清濁併せ呑む
「とまあ、偉そうなことを言っていたが、だ。そんな綺麗な話ばっかりでもない」
にやりと、ガイセイは含みのある笑みを浮かべた。
ガイセイの言葉、アッカの言葉に感動していた三人は、やはりびくりとした。
意地の悪い笑み、と言っていいのだろう。
「いくら金をもらっているからってだ、そんなに滅私奉公できると思うか? それも一度や二度じゃねえ、数年やら十数年だ。確かにここは給金もいいが、末代まで遊べる金なんて稼ぐ奴はいねえだろう。自分一代か、孫の代まで遊べりゃ十分のはずだ。そんなに長いことここで働く意味がねえ」
事実として、この前線基地にいるハンターたちはプロフェッショナルなのだろう。
だがそのプロフェッショナルとして働くモチベーション、命を懸けてここで働く理由はちゃんとあるという話である。
「どういうことですか?」
「確かに俺たちはカセイを守ることで給料をもらってるが……心中まで高潔ってわけじゃねえ。各々目的を持つのは自由って話さ」
びしり、と三人を指さすガイセイ。
「固く考えすぎるなよ。仕事の報酬をどう使おうが、与えられた特権をどう活用しようがそれは個人の自由だ。特権目当てで働くのも、金目当てで働くのも、どっちも目当てで働くのも、悪いことじゃねえ」
この場に来た三人が、カセイをどうしても守りたい、と思っているわけがない。
命を懸けて戦うのは当たり前だが、それさえやれば文句を言われることはないということであろう。
「上手に自由にやる、上手いこと勝手にやるってのは……突き詰めれば、法律を利用するってことだ。反則をするんじゃねえ、法律を盾にするってことだ」
やるなと言われたことをやると、開放感がある。
してはいけないことをすると、背徳感を得られる。
だがしかし、それは上手くはない。
「例えばだ、お前達だってお綺麗な手段でここに来たわけでもないだろう。普通ならしょっ引かれるし、そうでなくても働き口なんてねえ。はっきり言うが、そこの姉ちゃん二人の体を売ることになっても、適正価格より下に見られるぜ?」
あえて品のないことを言う。
忌避すべき、ありえない手段について言及する。
もしも物凄く追い詰められて、最後の手段としてそれを選ぶことになったとしても、それは思ったほどの成果につながらないということだった。
せっかくの上物も、二束三文で叩き売られてしまいかねない。一言で言えば、割に合わないから止めておけ、ということだろう。
「だがここでなら、問題なく働ける。お前らがどんな手段でここに来たとしても、どっかでバカなことをしでかしたとしても、ここでハンターをしている限りは許される。それはこの国が、大公の旦那がお決めになったことだ。正規の手続きでここのハンターになって仕事をこなせば、法律が俺達を守ってくれるのさ」
やはり、ガイセイの勧誘だった。
彼は先ほども麒麟たちを誘っていたが、今も諦めていないのだ。
「真面目に働かないことが『悪』で、それさえこなしていれば『善』。大公の旦那とも話をする機会もあるし、まじめにやってりゃ少々の融通も利くさ。まあつまりだ……お前らが故郷に帰るんじゃなかったら、ここで働くのが一番って話だ」
じろりと、強い目で見る。
「一応言っておくが、悪さなんて長続きするもんじゃねえ。悪党稼業は自営業だ、知識も経験も人脈もいる。お前らみたいな世間知らずがやれば、即座にAランク相当の実力者が殺しに来るぞ」
ガイセイにしてみれば、一応釘をさす程度のつもりだったのだろう。
だがしかし、三人は違う。もうすでに、失敗してここに居るのだ。
「ははぁ……もうヘマをしたってか。まあそりゃそうだ、お前ら加減とか分別とかなさそうだからな。とっ捕まった仲間を助けるために大立ち回りとか、部下共のしつけが行き届かなかったとか、お題目に振り回されてお上に睨まれたとか、まあそんなところだろ?」
ガイセイは適当に思いつく失敗の要因を並べただけなのだが、ものの見事に全部当たっていた。
どうしてこうも社会体制や文明の程度が違うのに、犯罪が失敗する理由は大差がないのだろう。
あるいは、それだけ三人が分かりやすい人間なのかもしれない。
