表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/545

互角

 ハンター同士で試合をして、技量を高める。それは特に悪いことではないし、珍しくもない。

 しかしAランクハンターに最も近い男と、Aランクモンスターが試合をするというのは前代未聞であろう。

 なにせAランクモンスターが人間に従って、言われるがままに試合をすることなどないのだから。


 Aランクとは、選ばれた者の領域。

 どれだけ焦がれて、どれだけ求めても、決して手の届かない領域。

 才能を持つ者が、凡庸なものを倒すだけでは満足できず、さらなる高みを目指して、ようやくたどり着ける場所。

 それが、Aランクというステージ。


 それが真っ向から衝突するというのは、もはや試合ではなく戦争の域。

 その戦争をする両者が、周囲に気を使い、あくまでも個人同士で争う。

 それを観戦するのは王侯貴族でさえ、そうそう叶わない。望外にして最上の娯楽である。


 前線基地の外で始まろうとしている大一番を、各討伐隊の面々は目を皿のようにして待っていた。


「……なんかお祭りみたいなことになってるな」


 狐太郎は周囲の熱気を感じつつ、若干引いていた。

 まさしく格闘技の大会めいた雰囲気なのだが、その参加者を送り出す立場になるとは思ってもいなかった。


「クツロは平気か? 嫌じゃないか? こんな見世物扱いされて、嫌なら今からでも断ってくるけど」


 もう見慣れてしまった、尋常ならざる巨体の鬼。

 機能美と造形美にあふれる、はち切れんばかりの筋肉を満載した大鬼クツロ。

 準備運動をしているだけなのだが、その迫力はさながら爆発寸前の火山であった。

 彼女が体を温めているということは、すなわちこれから戦いが始まるということ。

 あながち誇張された表現ではない。


「いえいえ、こういうのは結構好きですから。最近は生きるか死ぬかの殺し合いで、楽しむどころではありませんでしたし……」


 まさしくスポーツ選手のような昂揚した顔をしている彼女は、この状況をこそ楽しんでいた。

 既に格闘家の姿に転じている彼女は、弾けんばかりに美しい笑顔をしている。


「ガイセイとなら、楽しく殴り合いができそうです」

「……そ、そうか」

「ご主人様こそ、嫌じゃありませんか?」

「まあ正直、あんまり好きじゃない。お前が怪我をするのも、ガイセイとどつき合うのも」


 ガイセイと初めて会った日に、クツロは彼と力比べをした。

 互角の勝負だったが、それでも傷つけあうことはなかった。

 だが今回は、傷つけあうことが前提である。


「ただ……お前が楽しいなら、それでいいさ。怪我はしてもいいけど、死んだら駄目だぞ」

「……ええ、死にませんよ、絶対に」


 そうしたやり取りを狐太郎がしている中で、ガイセイもまた麒麟と話をしていた。

 他の面々はここにおらず、麒麟とだけ話をしている。


「……やるってことは、勝てるってことですよね?」

「あん?」

「ガイセイさんは、負けませんよね?」


 一人目の英雄、狐太郎。

 彼に従う大鬼は、この世界でも最強格のAランクモンスター。

 彼女を相手にすれば、麒麟をして勝ち目はない。

 しかしガイセイならば、負けるとは思えない。


「なんだお前、勝ち目のないケンカは嫌いか」

「え」

「格好いいなあお前、勝てるケンカだけしたいってか」


 相変わらず楽し気なガイセイは、麒麟と戦った時と同様に不安のない顔をしていた。


「こりゃケンカだ、仕事じゃない。まあ広い意味じゃあ仕事だが、俺はそんなこと気にしねえさ。第一アッカの旦那が現役の時は、俺なんかしょっちゅう負けてたぜ」


 拳を握りしめて、へらへらと笑う。

 麒麟の頭をぐりぐりと拳で押し込み、そのうえで前を見る。

 なんともケンカ日和、景気のいい晴れ模様であった。


「負けるのは嫌いか?」

「はい」

「正直だなあ! お前いいな、格好悪いな!」


 確かにクツロは強い。

 だが言ってしまえば、狐太郎の戦力の、その四分の一でしかない。

 もしも勝てなければ、かなり恰好が悪いだろう。


「やるからには勝ちにいくさ。まあ応援してくれや」


 麒麟から視線を切ると、ガイセイは全身からエナジーを迸らせた。

 膨大を極めるエナジーが、体からあふれているのだ。


「……頑張ってください。負けたら、指をさして笑います」

「おう、笑え」


 麒麟は離れる。狐太郎も離れる。

 前線基地のすぐ前にあるなだらかな丘で、男と女が向き合っていた。

 討伐隊の誰もが、その戦いを目に焼き付けようとしている。

