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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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神に寛容を求めるなかれ 2




 神父は背を向けて、立ち去っていく。嫌みを言うためだけにわざわざここまで来たらしい。


「何がしたかったのかよくわからんな」


 息をつく哲に、警官が頭を下げた。


「申し訳ありません。大学側は我々にもこんな感じですから……」


「そうか。お互いに、嫌な思いをするな」


 バツの悪い表情で目を伏せる警官に、哲は続ける。


「和也がいなくてよかった。今ので神父の首を飛ばすくらい、なんてことないだろうからな。……事件以外でのいざこざはできるだけ避けたい」


 哲の視線が、門から出てくる女子大生たちに向かう。そのうちの一人がパスケースを落とした。誰も拾おうとせず、一瞥しただけで通り過ぎていく。落とした当人も気づかぬまま、バス停に向かっていた。


 哲は短く息をつき、パスケースのほうへ一歩踏み出す。が、ちょうど一周し終えた和也が前方から駆け寄り、先に拾い上げた。


「いいよ。僕が行く」


  和也は来た道を戻り、女子大生がいるバス停へ向かった。一緒に戻ってきた健一が哲の隣にたたずみ、和也を視線で追う。


「すみません。これ、落としてますよ」


 顔を向けた女子大生に、和也はパスケースを差し出した。


 その柔らかい笑みに、女子大生は見とれる。血まみれだったときとは違い、真っ白なスリーピーススーツは高潔で上品だ。


「あ……私ったら……」


 はにかみながら受け取ろうとした瞬間、女子大生の顔がこわばる。その視線は、和也の背後、正門に向いていた。


 和也が振り向こうとする前に、バスが到着した。ブザーとともに扉が開く。待っていた女子大生たちが次々と乗り込んでいった。


「どうもっ」


 女子大生はパスケースを奪い取り、逃げるようにバスへ乗り込んでいく。


 学生をぱんぱんに詰め込んだバスは扉を閉め、出発する。バス停には女子大生がまだたくさん残っていた。


 哲たちのもとへ戻ろうと、踵を返す。アーチ門の向こう側に立つ、年配のシスターと目が合った。和也を前におびえもせず、怒鳴りもせず、ただひたすらに威厳のあるオーラを放っている。


 和也がほほ笑むと視線をそらし、門を出る学生たちのほうを向いた。頭を下げてあいさつする女子大生たちに、どっしりとした風格であいさつを返す。


「ごきげんよう」


「ごきげんよう、また明日」


 年配のシスターのもとに、以前見かけた若いシスターが駆け付けた。こちらは慈愛に満ちた笑みであいさつをかわす。和也の視線に気づくと、深々と頭を下げた。


 門のわきで一部始終を見ていた哲は、健一に小声で尋ねる。


「気づいたか?」


「ああ」


 シスターの登場で、帰宅していく女子大生の雰囲気ががらりと変わった。ここ一帯の空気が重く沈み、女子大生たちの言動や表情も、機械じみている。


「いや~僕ってばほんとうに嫌われてるなぁ」


 哲のもとに戻ってきた和也は、肩をすくめて苦笑する。和也がさげすまれるのはいつものこと。そう言わんばかりの態度に、健一も苦笑した。


 学生たちがあらかた帰路につくと、大学の正門は守衛の手によって閉ざされた。シスターたちは礼拝堂に戻り、閉ざされた門の中に人の姿は見えない。


 その場にとどまる三美神に、警官がぎこちなく声をかける。


「あの、何か必要なものがあればお申し付けください。依頼を出した生活安全部は、できる限りの協力を惜しまないそうですので……」


 和也は哲をちらりと見る。あいかわらず愛想のない顔で、警官を見下ろすだけだ。

 

 今のところ、この警官に望むことはない。事件の詳細は包み隠さず提供されている。強いて言えば大学の中に入らせてほしい。が、それは警察でも難しい話だ。


 せっかくだからと、この事件にかかわった当初から気になっていた部分を尋ねることにした。どうせ哲に聞いてもはぐらかされるだけだ。


「そもそも、どうして生活安全部が三美神に依頼を? 断られるとは思わなかった? 死体の出てない事件の捜査協力なんて」


 三美神と警察は、管轄が違う独立した組織だ。罪人を殺す三美神に、罪人を捕まえる警察が拒絶反応を示すことも多かった。部署や個人によっては、露骨に拒絶されることも珍しくない。


 そんな中、警視庁の生活安全部から捜査依頼が来るのは異例のできごとだった。


「もちろん相手にされるとは思っていないようでした。とはいえ、藁にも縋る思いだったのは確かです」


 警官は緊張をにじませる声で続ける。


「十三名という失踪数に何かある確信はあっても、事件性が証明できなければ捜査はできません。上に掛け合っても相手にされなかったようです」


「だから、苦肉の策で三美神に依頼を?」


「はい。そのようです。せっかく引き受けていただいたのに、嫌な思いをさせて申し訳ありません」


 和也に向かって頭を下げる警官に、「大丈夫だよ」と笑みを浮かべる。


 確かに、警察よりも三美神のほうが自由度は高い。警察が令状を必要とする捜査でも、三美神であれば強制的に執行することができる。


 しかしそれはあくまで、捜査しているのが殺人事件であった場合の話だ。死体が出ていない失踪事件では、三美神にもできることは限られている。


 話を聞いていた健一は、哲に顔を向けた。


「どうする? このままじゃ俺たちでもどうにもならないんじゃ?」


「そうだな」


 現時点で大学へ強制的に立ち入ることができないのは、警察も三美神も同じだ。これでは、三美神がわざわざ捜査に協力している意味がない。


 哲は口元にこぶしを添え、目を伏せた。


「……瑠璃を、呼んでみるか」


 その一言に、健一の眉間が寄った。神妙な表情で、返事にためらっている。


 彼女の存在がこの場で凶と出るか吉と出るか、判断が難しい。


「……いや、わかるよ?」


 ようやく考えをまとめ、腕を組んで続ける。


「あいつ女だし、中に入って調べまわってほしいんだろ? でもあいつだぞ? 俺にはとんでもないことしでかす想像しかできないんだが」


「そうだな。でも男だけで集まって、何も解決しないよりはいいだろ」


 二人の間に、和也が穏やかな口を放つ。


「いいんじゃない? 瑠璃ちゃん」


 健一はいぶかしむ視線を向け、哲は表情のない顔を向ける。


「瑠璃ちゃんがどう動くか賭けにはなるけど、悪いことばかりじゃないと思うよ。兄さんの言うとおり、良い突破口になるんじゃないかな」


 哲の黒々とした瞳は、和也を見すえたまま微動だにしない。和也は朗らかな笑みを見せて続けた。


「なにかあっても大丈夫だよ。瑠璃ちゃんのことは僕がフォローする」


 言い切った和也に、哲はうなずく。


「わかった。……じゃあ、おまえのほうから瑠璃に連絡してくれ」


「僕が?」


「おまえから言えば、あいつも素直に協力するだろ」


「うん。いいよ」


 和也はすぐにスマホを取りだし、画面をタップする。


 その姿を一瞥いちべつして、哲は離れようと足を踏み出した。が、すぐに向き直る。和也はすでにスマホを耳に当てていた。


「ちゃんと正装で、武器を持って、いつものとおりでいいって伝えておけ。あと、それ以外に余計なことをするな、考えるな、とも」


「はいはい、わかったわかった」


 いつになく饒舌な哲を、和也は軽くあしらう。


 瑠璃が電話に出る前に、哲は背を向けて離れていった。



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