堂々巡り
かくて、戦いは終わった。
元々大けがをすることはわかり切っていたので、その場にいた治療班が即座に治療を行う。
リァンが回復をし、蝶花がその効果を増幅させる。ガイセイもクツロも、屈強な肉体を持っている。だからこそ命に別状はなく、後遺症も残らないとのことだった。
しかしそれでもケガや疲労が大きかったため、二人とも気長に治療をすることになった。
急速な回復は、結果として体に不調を引き起こしやすいのである。
二人がしばらく前線に立てないことも、最初から織り込んでいるため、まったく支障はなかった。
とはいえ、倒れている彼女を見る狐太郎の心中は穏やかではない。
新築された一軒屋の中にある、彼女の個室。
そのベッドに寝ている彼女を見て、狐太郎はため息をついた。
(寝ててもでっけ~~~)
オーダーメイドなので当たり前だが、彼女ぴったりのベッドに寝ているクツロを見ていると、自分が子供になったような気分である。
もちろん先日倒れたときもそう思ったのだが、その時は彼女の疲労が激しすぎて中々浸れなかった。
しかし今は、彼女の巨体とそれ用のベッドに目を奪われてしまう。
(本当にでっけえな~~)
もちろん魔王になった時はもっと大きいのだが、魔王になるのは大抵戦闘中であるし、人型からかけ離れているので『でっかいモンスター』としか認識できていない。
だが今の彼女はなまじ人間に近いので、『デカい女』として認識してしまう。
「すみません、ご主人様……お見舞いをさせてしまって」
「い、いいや、気にすることはないぞ! 全然オッケーだ! むしろこれぐらいしかできないからな」
「ですが……正直に言って、最後のタイカン技はやりすぎでした。もう完全に殺してしまうつもりで……」
「ひ、ヒートアップしたからだろう! 仕方ないって!」
ついうっかり同僚を殺そうとしてしまった、自分のモンスター。
文章にするとどうしようもないが、あの場で冷静な判断などできないだろう。
少なくともガイセイなら、クツロにその気がなくても押し切ろうとしたはずだった。
「それに……こんな無様な姿を……! 相手がAランクハンターとして覚醒したとしても、真っ向から勝つつもりだったのですが……!」
「まあ仕方ないさ。クツロが頑張ってたのは、俺も見てたから」
「ですが……! 情けないです」
筋肉ムキムキの大女が、自分に対して謝罪をしてくる。そのシュールすぎる現実を、改めて客観視すると陰鬱な気分になってしまう。
(この状況に慣れたら、人間としての認識が歪む気がする……)
結婚すると人が変わるとか、責任者になると人柄が変わるとか、親になると人相が変わるとか、まあそんな話を聞く。
この強大なモンスターから主として見られていると、性格が変になりそうだった。
(アカネは友達感覚だし、手のかかる妹みたいなもんだけども、クツロは本当に忠臣っぽく振舞ってくるから困る……)
しかしその一方で、彼女たちの望むように振舞っていると、どうしても横柄というか上から目線になってしまう。
とはいえ、ほとんど得をしていないことも事実である。終わりの見えない防衛戦を続けているだけなので、おごり高ぶることができなかったのだ。
小目標を重ねて大目標を達成していれば、自信がつきつつ傲慢になっていたかもしれない。
「クツロ、今は体を休めることに専念してくれ。いろんなことを考えたくなるだろうけど、今は寝るのが仕事だ」
「……はい」
「肉と酒以外なら、できるだけ用意するからさ」
「肉と酒が欲しいです……」
「駄目だ」
「ぐすん」
とはいえ、肉と酒に駄目だしするのは、傲慢でもなんでもあるまい。
むしろ差し入れするほうが、飼い主として失格であろう。
「俺は何にもできないけども、話し相手にはなれる。まあ話題には乏しいけども……」
「いえ、近くにいてくださるだけでありがたいです。申し訳ありません」
「普段から良くしてもらってるからな……この前だって、倒れた俺の傍にいてくれたじゃないか」
「アカネに踏まれた時のことですね、あの時は慌てました……」
「……そうだよ」
飼っている火竜に踏まれて死にかけた男は、自分の境遇を再び客観視して悲しくなる。
なぜ看病をしている側なのに、嫌な気分になるのだろうか。
(クツロに踏まれても、同じようなことになるんだろうなあ……)
何分、クツロは大きくて重い。
体重計に乗せたわけではないのでどちらが重いのか判断できないが、踏まれると死にかけるという意味では同じだろう。
その彼女を、狐太郎がちゃんと看病するのは難しい。
男女云々ではなく、体を拭くとか服を着替えさせるとか、そういう基本的なことが体力的に無理だった。
(多分着替えとかは公女様がやってるんだろうな……あの人、それぐらいはできそうだし)
