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鼠の嫁入り

 翻訳、というものは難しい。


 例えば、である。太陽という単語は、おそらく世界中のどこにでもあるだろう。

 だがしかし、『銃』という単語は、銃が発明されていない世界には存在しないだろう。

 もしも仮に銃を異世界後に翻訳するにはどうすればいいか。

 それこそ『じゅう』だとか『ガン』だとか、発音をそのまま持ってくるしかない。

 実際、そういう形で言語の中に入っていった『外来語』は多いのだから。


 とはいえ、異なる生物が相手だと、翻訳のしようがないこともあるだろう。

 例えば犬の言葉がわかる人間に『今年は西暦何年か』を翻訳してくれと言っても、絶対に翻訳できないだろう。

 そもそも、犬は西暦など知らない。おそらく春夏秋冬か、朝昼夜ぐらいしか認識していないはずである。


 同様に、人間が竜の思考を完全に追いかけることは、たぶんきっと難しいのだろう。

 だが、この状況を翻訳するのは簡単である。



『ここに竜王様の巣があるんだな!』

『まて、エイトロールの臭いがするぞ……この先に、エイトロールがいるんだ!』

『まじかよ……絶対近づきたくねえ! 俺は嫌だぜ、誰か呼んで来いよ!』

『お前が行けよ、ボケ!』

『あんだと!』


『ちょっとアンタたち、オスなのに情けないわねえ!』

『そうよそうよ、竜王様はエイトロールだって恐れずに暮らしているのよ! それに比べてアンタたちは……』

『はあ、きっと恰好いい竜なんでしょうねえ……』

『ええ、先日みた、あの炎のブレス……たまらなかったわ……』

『きっと鱗や尻尾、角も立派なんでしょうね……もしかしたら、翼も生えているかも……』

『私たち、見初められたらどうしよっか! 産んじゃう? 卵産んじゃう?』

『そしたら私たち、竜のお姫様だわ!』


『ああん?! お、お前、俺がいるだろ?!』


『ふざけないでよね、エイトロールが怖くて近づけない臆病者の卵なんて、誰が生むもんですか!』


『そっちこそふざけんな! この尻軽メス!』


『意気地なしオス!』


 とかまあ、そんな感じであろう。

 おそらく、そこまで間違っていないと思われる。


「……恐れながら、狐太郎さん」

「はい」

「あの場で争っている竜たちは、竜騎士ならずとも知っている、伝説の竜たちなのです」


 トライホーン。

 グレイトファング。

 ケツアルコアトル。

 アシッドバルーン。

 シェルターイーター。


 いずれもAランクの竜であり、すなわち伝説の勇者以外では殺せない、本当の意味での竜である。

 この五種に比べれば、ショウエンの乗っているワイバーンなど、ゴリラとメガネザルであろう。


「まさか、その五種が一堂にそろい、相争っていて……その理由が、エイトロールが怖いだのアカネさんに嫉妬したオスたちの八つ当たりだとは……」

「ま、まあ……残念でしたね」


 なまじ、納得できる理由である。

 というか、事実を並べればそうなってもおかしくはない。


 エイトロールはドラゴンイーターとも呼ばれる、竜を好んで食べる天敵である。

 狐太郎がエイトロールに遭遇したときも、他のAランクモンスターをむしゃむしゃ食べていた。

 であれば、あそこにいるAランクの竜たちも、恐れおののいても不思議ではない。


 不思議ではないが、もう少し誇り高い存在であってほしかった。

 そう思うと、ショウエンは失望の涙を流さざるをえない。 

 このままだと、ただの育ちが悪いチンピラである。

 もちろん竜たちにしてみれば、人間の勝手な妄想を押し付けられているだけなのだろうが。


「これだから繁殖する動物は駄目ですねえ……年中発情期でも理性を保っている人間を見習っていただきたいです」

「アカネが怒って帰りたがる気持ちもわかるわねえ、こんなのが同族だったら死にたくなるわ」


 果たして、悪魔たちの暴言を止めることができようか。