 本来なら、Aランク相当の実力者がぶつかり合うならば、ここに居ていい理由はない。

 しかし彼らもまた、戦いを見る義務があった。


「ま、前置きはどうでもいいだろ。ただのケンカ、ただの試合だしな」

「それもそうね、話が早いわ」


 ガイセイの巨体、その顔が、同じ目線の相手をにらむ。

 人ならざる大鬼クツロは、超人の英雄ガイセイと見つめ合う。

 共に、この前線基地で屈指の大男に大女。

 この世の多くの者が大きいとはいえ、亜人が人間より大きいとはいえ、ここまでデカい男もデカい女もそうそういない。


「それじゃあ」

「おう」


 互いに拳を振りかぶる。

 そして……申し合わせたように、ではない。

 申し合わせて、拳をぶつけ合った。


 わざとやろうと思わなければ、とうてい叶わぬ衝突。

 拳と拳の正面衝突は、さながら門を破る鉄槌が打ち鳴らされるが如く。


 二人は飛びのいた。

 それは相手の様子を探るためではない。

 単純に、助走距離が欲しかっただけのこと。

 間合いが開いたのは一瞬のこと、ガイセイもクツロも、縮んだバネが弾けるように飛び出した。


「おおおおお!」


 ガイセイの巨大な拳がクツロを狙う。

 この前線基地で、最強のハンターがクツロの顔を砕こうとする。

 その威力、当たれば大鬼とて耐えられるかどうか。


「キョウツウ技、ゴーストステップ」


 それを試す気などない。

 クツロは助走で得た速度を殺さぬまま、華麗に回避する。


「シュゾク技、鬼拳一逝!」


 カウンター気味に入ったのは、クツロの拳。

 ガイセイの大きな顔に、その鉄拳がめり込む。


「ショクギョウ技、鬼拳二逝、三逝、四逝、五逝、六逝、七逝、八逝!」


 初手から畳み込むように、クツロの拳がガイセイの急所を確実に殴り抜く。

 屈強を極めるガイセイの体が、連続攻撃によって打ち崩されていく。


「ショクギョウ技、鬼拳九逝!」


 とどめとなる一撃を受けて、ガイセイの体は大きくのけぞった。

 しかし、倒れない。それどころか、たたらを踏むこともない。


「そう、こなくっちゃな!」


 まるで怯むことなく、ガイセイは反撃に転じる。


「ショクギョウ技、鬼相転涯!」


 だが、その反撃の腕をつかむ。

 両手でしっかりとつかみ、体を回転させながら腰を沈める。

 それにつられて、ガイセイの体が前のめりになりながら浮き上がる。

 反応を許さない速度で腰を上げ、クツロはガイセイを頭から地面に落とした。


「ぐ……!」


 脳天から、駆け抜ける衝撃。

 それを受けると、流石のガイセイも体が硬直した。

 しかし、所詮は投げ技を食らった程度。彼はそれでも反撃ができる。

 ギガントグリーンに掴まれて、高々と振り上げられたのち、地面にたたきつけられる。ガイセイはそうなってさえ、即座に自力で離脱することができた。

 自分の身長の高さから、自分の体重を頭で受けることが、なんだというのか。

 ガイセイは掴まれた腕を引き抜くと、さらに反撃をしようとして……。


「キョウツウ技、ファストナックル!」


 いつだったか、麒麟から食らった攻撃により、体勢をさらに崩された。


「シュゾク技、鬼拳一逝!」

「ちぃ!」


 追撃の拳を、何とかしのぐ。


「ショクギョウ技、鬼斧神攻!」


 だが、それさえクツロの掌の上。

 長く太く、美しく力強い脚が、ガイセイを防御ごと吹き飛ばした。


「くそ、やりづらいな」

「あら、泣き言?」

「ああ、泣き言だ。涙が出そうだぜ、まったく」


 ガイセイはわずかに口から血を流しているが、それだけだった。

 何度かクリーンヒットを食らっているが、それでもダメージの蓄積は軽微である。

 だがそれでも、明らかに押されていた。


 まだ様子を見合っているような段階だが、それでも討伐隊たちは背中が冷たくなっていた。

 さきほどからただの通常攻撃として放たれている、クツロの徒手格闘。もしもそれを自分が食らえばどうなるか、想像しただけで背筋に汗が流れるのだ。

 二人にしてみればじゃれ合いのような攻防だが、もうすでに一般隊員ではついていけない領域に達している。


「ショウエン君、どう見る?」


 白眉隊隊長のジョーは、己の部下になったショウエンへ意見を求めた。

 まだ全力を出しているわけではないが、それでもわかることはある。


「クツロは……とても丁寧な、対人戦闘のお手本のような戦い方をしますね。正面からぶつかると見せかけて、回避しながらのカウンター。そこから畳みかけるように連続攻撃を打ちながらも、反撃を誘ってから投げ技。さらに機先を制する速攻に、さっきと同じ技と見せかけてからの蹴り。よどみのない、焦りのない戦いだと思います」

