よく読む話
桜庭はきょろきょろと頭を動かし、おどおどとして挙動不審だ。怪しむな、と言うほうが無理だった。
健一は深いため息をつく。同時に白い煙が勢いよく吐き出された。すぐさま灰皿にたばこをこすりつけて捨てる。
桜庭は以前と同じ小説コーナーに入った。肩掛けカバンのひもを握りしめながらうつむく。
「おい」
呼びかけられた声に応じて、顔を上げた。不機嫌に顔をゆがめた健一が、桜庭を見下ろしている。
「どうせこないだみたいに脅されでもして、やろうとしてるんだろ」
あきれたように吐き捨てる。さらに続けようと口を開いたとき、桜庭が健一の胸に何かを押し付けた。白くて小さい何かは床に落ち、明は走り去っていく。
「ちょ……おいこらっ」
床に落ちた何かを拾い上げ、桜庭が走り去る方向を見つめる。その先には、棚の間に隠れてようすをうかがう、例の少年たちがいた。
「ご、ごめん……失敗しちゃって」
棚の間から出てきた箱崎が、冷たい視線を桜庭に向けた。健一が遠巻きにようすを見ていることに気付くと、とたんに薄っぺらい笑みを浮かべる。
「もー、勝手に離れるなよ。こないだみたいにまた変なこと疑われるかもしれないじゃん」
「え?」
「さ、いこうぜ。俺たちが欲しい本なかったんだよな。まだ入荷されてないのかも」
無理やり桜庭の腕をつかんで、そのまま出口へと向かっていく。
「このあと皆で遊ぼうぜ。久しぶりにサッカーしねえ?」
爽やかな声で言う箱崎の後ろを、鶴岡と滝田がついていった。
少年たちは、振り返ることなく店を出る。健一は、あえて追いかけることはしない。
自分の手に視線を落とす。少年から押し付けられたのは、手のひらに収まる程に折りたたまれたルーズリーフ。ため息をつきながら握りしめ、ゆっくりと外に向かう。
自動ドアを出た瞬間、ドアの横でカフェラテを飲んでいる顔なじみの男が目に入った。
「うおっ。何してんだ、こんなとこで」
思わず大きな声を出し、後ずさりする。すぐに冷静な表情を浮かべて、尋ねた。
「……仕事か?」
「いいや」
哲は短く答える。その視線は健一の顔に向かい、手に移った。
「ファンレター?いやラブレターか?モテるねぇ~」
「あほ言うな。芸能人でもあるまいし。しかも相手は男だ」
語気を強めて言う健一に、哲は鼻で笑った。
「おまえ、ああいうのはほうっておけ」
「……見てたのかよ?」
健一はムッとした表情を浮かべた。その場でたたまれたルーズリーフを開く。
哲はカフェラテを飲み進めながら言った。
「俺たちに何のメリットもないだろう。余計なお節介はやめておけ」
「俺は気に入らねえことは、はっきり言わなきゃ嫌なタイプなんだよ」
健一は格子状に折り目がついたルーズリーフに視線を落とした。B4サイズのルーズリーフには、中学生男子らしい拙い文字が並んでいる。
読み始めた健一に向かって、哲は言い放った。
「限りのない正義感を垂れ流すのはよくないぞ。正義感なんてものは一番厄介なんだ。最後まで面倒見て責任が取れないなら、なおさら首を突っ込むべきじゃない」
健一は哲の言葉に反応しない。ルーズリーフに書かれている文字を追い、難しい表情をしている。
哲はゆっくりとため息をついた。健一のそばに近付いて、ルーズリーフをのぞき見る。一行目を読んだ瞬間、哲は皮肉たっぷりに笑った。
「ほぉら見ろ。責任取れるのか?」
その言葉にすら、健一は反応しない。手紙の一行目に書かれていたのは「助けて」だった。
健一は、眉をひそめてルーズリーフをたたむ。
「どうすんだ?」
哲の問いに、健一は顔を向ける。納得のいっていない、浮かない顔をしていた。
「俺たちには、学校の現場をどうこうする力はない。俺個人でも……ああやって止めてやることしかできねえ」
「よくわかってるじゃないか」
哲は満足げにうなずいた。
三美神は、不特定多数の死者を出す殺人鬼や犯罪者を、処刑することしかできない。こまごまとした犯罪の対応、ましてやいじめなどの学校問題は専門ではなかった。
「でも、むかつくんだよな、こういうやつら」
ふつふつと、湧き上がるいら立ちを押さえられないよううで、健一は言う。
「弱いやつに目つけて、思い通りに振り回すやつ。俺があいつらと同じ年齢だったら絶対ぶん殴ってるのに~。ああやって、やられっぱなしでやり返さないやつにもイライラすんだよな」
哲はどうでも良さそうに健一を見つめて、カフェラテを口に流し入れる。健一は悔しそうにつぶやいた。
「……どうにもできないが、どうにかしてやりてぇな」
哲はあきれたように言い捨てる。
「おまえは本当に昔から変わらないな。その正義感も、少しは落ち着いてほしいものだ。巻き込まれるのは俺たちなんだから」
†
「おまえさ、とって来いって言ったよな?」
河川敷の高架下で、桜庭は箱崎に突き飛ばされた。
倒れた桜庭を、箱崎たちが見下ろしている。
箱崎が整った顔をひどくゆがませて、怒鳴った。
「言われたとおりにとってくることもできねえのかよ!」
箱崎が桜庭のみぞおちに、勢い良く足を踏み落とした。
急に来た吐き気にあらがうことができない。桜庭は黄色い胃液を地面にぶちまける。
「うわきたねえ」
「くっせえなあ、制服についたらどうすんだよ!」
桜庭の胃液の中には何もない。今日の給食は皿に雑巾が詰め込まれていて、食べられたものではなかった。
桜庭はたった一回蹴られただけでも我慢できず、腹を押さえてうずくまる。すると頭を蹴り上げられた。続けざまに背中も蹴られ、再び腹部も蹴られる。
「おいおいやめろよ、おまえら~。死んじゃったらどうすんだよ~?」
箱崎は意地悪くニヤニヤと笑っていた。
三人から殴られ、蹴られ、あざけり笑われても、桜庭はやり返さないし言い返さない。反抗すれば、これ以上にひどい状態になることがわかっていたからだ。