 これならまだラードーンの方がましである。こんなのが人の前で行われていたら、竜の権威はダダ下がりであろう。


「何事かと思って駆けつけてみたら、この醜態だもんなぁ……そりゃあ帰るか……」

「しかし……このままでは不味いのでは?」

「そうなんですよねえ……」


 ショウエンの言う通り、このまま放置することはできない。

 なんだかんだ言って、Aランク十体が大暴れしているのだ。

 これを放置すれば、カセイに被害が出かねない。

 よって対処しなければならないのだが、一番説得できそうなアカネは既に去っている。

 呼び止めるのは、正直心苦しかった。


「……そうねえ、とりあえず足止めしましょうか。まあ全員Aランクなら、死なないでしょう」

「あの、ササゲさん? もしかして……」

「ええ、やるわよ。いいわね、セキト」

「陛下のご要望とあれば、叶えないわけにはまいりませんな。とはいえ、私の主はブゥ様なわけですが」

「……やります」


 やればいいんでしょ、やれば。

 そんな顔で、ブゥは受け入れた。


「あの……何をなさるおつもりなんでしょうか?」

「ああ……多分ギフトスロットですね。下がりましょう」

「……はい!」


 何か、並々ならぬものを感じたのだろう。

 ショウエンはワイバーンを引いて、あわててブゥから離れる。


「ギフトスロット、ダブルデビル! ルアー!」


 ブゥの影へ、ササゲとセキトが入り込む。

 同時にブゥの全身へ、無数の影の手が絡みついていく。

 その姿は正に禍々しい、何かにとりつかれたものだった。

 だがしかし、それで終わるわけもない。


「ギフトスロット、ダブルデビル! ホステレリィ」


 暴れている十体の竜。

 その影から無数の棘が現れ、竜たちに絡みついていく。


 突如として起こった異常現象に、竜たちは困惑する。

 だがしかし、その棘が竜の鱗を貫くことはなく、からめとって固定することもない。

 束縛しきれず、もがいて暴れる竜たちは、その枷をちぎっていた。


「……ですよね」


 如何に上位ではないとはいえ、Aランク十体を相手に拘束などできるわけもない。

 この結果を見ても、ブゥはまるで驚かなかった。


「バカな……Aランクの竜を相手に、一瞬とはいえ動きを止めただと……?!」


 その一方で、ショウエンはとんでもなく驚いていた。

 なにせガイセイが『俺の体に傷をつけただと』と驚くのである、Aランクの竜を相手に『拘束しようとして気付かれる』ことは難しいのだ。

 普通の使い手の術では、拘束されていることにも気づかれず、普通にちぎられるだろう。


(そう考えると、ベヒモスをほぼ足止めしていたシャインさんって、相当凄いのでは……)


 強いという触れ込みのショウエンが大げさに驚いていると、これが一般的な感覚なのだと分かる。

 やはり狭い森から出ていないので、何がどれぐらい凄いのか狐太郎にはわからないのだ。


 とはいえ、竜たちも初めて見る悪魔、悪魔使いに警戒をしている。

 臨戦態勢を取りつつ、こちらの様子をうかがっている。

 そしてそれは、話を聞く段階になったということだった。


「殿様! 姫様! どうかお気を鎮めください! こちらのお方は、竜王様の同朋でございます!」

「皆さまがお暴れになっているところをご覧になって、竜王様は御帰りになってしまったのですよ!」


 竜の民たちが、あわてて竜を説得する。

 このままだと、本当に何をしに来たのかわからない。


 竜たちはその大きな体故に、視点も高い。

 それゆえに、尻尾を揺らしながら歩いて帰るアカネの後ろ姿を見た。


 そして、全員が顎が外れるほど大きく口を開けていた。


「……どうやら、竜王が雌だってわかったみたいですね」


 未だに悪魔に取りつかれているブゥは、胸をなでおろした。

 これで竜の姫たちも正気に戻るだろう、たぶん。


(……しかし毎度ながら、アカネを竜だと思えるのか? 上半身、思いっきり人間なんだが)


