犬も食わない
さて。
いい加減アカネの頭をひっぱたこうかと思い始めたときである。
シュバルツバルトとは別の方向から、とんでもなく大きい声が聞こえてきた。
いいや、叫びと言ったほうがいいかもしれない。
あまりにも猛々しく甲高い声が、ある一方向から聞こえてきた。
それも、大合唱である。多くの声の主が、競うように叫び合っていたのだ。
「……ん?」
狐太郎もそれなりに場慣れしていた。
もしもシュバルツバルトの方から聞こえてくれば、ショウエンやアカネに縋り付いて隠れていただろう。
だがしかし、シュバルツバルトではない方角、しかも遠方で姿が見えないとなればただいぶかしがるだけであった。
「ショウエンさん。一応お伺いしますが、竜はこの場にいるのが全部ですか?」
「ええ、その通りです」
「では、シュバルツバルトにはラードーンのような竜しかいないというのも本当ですね?」
「ええ、その通りです」
「……では、あの声は一体」
この場の竜たちも、アカネも、それが同族の声だと察していた。
狐太郎もそれなりに竜の声を聞いていたからか、竜かそうではないかぐらいがわかるようになったのである。
「……信じられませんが、あの声の質からしてかなりの大型。私どもの飼いならしているBランクやCランクとは違う、Aランクの巨大な竜です」
そして、専門家であるショウエンは、より詳しく察していた。
その表情は、困惑と緊張に染まっている。
いくらなんでも、Aランクの竜がそこいらに現れるわけがない。
しかも声からして、十はくだらない数だろう。十頭もの竜の叫びが、重なり合っていたのだ。
明らかに声の性質に個体差があり、ラードーンのような多頭竜とも違っているようである。
「ねえ、ご主人様! 私見に行きたい!」
アカネの顔は、好奇心ではなく使命感に染まっていた。
竜が騒ぎを起こしているのなら、それを止めなければならない。
近くに人里があるのなら、遠ざけなければならない。
人に従う竜の王は、確かな使命感に燃えていた。
「……ちょっと待て。お前だけ行かせるわけにはいかん」
「乗る?」
「乗らない」
使命感に燃えつつも、乗せることも諦めないアカネ。
何が彼女をここまで駆り立てるのだろうか。
「でも一緒に行くんでしょう?」
「それは当たり前だ」
「だよね!」
「だが乗らないのも当たり前だ。それにお前と俺だけで行くわけにもいかない、相手はAランクの竜が複数だぞ? 流石にお前一人だと不安だ、何人か連れていく。というか……来たな」
ふと見上げると、ゆっくりと落下してくるササゲとセキトがいた。
セキトはブゥを抱えており、そのままゆったりと地面に下ろす。
「あの、狐太郎さん、無事ですか?」
「ああ、うん。無事」
「そうですか……なんか偉いことになってるみたいですね」
シュバルツバルトからは、何が出てきてもおかしくはない。
しかしシュバルツバルト以外から何かが近づいてきたとなれば、あきらかに異常事態であろう。
「ねえアカネ、あれって竜の声よね?」
「うん、Aランクの竜だと思う」
「あらあら……じゃあ確かめに行かないといけないわね。でも全員で行くのも不味いわねえ……」
ちなみに、ササゲはブゥやセキトと一緒に特訓をしていた。
クツロはリァンと一緒に筋トレをしていて、コゴエはコチョウのところで精霊使いについて話を聞いていた。
「それじゃあ、ここに居る面々で行きましょうか。どうせ近所だし、危なくなったら助けも来るでしょう?」
「よ、よろしいのですか?」
「何、文句でもあるの?」
「いいえ、そんなことは……」
確執があると知った上で、ササゲはショウエンを誘っていた。
実際竜の専門家なので、その知識は欲しいところである。
「じゃあ僕も行きますよ、一応護衛ですし」
「おやおやご主人様、一応などと言ったら怒られてしまいますよ?」
「そ、そうだった……」