「そうだ。皮肉なことだが、彼女の方がよほど人間らしい戦い方をしている」


 クツロの職業は格闘家だが、それは決して伊達ではない。

 攻撃も防御も選択肢が多く、相手に攻め手を読み切らせない柔軟な強さがある。

 その分攻撃力は低いのだが、それでも危うげなくガイセイを押さえていた。


 当然と言えば当然。

 狐太郎たちがAランクハンターとして認められたのは、単に魔王としての力が強大だからではない。

 モンスターでありながら、人間の技や武器、戦術を用いて戦えるからこそ。

 もとより戦いかたの幅で言えば、この世界よりも彼女たちの世界の方が大きく進んでいる。


「人間の職業の力を得たモンスターか……嫌なものを思い出すわね」

「ええ。一人目の英雄も、使っていたのね」

「それは大したことじゃないだろう。最新技術じゃなくて、太古の儀式なんだから」


 それが証拠に、同郷である抜山隊の三人は、この光景を見てもさほど驚いていない。

 大鬼が強いのは当たり前で、大鬼が格闘家ならもっと当たり前で、英雄に従っているのなら尚当然だ。

 大ダメージを与える戦い方ではなく、ただ反撃を封じるだけの戦い方なら、麒麟にも多少は心得がある。

 この戦いは、見た目ほどクツロが圧倒しているわけではないと、きちんと見抜けていた。


「一撃の威力なら、僕の方がずっと上だ。でも素の攻撃力は彼女の方が上……だから技の回転が速い」


 見抜けているうえで、自分の失策を思い知る。

 自分がガイセイと戦った時も、ああやって立ち回ることはできた。

 もちろんどう戦っても勝てなかっただろうが、最大火力にこだわった結果が惨敗である。


 もう少し、やり様はあったのに、自分は自分にできることを忘れてしまった。

 自分が赤点だったテストの模範解答を見ているようで、恥ずかしくもあり苛立たしくもあった。


「とはいえ……このままじゃお互い千日手だ。判定勝ちがあるわけじゃないし……それに……隊長は本調子じゃない」


 これがスポーツの試合ならば、もう勝負は決まっている。

 あるいは、殺し合いだったとしてもどこかで勝負がついていたかもしれない。

 しかし、これはハンター同士の試合である。

 加えて言えば、ガイセイはまだ調子が出ていない。


「……クソ」

「ふん」

「ちぃ……!」


 一灯隊の三人は、戦況を見て露骨にイラついていた。

 ここまでは、三人でも食い下がれる領域だ。もちろんガイセイを倒せるわけではないが、抵抗をすることはできる。

 それでも、ガイセイは調子が出ていない。

 この前線基地最強を誇る大男は、本調子でなくとも自分達より強いのだ。


 それは、Bランクに達しながら、しかしAランクになれない者の悲哀。

 本気を出せない相手にも勝てない、悲しい力の差がそこにあったのだ。


「シュゾク技、鬼炎万丈! シュゾク技、拳骨魂!」


 自己強化を重ねて、クツロがガイセイをさらに打ちのめす。

 如何にダメージが軽微とはいえ、打たれ続ければ気分が良くなるわけもない。


 剛毅なる豪傑は、苛立ち怒り、気を昂らせる。


「やってくれるじゃねえか……あああ!?」


 全身から、雷があふれ出す。

 それはクリエイト技ではなく、ただエフェクト技が暴発しただけ。

 だがそれだけでも、周囲の草木は一瞬で焼き払われて灰になる。


「貴方がのんびりしているから、叩いて治してあげたのよ? 感謝したらどうかしら」

「感謝? ああ、してやるよ! お礼にその面を可愛くしてやるぜ!」


 ガイセイは、ひたすら単純に肉体が強く、エナジーの量も膨大である。

 それらが相まって、ただ普通に戦うだけでも勝ててしまう。

 それらに加えて生来の不器用さもあり、エフェクト技さえ意のままに出せない。


 なんとも常識はずれなことに、それでさえ彼はこの地で最強の座に座っていたのだ。


