彼女のたくらみ
瑠璃は一人、自室のデスクに座っていた。頬づえをつき、ノートパソコンの画面を見つめる。画面にうつっているのは、先ほど完成させたレポートだ。
最後の確認をして保存したとき、机の端に置いていたスマホが鳴った。
手に取って画面を見ると、タップして耳に当てる。
「もしもし?」
「あ、瑠璃ちゃん。今、大丈夫?」
聴きなじみのある穏やかな声だ。瑠璃は薄い笑みを浮かべ、落ち着いて返す。
「うん、平気。どうしたの?」
「突然ごめんね。今僕たちが受け持ってる事件に、瑠璃ちゃんも出てくれないかな。もちろん、学業に影響がない範囲で」
「……私は全然かまわないけど」
瑠璃の目が、考え事をするように上を向いた。その顔から、笑みが消える。
「もしかして、お父さんが私を呼べって言ったの?」
スマホから、喉を鳴らす音が返ってきた。
「違うよ。みんなで話し合って、瑠璃ちゃんを呼んだほうがいいねってなったんだ」
「だったらお父さんから連絡すればいいのに。わざわざ和也に連絡させるなんてね」
かすかにトゲのある口調だ。対して電話の声はずっと穏やかだった。
「一応、兄さんなりに気を遣ってるんだよ」
「どうだか」
瑠璃は冷めた表情で、ため息をつく。背もたれに身を預け、足を組んだ。回転いすに体を預けるその姿は、父親似の冷徹さを漂わせている。
「……で? 三美神が全員そろってるのに、わざわざ私を呼ぶくらい難しい状況なの?」
目をつむり、和也の返答を待つ。
「そうだね。現場が現場だから。……聖スーザン女学院大学って、わかる?」
「うん、お嬢様大学の」
「そこで学生が立て続けに失踪してる。死体は今のところでてないけどね」
目を開き、ゆっくりと体を起こした。
「死体も出てないのに三美神が捜査してるの?」
スマホをスピーカーにして机に置いた。キーボードを打ち始めると、穏やかな笑い声が返ってくる。
「僕も最初は同じようなこと思ってたよ。……でも学校を見て確信した。あそこは絶対に、なにか隠してる。兄さんは多分、それが気になったんだと思う」
真剣みを帯びた言葉に、キーボードを打つ瑠璃の手がとまる。視線がスマホへと落ちた。
「……まあ、あのスーザンだもん。何もないわけないでしょうね。失踪者は今の時点で何人?」
「この二か月で、都内に住む学生が二人、寮生が十一人で計十三人」
「そう。そんなに。……異常ね」
「面白いのが、それでも大学側は捜査に協力しないスタンスをとってるってこと」
「バカなの? 自分たちを疑ってくれって言ってるようなもんじゃない」
瑠璃はため息をつき、頭をかかえた。
「……ああ、なるほどね。どうせ三美神も門前払い食らったんでしょ。スーザンって男子禁制だもの。だから私なのね」
頭から手を離し、ノートパソコンの画面を見すえる。
そこに開かれていたのは、聖スーザン女学院大学のホームページだ。礼拝堂やシスターの写真を使い、宗教教育を全面的に押し出すようなデザインとなっている。
「ってことは、消えた学生の足取りもつかめてないんじゃない? 私が中に入って情報を集めればいいのね?」
「口にするのは簡単だけど、そううまくいくかなぁ。一応、女性警官が中に入って調べてはいるんだ。でもシスターたちの監視が条件らしくて、調べるにも限界があるみたい」
「……ふうん」
瑠璃は顎にこぶしを添え、大学の概要ページを開く。そこでは、少人数での密接な教育体制と、宗教の伝統を受け継ぐ教育をアピールする内容が書かれていた。
他にも気になったページを開き、読んでいく。
ホームページによると、聖スーザン女学院大学の歴史は長いが、大学として扱われるようになったのは十年前からのようだ。それ以前は短大として運営されていた。
そのためか、大学そのものの規模は小さい。全学年を合わせても、千人を超えるか超えないか、といったところだ。
学部によっては高い水準の神学教育に力を入れており、卒業生の中には聖職者になる者もいるらしい。卒業生代表として、にこやかに笑う女性の写真が数人のせられている。
読み進めるごとに、瑠璃の表情から感情がなくなっていった。
「僕たちは基本的にスーザンにいるから、来れそうなときに来て」
電話から、穏やかな声が続く。
「ああ、そうそう。そのときは絶対に正装でね」
「正装……」
「なにかあったときのために武器も持っておいでね。仕事するときのいつもの格好で問題ないから」
瑠璃は頬づえをついて、パソコンの画面を見つめる。カーソルを動かし、学部の紹介ページを次々と開いていった。
授業風景の写真に写る学生たちは、どれも似たような格好をしている。普通の女子大生のような、はやりに特化した格好ではない。高校の校則の延長のように、全身が保守的だ。
一目見ただけで、純真無垢なお嬢様だとわかるようなスタイルだった。
「……やっぱり、スーザンの学生ってみんな似たような格好をしてるの?」
電話はまだ、つながっている。
「え?」
「いかにもお嬢様って感じのワンピースとかスカートで。……清楚でおしとやかですって感じの」
「うん、そうだね。ある意味想像どおりだよ」
瑠璃はホームページを見ながら意味深にほほ笑む。
「ふうん? やっぱりそうなんだ?」
「瑠璃ちゃん?」
「ちなみになんだけど、失踪した学生の特徴ってわかる? わからないならわからないで、全然いいんだけど」
瑠璃の言葉に何かを察したのか、スマホの声はしばらく間が続く。しかし、瑠璃のことを責めるような言葉は返ってこなかった。
「……ううん、そこはわかってるよ。確かね……」
和也の説明が続くなか、瑠璃は高慢な笑みを浮かべる。
相づちを打ちながら、聖スーザン女学院大学のホームページを閉じた。