改めて、狐太郎はこの場の面々を見る。
自分さえいなければ、なかなかバランスの取れたパーティーだった。
(最悪の最悪でも、ブゥ君にササゲが力を貸して拘束して、アカネがタイカン技で焼き払えば問題ないか。いざとなったら、ショウエンさんに俺を抱えて逃げてもらえるし。そしたら骨の数本は覚悟しなきゃいけないが、それは流石にしかたないな)
狐太郎はAランクハンターなので、Aランクモンスターから逃走することは許されない。
この付近にカセイがある関係上、無視はできなかった。
「じゃあ、ご主人様! 乗って!」
「しつこいぞ」
「じゃあどうやってあっちまで行くの? 徒歩?」
狐太郎は、おもむろにササゲを見た。
「頼んでいいか?」
「ええ、いいわよ」
※
アカネは、不機嫌そうに走っている。
二足歩行ではあるが、飛行している面々に後れを取っていない。
だがそのふくれっ面を見れば、彼女が不機嫌であることもすぐわかるだろう。
「なんでササゲが運んでるの?!」
「それはあれよ、貴方に運んでほしくないからよねえ」
悪魔であるササゲの飛行原理は、航空力学と無関係であるらしい。
狐太郎はササゲに抱えられて飛んでいるのだが、さほど揺れていなかった。
もちろん、ササゲの局部も揺れていない。狐太郎を強く抱きしめることで、ササゲは部位を固定していた。
「そうでしょう、ご主人様」
「うん……」
なお、運ばれている狐太郎は、物凄く恥ずかしかった。
確かに運んでほしいとは言ったが、ここまで恥ずかしいとは思っていなかった。
彼女が自分の豊満な体を押し付けてくることもあって、自分が色ボケを起こしたかのようである。
そして、客観視するとそうだった。
「はあ……すごいなあ、悪魔の王と竜の王が取り合ってる……」
「いやはや、流石はAランクハンター。器量が違いますな」
なお、ブゥの移動方法はかなり珍妙だった。
セキトと一体化しているのは当たり前として、足下に水たまりのような闇を作り出し、その中に下半身を沈めていた。
そして、水たまりごと水平移動しているのである。露出している上半身が微動だにしていないこともあって、本当に変である。
「……」
そして、ショウエン。
不落の星とも称えられる彼だが、狐太郎を除けば一番弱い。
不安そうに飛ぶワイバーンに乗る彼もまた、不安が顔に出かけていた。
顔はこわばり、冷や汗が出ている。
「おおっ!」
そして、程なくして竜の群れに遭遇する。
彼がまたがっているワイバーンは、手綱をとられることもなく自ら急停止して地面に降りた。
「すご……」
その光景を見たブゥは、あまりのことに首から下を地面に隠した。
案の定というか、十頭もの竜が実際に絡み合いながらケンカをしていたのである。
やはりというべきか、どの竜もワイバーンやアクセルドラゴンよりもはるかに大きい。
戴冠したアカネと同様の巨体を誇る竜たちは、お互いにかみ合っている。
それはもう、とんでもないスケールだった。絶対に近づきたくないと、本能が囁いている。
「間違いありません、すべてAランクの竜です」
ワイバーンをなだめながら降りたショウエンは、あまりのことに興奮を隠せなかった。
さきほどまではここに来るべきではないとさえ思っていたのに、その光景を見ただけで胸に震えるものがある。
「トライホーン、グレイトファング、ケツアルコアトル、アシッドバルーン、シェルターイーター……どの竜も伝説に語られるAランクモンスターです……」
ある竜は、四足歩行だった。
ある竜は、二足歩行だった。
ある竜は、細長い体に大きな翼をもっていた。
ある竜は、まるで水風船のように弾力をもった体をしていた。
またある竜は、巨大な貝殻を背負っていた。
どれもが明らかに、Bランクではない。
なまじ同等同格の相手とかみ合っているだけに、その力強さは如実だった。
「……なんでそんな竜が、こんなところに?」