「サンダーエフェクト! ジュピター!」


 ガイセイの全身から、黄色い閃光が迸る。

 肉体を守っていた膨大なエナジーが、そのまま電撃属性に変換される。

 膨大なエナジーを放電し続ける、というでたらめな所業も、彼にとっては大した疲労ではない。


 一度エフェクト技を発動させてしまえば、彼には誰も勝てなかった。

 というよりは、誰が何人相手でも、手も足も出なかった。

 アッカが去ってから、狐太郎が来るまで、彼は最強であり続けたのだ。


「触れば黒焦げじゃすまなそうね」


 膨大な電撃は、超高熱でもある。

 もしも彼に触れれば、格闘家としての彼女の防具など、一瞬で蒸発してしまうだろう。

 そう思えるほどに、本調子のガイセイは恐ろしかった。


「まあでも……そうじゃないと、戦う価値がないわね」


 しかし、それでもクツロに退路はない。

 もしかしたら、自分たちが倒した魔王よりも、強いかもしれない男。

 この世界で最高峰に達しうる男。

 彼を相手に、どこまでやれるのか。クツロは、身をもって確かめなければならない。


「人授王権、魔王戴冠」


 触れるだけで蒸発するような相手に、小手先の技など無意味。

 ただ力、今以上の力で迎え撃つ。


「タイカン技、鬼王見参!」


 今の今まで、格闘技で圧倒していたクツロ。

 まるでモンスターをあしらう武人のような立ち回りをしていた彼女は、ここで人の形を完全に捨てた。


 強大であっても美しくさえあった肉体は、醜いほどに肥大化する。

 人間の味方とは思えない、正真正銘のAランクモンスターとして、全力を発揮するのだ。


「シュゾク技、鬼の金棒」


 巨大な金棒を手に、魔王はハンターを見下ろす。まさしくそれは、本来の姿。

 強大な怪物に、鍛え抜いたハンターが挑む一枚の絵。


「来なさいよ、ガイセイ。殺さないであげるわ」

「ははっ……ぶっ殺す!」


 怪力乱神と万夫不当が衝突する。

 電撃を込めたガイセイの拳と、魔王の金棒が真っ向から衝突する。


 まさに、落雷が落ちたような衝撃。

 人の枠を超えた力の激突は、もはや災害と化していた。


「あらあら……死なないなんて生意気ね」

「てめえこそ……いい金棒を持ってるじゃねえか、金棒に救われたな!」


 竜巻が発生したようだった。

 嵐の中に放り込まれたようだった。


 巨大な鬼と、雷の化身が真っ向からぶつかり合う。

 お互いの通常攻撃がはじけ合って、風と音が生じ、周囲を揺すっているのだ。

 もはや局所的な台風と化した激突に、周囲の者は立つことさえままならない。


 雷をまとっているとはいえ、人間の拳が魔王の金棒と正面からぶつかり合うという、あまりにも現実離れした状況。

 全力を込めて打ち付けてもひるまぬ相手に、負けてなるかとぶつかる両者。


 そして。

 待ち望んでいた展開が、必然的に訪れた。


「!」


 今までありとあらゆるモンスターを倒してきた、ガイセイの拳。

 如何なる武器よりも頑丈であり、何よりも信じてきた拳。

 それから、血が噴き出たのである。


「そうか」


 ガイセイは、笑った。


「お前が、今の俺の限界か……!」


 自分の拳で砕けぬ敵を、倒すこと。

 更なる飛躍を得るために、彼はこの瞬間を待っていたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 いいですね!熱い展開です! ガイセイが自分の限界をどのように超えるのか、楽しみです。
[気になる点] こういう、殴り合いで余波が凄い!みたいな感じになるのを見ると、もう殴り合いじゃなくてよくない?と思っちゃったりする。 [一言] ゲームなら雑魚敵プチプチ倒し続ければレベル上がったりする…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