 狐太郎の目には、やはりアカネが竜だとは思えなかった。

 果たしてAランクの竜たちは、如何なる反応をするのだろうか。


 そう思っていると、いきなりトライホーンが叫んだ。

 三本の角が生えている頭部を掲げ、そのまま咆哮したのだ。


 それに続く形で、巨大な顎を持っているグレイトファングが、その顎を開いて牙を見せながら、その場で回転を始める。自分の尻尾を追う、犬のような図だった。


 ケツアルコアトルは宙に舞い上がり、縦に回転しながら翼で風を切っている。

 アシッドバルーンはその柔らかい体を揺らして、その肉体の弾力をアピールしている。

 そしてシェルターイーターは、背負っていた巨大な貝殻を下ろして前に出してくる。


 それは十体全部がやっているのではない、五体がやっているのである。

 しかもそれを見ていた残り半分は、猛烈に怒り始めていた。


「……あの、もしかして……求愛行動?」


 狐太郎は、状況を察した。

 おそらくメスは期待外れで茫然としたのだろうが、オスたちは竜王がメスだったので一目ぼれしたのだろう。

 後ろ姿だけで夢中になり、必死でオスの自己アピールを始めたのである。


「……で、また繰り返しと」


 今度はメスたちが怒り始めて、オスを攻め始めた。

 もちろんオスも黙っていない、必死で抵抗している。おそらく、求愛行動を邪魔されたくないのだろう。


「ああ、殿様、姫様!」

「どうか、鎮まりください!」


 なお、彼らの僕である人間たちは、再度の騒動を必死で抑えようとしていた。

 だが、まるで収まっていない。そもそもAランクの竜が、人間の言うことを聞くわけがない。

 もちろん、実力行使はおろか、近づくこともできない。


(他人事に思えないな……)


 なお、狐太郎。

 竜王の主であるはずなのだが、竜に従う彼らへシンパシーを感じていた。

 強大な暴力を前に、人間は無力である。

 どちらかというと、盛っている獣なのだが。


「……!」


 肝心のアカネだが、足を止めて体を震わせていた。

 もちろん、求愛行動が嬉しかったわけではない。


 人間風に口語訳すると、以下のようである。


『竜王様がメスだったなんて……!』

『そんな……うそでしょ?』


『すげえ! すげえ美人だ! みろよ、あの尻尾と足! たまらねえ!』

『うひょ~~竜王様~~! 俺の卵産んで~~!』


『ちょっと、男子!! 竜王様がメスだったからって、何やってるのよ!』

『私たちに卵産ませるんじゃなかったの?!』


『うっせえ! 求愛行動の邪魔すんな!』

『そもそもお前らだって、オスだったら求愛していただろうが!』


 とかまあ、そんな感じであろう。

 おそらく、聞いているアカネはものすごく怒っているはずだ。


「もう! うるさい!」


 いきなり竜王の姿になったアカネは、巨大な姿で咆哮する。

 その怒号は技でもないのに十体の竜たちを吹き飛ばし、地面に転がした。


「さっきから何! 失礼だし、迷惑でしょ! どっかいって! 恥ずかしい!」


 せっかくこの世界で初めて会った、まともなAランクの竜。

 それが余りにもひどいので、流石にアカネも怒鳴ってしまった。

 十体がようやく止まったところを見て、怒りながら再度去っていく。


 その巨大な背中をみて、求愛をしていたオスたちは震えて、怯えて、意気消沈していた。

 メスに振られて嫌われたのだ、泣きたくもなるだろう。


 そんなオスたちに対して、メスたちは呆れつつ、その鱗を舐め始めた。

 しばらくは舐められるままだったオスたちも、逆に舐め返していく。

 そしてそのまま寄り添い合い、ゆっくりとシュバルツバルトから去っていった。


「……これは、元のさやに納まったってことかしら」


 ブゥの影から離脱したササゲは、その後ろ姿を見ながらそう評した。

 おそらく、それで正しいと思われる。


「雨降って地固まるともいいますな」

「いや……なんだったの、アレ」


 セキトも同じようなことを言うが、ブゥはただ白けていた。

 竜の僕たちは、あわてて走って追っていく。

 時折振り向いて、こちらにぺこぺこ頭を下げている。

 その姿を見て、やはり狐太郎はシンパシーを感じるのだった。


(……ドラゴンの世話って大変なんだな)


 なお、ショウエン。

 物凄く泣いていた。

 Aランクの竜たちがあまりにも動物的すぎて、あまりにも原始的すぎて、神秘性の一切がなくなってしまったからだろう。


「伝説の竜が……痴話げんかして怒られて泣いて元のさやに戻って帰っていった……!」


 現実は、納得できるが残酷であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 シュバルツバルト以外でのAランクモンスターがちょっと気になってきますね。Aランクが密に集まっている魔境が他にもあるのか、そうした所に対し人間はどう対応しているのか、興味が…
[一言]  ここは自分が長年世話したBランクの竜が、どれだけ文化的なのかを誇るべきなんでしょうね!(必死のフォロー)  だって明らか使えている竜の民がブレーキかけられていないし。こう、時と場所を弁えて…
[良い点] 伝説の竜といっても所詮は動物。なまじっか知性があって、恐怖とか感じるからこうなったんだろうなって。もしもなかったら基地に突撃して交尾交尾交尾!ぺろぺろ!ぺろぺろ!ってなって、討伐する羽目に…
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