できるのは、そこにいることだけ 1
夕飯は冷凍食品のナポリタンと、休日に冷凍保存しておいたハンバーグを焼いたものだ。平日はいつもこんなもの。誰も文句は言わない。
家にいるあいだ、皐月はなるべく、瑠璃と一緒に食事をとるようにしていた。仕事や大学の課題で忙しい瑠璃と顔を合わせる機会が、それ以外にないからだ。
目の前で食事をとる瑠璃は、相変わらずキレイだった。少量ずつ口にふくんで、時間をかけながら食べている。
感情を表に出そうとしない瑠璃は、皐月に一切、考えを読み取らせてくれなかった。おいしいのかおいしくないのか、何を考えているのか、皐月にはわからない。
瑠璃の視線が上がり、皐月と目が合った。
「わたし、明日から帰りが遅くなるから」
しっかりとした声に、皐月はぎこちなく返す。
「あ、そう、なんだ?」
「うん。だから、私のぶんの夕飯は用意しなくてもいいよ」
瑠璃は視線を落とし、食事に集中する。それに合わせるように、皐月はナポリタンを一口食べた。
食べ進める瑠璃を見つめ、おそるおそる口を開く。
「もしかして、三美神と一緒?」
瑠璃の視線が再び上がった。
「……そうだけど」
「スーザンに、行くの?」
フォークを持つ瑠璃の手がとまる。その視線は皐月をまっすぐ向いたままだ。父親似の、強くて、はっきりとした目だった。
「そう。なんでわかったの? 和也から聞いた?」
皐月は首を振る。
「三美神が、スーザンにいるってウワサを聞いたから」
「そう」
瑠璃は皐月を見すえたまま、手を動かそうとしない。
いつもとは違う、重く気まずい沈黙が流れる。そんな中、皐月は意を決して尋ねた。
「三美神がいるくらいだから、やっぱり、殺人事件、とか?」
静かに、冷静に、取り乱さないように続けた。
「あそこ、昔から変なウワサがあるもんね。何かが起きても、おかしくはない環境だし」
瑠璃の眉が、不機嫌に寄る。言葉に出さなくても不快に感じているようすは、嫌でも伝わってきた。
皐月はこれ以上踏み込めないと判断し、さっさと切り上げようとまくしたてる。
「あ、話せないんだったら、話さなくていいんだけど。気を付けてね。何が起こるか、わからないし」
「……なんなの? 皐月は三美神との仕事なんて、興味ないでしょ?」
嫌みのある言い方に、目を伏せる。
「それは、そう、だけど」
「無理して私のこと理解しようとしなくていいよ。どうせあなたが現場に出るわけじゃないんだし。事件のことなんて知らないほうが平和に過ごせるもんね」
瑠璃はいつもそうだった。皐月が近づこうとすればするほど遠ざけようとする。
皐月のちょっとした告白も、仕事への苦言も、一切受け止めようとしない。踏み込んでほしくない場所に踏み込んだときには、毒を吐くのも惜しまなかった。瑠璃にとっては仕事も、皐月に踏み込んでほしくないものの一つだ。
「でも、俺、瑠璃ちゃんが心配で……」
「御三家のことも三美神の話もしたがらないのはそっちでしょう? 今さらなに? 《《また》》私に仕事を辞めるよう説得するつもり?」
「ちが……」
それ以上は口を閉ざし、皐月は顔を伏せる。
その姿に留飲が下がったのか、瑠璃は短く息をついた。
「正直、まだなんとも言えないの」
「……え?」
「事件の話。殺人事件なのか、そうじゃないのか、断言できないの」
瑠璃は皐月の反応を確かめるように見すえる。皐月はためらいながらも、口を開いた。
「でも、三美神が抱えてる事件、なんだよね?」
「そうだけど、いろいろ複雑なのよ。現場はあのスーザンだし」
食事を再開した瑠璃は、咀嚼する口をおさえながら話を続ける。
「あの大学で二桁の失踪者が出てるの。でも死体が一人も見つかってない」
「それだけじゃ三美神が出る理由にはならないんじゃ? 確かに失踪数が二桁は異常だけど、あくまでも警察の管轄でおさまるでしょ?」
「言ったでしょ。いろいろ複雑なんだって」
皐月の反論に、瑠璃は表情を変えることはない。食事を続けながら、淡々と返す。
「失踪者の生死はともかく、最後の足取りを誰一人つかめてないの。誰一人、大学でどう過ごしてたかわかってない。学生や講師陣に話を聞くこともできない。大学内を調べることもできない。満を持して三美神がでても、捜査がなにも進まなかった」
瑠璃は切り分けたハンバーグを口に入れ、咀嚼する。
対して皐月は、手を止めて考え込んでいた。大学で聞いた話と瑠璃の話を頭の中で整理し、口を開く。
「なるほど。スーザンは男子禁制だから、三美神でも中を調べることができないってことか」
「そういうことね」
「だから、瑠璃ちゃんが代わりに中に入って調べるってこと?」
瑠璃の手が止まる。口の中のものを飲み込む音が響いた。
「……少なくとも、三美神はそれを望んでるんでしょうね」
皐月は目を伏せ、再び考え込む。
瑠璃の話だけでは、つかみどころのない事件だ。確かに失踪数は異常だが、三美神を呼ぶほど切羽詰まっているとは思えない。警察だけでは捜査が進まないにしても、三美神が協力するこの状況は違和感がある。
だからこそ、得体のしれない大学に瑠璃が潜入する危険性を予測できなかった。大学の敷地内に、触れてはいけない地雷が潜んでいる可能性もある一方、それがまったくの杞憂である可能性も否定できない。
妙な不安が皐月の中にとどまり、くすぶっている。
ふと、瑠璃が何かを思い出すように、笑った。
「大学側の人間は、この状況を嬉々としてこう言うでしょうね。……『神の罰』もしくは『神隠し』だって」
人をさげすむ笑みだったが、嫌みなほどに美しい。派手な顔が、ますます華やかになる。
その視線が、皐月に向いた。
「やっぱり、皐月にはつまらないんじゃない?」
「え?」
瑠璃はナポリタンをフォークでまき、口にいれる。




