偉大なことを欲したということが偉大である
強者は傲慢である。
自分は耐えられるのだから、他人も耐えられる。
自分は辛い思いをしているのだから、他人が辛い思いをしても仕方がない。
Dランクハンターたちは、強者である。
もちろん周囲のモンスターにも手こずり、悪魔と戦うなどありえない存在だが、それでも女子供よりは強い。
彼らは自分達を弱いと思い込み、その弱い自分たちが耐えられるのだから他の者も耐えられると思い込んでしまう。
今日なんとかなった、明日は何とかなるだろう。新しい戦力が来た、これでもう安心だ。
その、先送りの思考こそが、Dランクたるゆえん。
違法行為や悪を行うことはないが、決して先を見ようとしない。分かっているからだ、先が明るいものではないと。
「なかなかの啖呵だったね」
にやにやと笑いながら、彼女は彼へ話しかけた。
「いやあ……君の勇気には、頭が下がるよ。強大な悪魔を相手に、たった一人で立ち向かうんだからねえ」
それこそ、とんでもなくわかりやすい、わざとやっているとしか思えない振る舞いをしていた。
「たくさんいる人質を切り捨てながら、多くのモンスターを打ち倒し、最後には悪魔さえ滅ぼす……英雄譚だね、成功すれば」
挑発的で、挑戦的で、小ばかにした顔をする。
「……失敗したら、君一人じゃすまないよ」
「ああ、全くだ」
強者は傲慢である。
可能性があるのなら、それにかける。
全員が全滅する可能性を知った上で、それでも多くの人が助かる可能性だけを見てしまう。
そして、多数決などに従わない。
あくまでも自分の意志で、自分の力を振るう。そこに、他人の意志など介在させない。
つまり、身勝手ということだ。
「どうしたものか……啖呵を切ったはいいが、正直途方に暮れている」
「へ~~」
ホワイトもまた、茶番に付き合う。
「正直、人を殺したことはない。できるだけうまく切り抜けるつもりだが、そううまくはいかないだろう。相手も馬鹿じゃない、勝ちきれるとは思えない」
「それは大変だね」
「お前の言う通り……俺の修行で俺一人死ぬのとはわけが違う。参った参った」
あまりにも、茶番すぎた。
茶番から、本題に変わる。
「……理由を聞かせてくれ」
「俺は、Aランクハンターになりたい。けど今の俺はAランクハンターじゃない、それはさっきのDランクハンターが言った通りだ」
事実を羅列しているという意味では、さっきのハンターは正しかった。
ある意味では、彼はホワイトを守ろうとしたのだ。
未熟な彼では背負えない難しい仕事を、自分が悪人になることで断ったのだ。
「俺だって弁えている。Dランクハンターは、討伐任務を受けちゃいけないんだよ。ましてや人質がいるのなら、それは専門のBランクハンターにまかせるべきだ」
「なら、なんでそうしない?」
「Bランクハンターが、そうそういないからだ。少なくともこの時期、この近辺にはまずいない」
レッドマウンテンは、現在シーズンオフである。
だからこそ被害も相対的に少なかったが、逆に言えば警備が薄かった。
そしてそれは、この街に限った話ではない。この付近一帯に言えることである。
「戦力的には、Cランクハンターをかき集めれば対応できる。でもCランクハンターは、悪魔を相手にしたがらない。ましてや人質を取っている悪魔が相手なら」
「なぜ?」
「遺族に、親族に、呪われるからだ」
先ほどホワイトは、頬を叩かれた。
何も関係がなく、何の義務もなく、ただ助けに来たのに叩かれた。
「俺達は専門家で、相手は素人だ。専門家からすれば悪魔と取引をしてしまった人質は、もう殺すしかない相手だ。それは法律でも認められている。だがそれで親族から呪われずに済むかと言えば、その限りじゃない。悪魔に呪われていたのだから、専門家なら助けてくれると考える。まさか諸共に殺したりしないだろうと、殺したのならなんで殺したのかと言ってくる」
人間は弱い。
どうしても人を恨んでしまうし、どうしても恨まれることを嫌がってしまう。
「じゃあどうするか、放置さ。今回の一件は、間違いなく若い悪魔の仕業だ。放っておけば、飽きてどっかに行く」
「……そういうものかい?」
「悪魔って言うのはそういうもんらしい。もちろん飽きた玩具、人質やらなんやらは壊していくが、それでも避難した人たちには手が出せない。一度遊び飽きた悪魔はしばらく悪さをしないとも言うし……時間で解決しようとするだろう」
