った。


「うおっ。何してんだ、こんなとこで」


 思わず大きな声を出し、後ずさりする。すぐに冷静な表情を浮かべて、尋ねた。


「……仕事か?」


「いいや」


 哲は短く答える。その視線は健一の顔に向かい、手に移った。


「ファンレター?いやラブレターか?モテるねぇ~」


「あほ言うな。芸能人でもあるまいし。しかも相手は男だ」


 語気を強めて言う健一に、哲は鼻で笑った。


「おまえ、ああいうのはほうっておけ」


「……見てたのかよ?」


 健一はムッとした表情を浮かべた。その場でたたまれたルーズリーフを開く。


 哲はカフェラテを飲み進めながら言った。


「俺たちに何のメリットもないだろう。余計なお節介はやめておけ」


「俺は気に入らねえことは、はっきり言わなきゃ嫌なタイプなんだよ」


 健一は格子状に折り目がついたルーズリーフに視線を落とした。B4サイズのルーズリーフには、中学生男子らしい拙い文字が並んでいる。


 読み始めた健一に向かって、哲は言い放った。


「限りのない正義感を垂れ流すのはよくないぞ。正義感なんてものは一番厄介なんだ。最後まで面倒見て責任が取れないなら、なおさら首を突っ込むべきじゃない」


 健一は哲の言葉に反応しない。ルーズリーフに書かれている文字を追い、難しい表情をしている。


 哲はゆっくりとため息をついた。健一のそばに近付いて、ルーズリーフをのぞき見る。一行目を読んだ瞬間、哲は皮肉たっぷりに笑った。


「ほぉら見ろ。責任取れるのか?」


 その言葉にすら、健一は反応しない。手紙の一行目に書かれていたのは「助けて」だった。


 健一は、眉をひそめてルーズリーフをたたむ。


「どうすんだ?」


 哲の問いに、健一は顔を向ける。納得のいっていない、浮かない顔をしていた。


「俺たちには、学校の現場をどうこうする力はない。俺個人でも……ああやって止めてやることしかできねえ」


「よくわかってるじゃないか」


 哲は満足げにうなずいた。


 三美神は、不特定多数の死者を出す殺人鬼や犯罪者を、処刑することしかできない。こまごまとした犯罪の対応、ましてやいじめなどの学校問題は専門ではなかった。


「でも、むかつくんだよな、こういうやつら」


 ふつふつと、湧き上がるいら立ちを押さえられないよううで、健一は言う。


「弱いやつに目つけて、思い通りに振り回すやつ。俺があいつらと同じ年齢だったら絶対ぶん殴ってるのに~。ああやって、やられっぱなしでやり返さないやつにもイライラすんだよな」


 哲はどうでも良さそうに健一を見つめて、カフェラテを口に流し入れる。健一は悔しそうにつぶやいた。


「……どうにもできないが、どうにかしてやりてぇな」


 哲はあきれたように言い捨てる。


「おまえは本当に昔から変わらないな。その正義感も、少しは落ち着いてほしいものだ。巻き込まれるのは俺たちなんだから」






          †






「おまえさ、とって来いって言ったよな?」


 河川敷の高架下で、桜庭は箱崎に突き飛ばされた。


 倒れた桜庭を、箱崎たちが見下ろしている。


 箱崎が整った顔をひどくゆがませて、怒鳴った。


「言われたとおりにとってくることもできねえのかよ!」


 箱崎が桜庭のみぞおちに、勢い良く足を踏み落とした。


 急に来た吐き気にあらがうことができない。桜庭は黄色い胃液を地面にぶちまける。


「うわきたねえ」


「くっせえなあ、制服についたらどうすんだよ!」


 桜庭の胃液の中には何もない。今日の給食は皿に雑巾が詰め込まれていて、食べられたものではなかった。


 桜庭はたった一回蹴られただけでも我慢できず、腹を押さえてうずくまる。すると頭を蹴り上げられた。続けざまに背中も蹴られ、再び腹部も蹴られる。


「おいおいやめろよ、おまえら~。死んじゃったらどうすんだよ~?」


 箱崎は意地悪くニヤニヤと笑っていた。 


 三人から殴られ、蹴られ、あざけり笑われても、桜庭はやり返さないし言い返さない。反抗すれば、これ以上にひどい状態になることがわかっていたからだ。

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