あの鍛えた肉体は、治療役としては無価値かとも思っていた。
しかし先日のインペリアルタイガー戦でも、鍛えた肉体の防御力によって回復技を即座に発動できた。
今回も看病をする側になった時、クツロの巨体を一人で軽々と動かせるという成果を得た。
相手の攻撃に一発耐えられる回復役、あるいは屈強な肉体を持つ医者というのは、それなりに意味があるのかもしれない。
改めて、彼女の努力が無駄ではなかったのだと理解する。
「俺も筋トレぐらいはしたほうがいいかな。いざってとき、クツロを抱えて逃げられるかもしれないし」
「それは無理では?」
「……うん、そうだな」
ちょっと夢みたいなことを言ってしまって、クツロに本気で無理だろと言われてしまった。
やはり才能がないというのは、未来を奪ってしまうのかもしれない。
「……やっぱりもろもろの問題が解決していないのは、俺がちっとも変わっていないからかもしれない。俺が変わらないのに、周りの環境が変化するわけがないし……」
「そ、そんなことはありません! ご主人様は、普段から立派に振舞っていますよ!」
「そうかな~」
「ええ、できることを全部やっています!」
できることを全部やっているというが、実際には何もできていない気がする。
むしろ、何もできない男が、何もしていないだけの気がする。
「ごめん、クツロ。俺がこのままここに居ると、ずっと愚痴を聞かせることになると思う」
「いえ、それぐらいはかまいません! ぜひ、愚痴ってください!」
「俺がかまうんだよ」
流石に疲労しきった女性へ愚痴を言い続けるほど、狐太郎は自分本位ではない。
ただでさえ寝ているのだから、この上負担をかけたくなかった。
「それじゃあな、またしばらくしたら来るから」
「ええ、待っています」
※
クツロとの会話が終わった後に、三体と狐太郎は会議を始めた。
毎度のことながら、意見の交換である。
(何一つとして成果のない会議が始まる……)
今まで何度も会議を開いてきたが、何一つとして目標が達成できていないので、もはやただ意見を言い合って交流するだけの会となっていた。
(どうせ結論は現状維持……この基地で今まで通り頑張る、で結論だ。分かってるよ、そんなことは……)
始まる前からため息をつく狐太郎。
やはり自分で何もできない男が、この苦しい世界で何かを変えるなんてできないのかもしれない。
「ご主人様、ご心労お察しします。如何にクツロが希望した試合とはいえ、わかり切っていた結末になったことはさぞ悲しいでしょう」
「……うん、まあ……それもある」
嘘ではない、それもある。
無理を言えば事前に止められたのに、止めなかったから彼女はああなったのだ。
だが果たして、心中の割合や如何に。
「でもそれだけじゃない……この前線基地の戦力は上がっているのに……状況はいまいち解決していない、見込みもない」
狐太郎は素直に心境を明かす。
ここで変に清潔ぶっても仕方ない、余計に罪悪感をため込むだけだった。
「前線基地の戦力は、倍ぐらいにはなってる。護衛のブゥ君だって、とっても強い。でももう一度俺達が森に入ったら……同じようなことだ」
「まあ仕方ないわよ。あの大公様に期待するしかないんじゃないの? そう都合よくいい人は見つからないわよ。それに都合よく見つかっても、大公様本人が人間不信になってるでしょうしね」
もう諦めているササゲ。
彼女は狐太郎に同調していた。
やはり会議で解決することは、何一つない。
「まあそういう意味でも、ブゥとセキトはいい護衛よね。この世界だとまだ悪魔が悪さをしているみたいだから、大悪魔と悪魔使いは周囲から煙たがられているでしょうし」
(そういやコイツ悪魔なんだよな)
もしかして、もしかしなくても、ササゲにも若い時代があったのだろう。
人間と魔王が敵対していた時代から生きているのだから、犯罪というよりは戦闘だったのかもしれないが。
(いやそもそも、ササゲは前に《人間を甘やかしてから反旗を翻すつもりだった》って自分で言ってたしな)
彼女はこの世界でも普通に悪魔だと認識されていて、しかも実際その通りで、そのうえで悪魔の評判が悪いことを風評被害だとは思っていなかった。
嫌われている自覚がある、嫌われるだけのことをしている、というのはいかがなものか。
「ご主人様、主題に入ってもよろしいですか?」
「……ああ、うん」
一応の意見交換が、ただの愚痴に終始しては本当に意味がない。
どうせ愚痴なんてしょっちゅう言っているのだから、こういう時はちゃんと現状を把握するべきだろう。
頼れる雪女コゴエの提案に、狐太郎は頷いた。
「今回クツロは抜山隊の隊長ガイセイと戦い、結果として引き分けました。ですが五分だったわけではありません。通常戦闘ではガイセイに分があり、最大火力ではクツロが勝っていました」