今回の襲撃で、Cランクハンターは全滅した。彼らは己の職務を全うした。
一度受けた仕事なら、相手が誰でもやり通す。とても立派な姿勢だ。
だが、最初から悪魔が敵として現れるとしたら、仕事を引き受けることはなかっただろう。
それはそれで、決して間違っているとは言えない。
「父親や祖父を殺された子供、夫や息子を殺されたご婦人、愛する婚約者を人質に取られたお嬢さん。その人たちに向かって、『悪魔は放っておけばどっかに行くから待っててくれ』とは言えない。『戦力を用意していたら逃げられてしまった、申し訳ない』と言うんだろう」
「大人はずるいねえ」
「まったくだ。だが素直に言ったところで、大差はない。引き受けていない仕事に、そこまで責任はもてない」
「なるほど、君が動きたくなる理由はわかる。でも、君が動かなければならない理由にはならない。そうだろう?」
「……そうだ」
若さゆえの義憤、強者ゆえのおごりもある。
しかし、それだけではない。
彼は、狐太郎がAランクハンターになった経緯を知っているのだ。
「……この事態を、簡単に解決できる男がいる。Aランク上位の悪魔と契約している、Aランクハンター虎威狐太郎だ。奴がこの場にいれば、人質も何もかもあっさり解決できるだろう。そして奴がここにいれば……」
仕事に命をかける、それはプロフェッショナルだ。
だが彼ならば、仕事ではなくても命をかけるだろう。
「アイツなら、仕事じゃなくても助ける!」
Aランクハンター、Bランクハンターになる前。ハンターになる前ですら、彼は他人のために自分の命を投げられた。
英雄とは、仕事ではなくても戦えるものだと知っている。
「Aランクハンターになりたい男が、Aランクハンターの真似をしないでどうするんだ!」
英雄になりたいと思わなければ、英雄にはなれない。
英雄でありたいと思わなければ、英雄にはなれない。
英雄の後を追わなければ、英雄にはなれない。
「俺はまだ修行中の身だが、学生じゃない! 俺が行かないと、誰も助からない! 俺が行きたいんだ、俺が行くんだよ!」
あまりにも、愚かで。
あまりにも、夢を見過ぎで。
あまりにも、まっすぐだった。
「だから、俺は行く。誰にも俺を止める権利はない、俺が勝手に行くだけなんだからな」
「……そうか」
本能が言っている、彼は自分の守るべき相手ではないと。
彼女の製作者が彼女に込めた呪いは、決して彼に向けられることはない。
だとすれば、彼女が前に進むことは、彼女の愚かしさだ。
「君はバカだね~~。一人で先走って、一人で無茶をして、周りの人は大いに迷惑だ。もしかしたら都合よく奇跡が起こって、救援部隊が明日にも来るかもしれないのに」
「そうだな」
「人質が取られていると知って、悪魔がいると知って、それでも突っ込んで……人質を殺しちゃって。ばれたら大変だね」
「そうかもしれない」
「負けたら死んじゃうし、勝っても人殺しだ。ただバカというだけじゃすまないことだ」
彼女は、彼を見た。
「君は、最善を尽くしたと言えるかい」
「言えないな」
彼は、彼女を見た。
「君にはまだ、できることがあるんじゃないかい」
「ああ、ある」
実は二人とも、お互いを当てにしていた。
「……今まで散々バカにして悪かった、偉そうに説教をして悪かった、お前が要らないって言って悪かった」
彼は、頭を下げた。
「俺は弱い、俺じゃあ人質を助けられない、俺一人じゃ悪魔に勝てるか分からない」
彼は、彼女が必要だった。
「俺と一緒に戦ってくれ」
今ここに、悪魔に対抗できる彼女がいた。
「……まったくみっともないね、君は。今まで散々僕の好意を袖にして、いざ困ったら頭を下げてお願いしてくる。まさに典型的な、駄目人間だ。そういうことになりたくなかったら、普段からちゃんとしておくべきだと思うよ」
「そうだな……まだ当分は修行をするつもりだった。まさかこんな日が、こんなにも早く来るとは思わなかった」
「言い訳かな?」
「言い訳だ」
二人とも笑った。
「……君がどうしてもというのなら、まあ仕方がない。君の顔を立ててあげよう」
「ありがとう」
「ただし、タダじゃあない。君にして欲しいことがある」
「なんだ?」
彼女は、未だに自分を知らない。
しかし、自分で決められることはある。
「名前だ。僕に名前を付けて欲しい」
「意味、分かってるのか」