「ええ……シュバルツバルトの付近で、これだけの竜が現れるなどありえないことです」
なぜ竜がいるのか、なぜ互いに襲い合っているのか。
幸い付近に人里はないが、それでもひたすら不可解だった。
「……ねえアカネ、なんで戦ってるのかわかる?」
狐太郎を抱きしめたままのササゲは、緊張しながらもアカネに尋ねた。
その質問を受けたアカネは、無言である。
「……」
物凄く、嫌そうな顔をしていた。
どうやら状況はわかっているのだが、説明したくないようである。
一体何事かと思っていると、慌てた様子の人々が走ってきた。
その風体からして、明らかに外国人であり……狐太郎や麒麟とも異なる、儀礼用らしき民族衣装を着ていた。
およそ二十人ほどいる彼ら彼女らは、あわててアカネの前で平伏した。
「まさか、ドラゴンズランドの住人か?!」
「えっ、ドラゴンズランド?!」
その姿を見て察するところがあったのか、ショウエンが叫んでいた。
どうやら有名らしく、ブゥも知っているような反応をしている。
「我等マースー家は下等なドラゴンを従えている家系ですが、世の中には強大なドラゴンを主として崇める国があり、その住人は竜の言葉を聞き分けることができると言います! その国こそ、ドラゴンズランド……そこには多種多様なドラゴンが生息しているとか……!」
専門家なので当たり前だが、やたら詳しい。
物凄い早口なので狐太郎はいまいち聞き取れなかったが、どうやらこの面々はあそこで暴れている竜の関係者であるようだ。
「おっしゃる通りでございます。我らは俗世でドラゴンズランドと語られる国より参りました、竜に仕える民でございます」
「この度は竜王様へ拝謁を得るべく、こうして主様と共に参上した次第で……」
「先日の炎の主様ですね? このような形になって、申し訳ありません……」
どうやらドラゴンズランドの住人も、アカネが竜王だと見分けられるらしい。
誰もが恐れおののき、自分たちの主である竜たちに代わって謝罪をしていた。
「知らないっ! ご主人様、帰ろ!」
「ちょっと待ちなさいよ、アカネ。あの連中はなんで戦ってるのよ、説明しなさい」
「やだ!」
どうやら相当怒っているらしい。アカネは回れ右をして、帰ろうとした。
そのアカネを、ササゲが呼び止める。しかし、それでものしのしと帰り始めた。
「あの……なんであの竜たちはケンカを?」
しょうがないので、影から下半身も出したブゥが竜の民に聞く。
どうやら、怒られるような理由のようだが。
「実は……主様たちは、その……」
言い淀む、竜の民。どうやら、彼らの価値観でも相当不名誉なことのようである。
「……その、口にすることも恐ろしいのですが」
「うん」
「……エイトロールが怖いので、これ以上近づけないのです。なので誰が竜王様をお呼びするか、もめてしまいまして」
思った以上に不名誉な理由だった。
(え? あいつら、エイトロールが怖いの?)
流石に、狐太郎は驚いた。口には出していないが、顔には出ている。
ちなみに、竜の天敵エイトロールがこの場に現れれば、十体まとめて食い殺されて終わりである。
同じAランクであっても、ラードーンほど無茶な強さは持っていないらしい。
「そのうえで、その……てっきり竜王様がお殿様だと思っておりまして……」
「姫様がたが、竜王様に見初められたらどうしよう、と言い出しまして……」
「同行なさっていたお殿様が、怒ってしまいまして……」
さらに追い打ちをかけていた。
どうやら雌の竜には竜王との結婚願望があり、雄の竜はそれが許せなかったらしい。
ただでさえエイトロールを怖がって近づかないのに、雌の竜たちが『竜王様と結婚するのよ』とか騒いでいたら腹も立つだろう。
アカネが怒るのも無理はない。
「……まあ、Aランクでも動物だしな」
狐太郎は、そうとしかコメントできなかった。