「それは前からわかってたことだろ? この世界の人間、特にAランクハンターは魔王より強いんだから」
「いえ……確かに勝てないこと自体は不思議ではないのです。ですが、タイカン技の威力がどの程度なのかはわかりました。やはり魔王の奥の手は、この世界でも最上位のようです」
魔王になる前も、なった後も、クツロはガイセイへ幾度となくクリーンヒットを当てていた。
ガイセイ本人があまり防御に気を回していないこともさることながら、彼女が丁寧に立ち回った結果だろう。
だがそれでも、ほとんどダメージにはならなかった。
しかし、タイカン技は違った。
彼女の鬼神断行は、ガイセイの渾身の一撃を打ち破って尚、ガイセイの命に係わる大けがをさせたのである。
「タイカン技を当てることができれば、Aランクハンターと言えども耐えられない。それどころか、相手の渾身の一撃を相殺してもなお余りあるということです」
「それの何が問題なんだ?」
「私たちがここをやめて、どこかで隠居したとしましょう。Aランク相当の犯罪者が出たときに、駆り出されかねません」
どうして世界はこんなにも残酷なのだろうか。
雪女の冷静な視点は、まさに絶対零度だった。
彼女自身が冷徹であり、この世界そのものも極寒の厳しさである。
「ヤダな~~」
「ええ~~?」
「嫌ね……」
当てれば勝てるんだから、Aランクハンターを倒してこい。
そういう要請が、隠居して自由気ままに暮らしている狐太郎に届きかねない。
Aランクハンターである狐太郎自身をして、絶対に戦いたくない相手だった。
「私嫌だよ、魔王になっても力負けする相手と戦うなんて。アレ絶対人間じゃないよ」
「なんとか避ける方法はないかしら? いっそ戦えなくなる呪いを浴びるとか……」
「そんなことは必要ない。楽隠居するまでの期間を延ばせばいいだけだ」
可能性を示唆した本人が、不安をぬぐおうとする。
「私たちは既に、Aランクモンスターが大量に跋扈する危険地帯で仕事をしている。それはカセイを守るためであり、大公様のご依頼によるものだ。私たちを動かしたいと思う者がいても、私たちがここから離れられない以上、私たちがAランクハンターと戦うなどありえない」
(結局現状維持か!)
「ガイセイがAランクハンターに就任して、私たちがここを動けるようになったとしても、その場合はガイセイに行ってもらえばいい。それだけの話だ」
やはり結論は、ここでおとなしく仕事をすること。
労働だけが、自分たちの身分を保証してくれるのだ。
社会に対して安全を提供することによって、衣食住を保証してもらえるのだった。
「世界のすべてが俺を否定する……」
果たして自分に自由意志はあるのだろうか。
一本道のゲームよろしく、ただ決められた動きをなぞっているようである。
「コゴエ、現実を見るのは止めましょう。ちょっと悲しすぎるわ」
「そうだな、ご主人様も辛いだろう」
「コゴエが辛くしたんじゃん」
救いがあるとすれば、気を使ってくれるモンスターたちがいること。
運命共同体がいるのは、本当にありがたい。
なお、力関係的には、一方的に寄生している模様。
「そうだ、ご主人様! 大公様からたくさん本をもらったよね? どんなのが面白かった?」
アカネは現実から目を背けることにして、虚構の世界に逃げることにした。
新しい家を得たときに、退屈しのぎになればと大量の本を送ってくれた大公。
ちょっと勉強をすれば読めるようになったので、一行は暇な時に書斎から本を持ち出して自室で読むようになったのである。
「ん~~まだ面白いっていう本は見当たらないな。っていうか、字が読めても文章になれてなくてな。面白いとか以前に、内容が頭に入ってこない」
「ああ、そうだよね~~。変にもったいぶった表現したりとかで、漢文とか読んでる気分だった」
(お前漢文読めるのかよ)
果たして彼女がどうして漢文を読むことになったのか、そのことの方がよほど驚きである。
「でも結構面白い話とかあったよ。元の世界だったら、絶対にないお話とかあるし」
「へえ、どんな?」
「人と竜が、恋をするお話」
どうやら彼女も乙女チックな恋愛話が好きなようだった。
「人間と竜の、報われることのない恋愛。多くの障害を越えて、ついに二人は結ばれるって奴。人と竜が恋をするって点に目をつぶれば面白いよ」
「全否定じゃねえか」
人と竜が恋をする話の、人と竜が恋をする点が駄目、というのは物語の根幹を否定している。
しかし当の彼女は竜なので、あながち暴論とも思えない。
「だって気持ち悪いでしょ? 人間と竜が恋をするとか……趣味悪くない? 変態じゃない?」
「まあそうだな」
彼女の上半身に目をつむれば、言っていることはもっともである。
(モンスターパラダイスのセールスポイントも全否定しているけどな)