「もちろんだ、モンスターが名前を人間につけてもらうということは」
「……主従関係になる」
「その通り」
それは、彼女が最初から要求していたことだった。
彼が、最初から嫌がっていたことだった。
「責任をもって、僕の飼い主になってくれ」
「……お前の名前なんて、考えたことがない」
二人は手を伸ばし合って、握手を交わした。
「後でいいか」
「じっくり考えてくれ!」
※
二人は樹皮を避難所に置いた。
それだけではなく、食料などの荷物も避難所に置いた。
とても身軽な姿で、焦ることなく歩いていく。
「ところで、今回君は依頼を受けたのかい?」
「なんのことだ」
「ほら、さっき君に街の状況を放してくれたあの人。あの人は君に正式な依頼をするって言ってたじゃないか」
「ああ、あれか」
しかし、声は抑えていなかった。
二人とも世間話をしながら、緊張感もなく歩いていく。
「正式な依頼も何も、依頼人とハンターが役場を介さずに契約なんてしないぞ」
「そうなのかい?」
「あの人はきっと、ハンターに依頼をしたことがないんだ。本人は誠意を示すために正式な依頼と言ったんだろうけど、もしも手続きを知っているのなら臨時で依頼とか緊急で依頼とか、即席で依頼とか私的に依頼とか……まあそんな感じで、不正規だと言っていたはずだよ」
これから向かう先には悪魔がいて、多くの人質がいて、木っ端モンスターもいる。
防衛隊に属していたCランクハンターが全滅していて、救援は望めない。
おまけに、タダ働きだった。
「じゃあ君は、仕事じゃないのに戦うのかい」
「さっきからそう言っていただろう」
「それはそうか」
二人とも、笑っていた。
「でもよかったのかい、あの人から非正規の依頼を受けなくて。そうすれば、タダ働きにはならなかったかもしれないのに」
「それはそれで、筋が通らない。あの状況なら、Dランクハンターの判断が正しい。もしも彼女から依頼を受けたことになったら、後であの人が処罰を受けることになる」
「なんでまた」
「そうじゃないと、緊急事態に素人の誤った判断で……つまり現場を知らない貴族の判断で、ハンターの意見を封じ込めることになってしまうからだ」
「なるほど……だから君が勝手に行くんだね」
「そういうことだ」
連携して戦ったことなどなく、よっていきなり戦場に立っても上手くいくとは思えないが。
それでも何とかなるのではないかと、二人とも何となく楽観していた。
「でもその理屈だと、お貴族様が『私は指示をしないが、君が勝手に行くことは止めないよ』とか言い出すこともあるんじゃないかい」
「……あるらしい」
「はっはっは! そんなもんだね」
「まあ仕方がない。そもそも追い込まれた時点で、法律なんて役に立つことはない。そんなものは、決めた人間だってちゃんと守ってない。ましてモンスターが、従うことはないさ」
心地よい充実と興奮を、二人は分かち合っている。
彼と彼女は、青春を謳歌している。
一切齟齬なく共感し、役割も立場も差異がない。
温度差のない関係は、なれ合いに近い状況を生み出す。
「さて……そろそろ街につくな」
「何か注意事項はあるかい」
「そうだな……悪魔と取引をしたものは、その命令に従ってしまう。本人の意志とは裏腹に、体が勝手に動いてしまう」
二人とも、それを理解していた。
だってこんなにも気分が良くお互いと付き合えるなんて、考えてもいなかったのだ。
「だから説得は無意味だ。縛るか身動きが取れなくなるまで痛めつけるか……殺すしかない」
「なるほど、だから僕が必要というわけだ」
「そういうことだ。モンスターの相手は俺がする、人間の相手はお前がしてくれ」
「了解。死なない程度に吸い上げるとしよう」
これから行く場所は戦場で、とても悲壮なことが起こった場所で、今も悲しみに満ちているはずなのに。
ちっとも不安ではない。不安に思わないことが、そのまま安全につながるわけもない。それを客観視できるのに、それでも二人は恐れない。
「一応言っておくが、俺はお前を助けないぞ」
「それはこっちのセリフさ、僕だって君を助けない。僕はこの街の人を助けに来たんであって、君を助けるために来たわけじゃない」
「そういうことだ」
二人とも、最善を尽くした。
できることは全部やった。そのうえでここに居る。
悲観してもいいことはない。
「やるぞ、悪魔退治だ」
「任せてくれ」