見た目が美少女だろうとモンスターはモンスター、別の生物ということだろう。
なので人間とモンスターの恋愛は、基本的に趣味が悪いということのようである。
(まあ俺だってアカネの下半身には興奮できないしな)
なかなか繊細な部分なので、発言を慎重にする狐太郎。
やはり気遣いこそが、関係を守るコツであった。
「でもさ、こういう異種族の恋愛ってお話は全然ないから新鮮でさ。異種族の結婚に障害がある、なんて考えたこともないし」
(犬と猫が真剣に恋愛するようなもんだしな。そりゃあカルチャーショックだろうとも)
四体の生まれた世界では、モンスターにも市民権があった。
市民権があるということは、その尊厳が尊重されているということ。
表現の自由も、ある程度は配慮が求められるのだろう。
「大昔はそういうお話もあったわよ。勝利歴の時代とか、その前とかはね。でも戦後歴になってからは、人造種がうるさくて」
「おい、ササゲ。その用語、差別用語だぞ」
「いいじゃない、わかりやすくて。怒る連中もいないし、気にしなくていいでしょ」
ササゲが言った人造種、という言葉にコゴエは眉をひそめた。
ホムンクルスやロボット、オートマトンなどの総称である人造種という単語は、当人たちの反対によって現在は使われなくなっている。
(確かそのあたりのことは、モンスターパラダイス4で言ってたな。尊厳にかかわる問題で一番声が大きいのは、人間が生み出したモンスターだって)
勝利歴の時代に製造された人造モンスターたちは、戦後歴に入ってから通常のモンスターとしての権利を得た。
もちろん人間と完全に平等ではないが、それでも大きく権利を主張することが認められている。
「彼らに権利を与えたことも人間の判断だ。そして私も、それを認めている。であれば私たちも、どこの世界でもそう振舞うべきだ」
「ああ、はいはい。まったく……」
(確かに、あの世界は技術が進んでいる割に文明がけったいなんだよな。雇用を守るためとかで、自動運転が禁止されてたりするし)
狐太郎の元生まれた世界では、文字通り自動的に目的地まで動く自動車が開発されていた。
もちろん大本をたどればSFや近未来などを描いたSFになるのだが、それにも種類がある。
子供向けの場合、特に古いものであれば、人型ロボットが運転席に座って運転しているだろう。
とはいえ現実的な話だと、人型ロボットを作る方がよほど難しいので、車自体を改造して車を一種のロボットにしようとしている。
それにも色々と段階があるのだが……まあそれは大したことではない。
問題なのは、モンスターパラダイスの世界観である。
この世界でロボットが車を運転する場合、どうしているか。
普通に運転席に座って、人間と同じように運転している。
センサーを車と同期させる、ということもしない。というか、それをする機能自体つけていない。
体の何処かに接続端子の受け入れ口があって、そこからデータを読み取る、或いは出力するという機能がない。
仮に、人工知能を搭載した車を製造したとしよう。
それは人間の脳をクローン技術で製造し、車に搭載する、というのと同じような罪に問われる。
倫理的に物凄くアウトなことである、と思って欲しい。
似たような理由で、工業用のロボットアームも基本的に存在しない。
極めて非効率的なことに、人型ロボットがライン工のように作業しているのである。
もちろんよほど特殊な作業をする場合はその限りではないが、基本的に『特定の目的のためのロボット』というものは製造が禁止されているのだ。
なぜなら、ロボットにも『職業選択の自由』が認められているからである。
大昔は戦闘用のロボット、あるいは戦闘機や戦車などの無人化のために人工知能が研究されたのだが、それは彼らの選択肢を奪うものだとして忌避されたのだ。
大層面倒くさいとは思うのだが、ロボットやオートマトンたちにとっては重要なことなのだ。
倫理とは面倒なものである。
「まあそういう理由で、こういう異種族の恋って書かないよね。うるさい人はいるし、面倒だし」
「でも描写が雑なのはいただけないわよね。これじゃあちょっと変な人間みたいじゃない」
「作者の都合であり、読者の都合だろう。この世界では物語を書くのも読むのは人間だけだろうし、何もかも人間だけに配慮するのは仕方がないことだ」
だが、そんな風に人間の文化を批評している三体を見るのは、狐太郎にとってリラックスできる時間である。
価値観の異なる三体が己の感性を伝え合う時間は、聞いているだけでも楽しかった。
(なんだかんだ言って、みんな楽しんでるんだよな)
文句を言うのも、文化の楽しみの一つである。意見を述べる人を眺めるのも、また然り。
黙ることにした狐太郎は、彼女たちを楽し気に眺めていた。