「気にすんなって、ここはお前らみたいなのが集まってくる場所だ。ここでやり直せばそれでいいだろ」
軟弱者はいないが、気高い人間の集まりでもない。
命を懸けて戦う強者ならば、その出自や過去の悪行は問わない。
一生遊んで暮らせるカネが欲しいとか、大公に近づきたいとか、そんな俗な理由でも別にいいのだ。
「抜山隊にこいよ、歓迎するぜ」
麒麟は、しばらく黙った。
本来なら、自分からお願いするはずだった。
しかし先ほど、自分がその場の勢いで断った。
そのうえでガイセイは、なおも自分たちを誘ってくれている。
「二人とも、僕の決めたことに従ってくれるかい?」
二人はほんの一瞬茫然として、しかし無言で頷く。
「……抜山隊隊長、ガイセイさん」
麒麟はベッドから降りて、床に座った。
「僕たちは、アマチュアで、子供で、幼稚な三人です。何も考えずに嫌なことから逃げて、ここまで流れてきてしまいました。僕たちはこの国の字が読めませんし、お金も持っていません」
事実を羅列する。
それは決して、恰好がいいことではない。
「たまたま親切な人に出会えて、ここなら働けると聞いてきました。正直に言って、命を懸けて戦うつもりなんてなかったんです。只流されて、貴方に雇ってもらおうと思っていました」
当然だ、麒麟はもう恰好をつける気がないのだから。
ガイセイは、恰好が悪い男の、恰好が悪い告白を嬉し気に聞いていた。
「……犯罪をして、逃げてきただけなんです」
それは本当に、虚飾のない素直で純粋な、後悔の発露だった。
「でも、これ以上逃げたらどうなるか……流石にもうわかってるんです。何もかも見捨ててここまで逃げてきた身で図々しいことはわかってるんですが……僕は、二人が大切なんです。僕よりも、二人が教えてくれたことよりも、二人が大事なんです」
ガイセイにとって、何の意味もないことだった。
だがしかし、麒麟にとっては意味があることだった。
「お願いします、ガイセイさん。僕たちを、抜山隊に入れてください。まだプロフェッショナルじゃないかもしれませんが、一生懸命頑張ります。もう、逃げられないんです。これ以上逃げたら、ここが駄目だったら、二人に体を売らせてしまうかもしれないんです」
ガイセイは、麒麟を勧誘してくれた。だがそれに甘えることはできない。
相手が誘ってくれたので、得意満面でそれを受け入れる。そんなことはできないのだ。
「ここで働かせてください」
麒麟が、自分で頭を下げて入れてもらう。
そうでないと、同じことの繰り返しだった。
「お願いします」
「お願いします」
蝶花も、獅子子も、それに続く。
麒麟の隣に座って、頭を下げた。
如何に強くとも、高潔な理想を持っているわけではない男に頭を下げる。
ただ生きていくために、三人は縋ったのだ。
「……歓迎すると言いたいが、そこまで恰好の悪いことを言われちゃあ、こっちがお願いするのもおかしな話だ」
ガイセイは、あえて上から目線で応じた。
「いいだろう、入れてやる」
三人は自分の意志で変わろうとしている。
その姿にかつての自分を重ねて、ガイセイは快く応じていた。
「ありがとうございます、がんばります」
「まあ辞めたくなればいつでも辞めればいい。戦ってるときに背中向けて逃げ出すことが無けりゃあ、こっちも固いことは言わねえよ。まあもっとも、Aランクが相手でそんなことをしたら、真っ先に食われちまうだろうがな! ええっと、そっちの姉ちゃんたちの名前は?」
麒麟は既に名乗っているが、他二人の名前は聞いていない。
ガイセイは礼儀として、二人の名前を聞いていた。
「私は千尋獅子子。特技は妨害と索敵、斥候職です」
「あ、わ、私は甘茶蝶花です! 特技は強化と回復、支援職です」
「そうかそうか、まあよくわからんが大体わかった。腕の方は、実戦で見せてもらうとして」
ガイセイは、戦っている時から思っていた疑問をぶつけた。
「お前ら、虎威狐太郎って知ってるか? 今前線基地で勤めてる魔物使いなんだが……そいつのモンスターがお前達と同じで、キョウツウ技やらショクギョウ技やら……あとはシュゾク技と……」
麒麟が勇者の姿になったとき、ガイセイは先日の四体を思い出していた。
ギガントグリーンを倒す時に、武装したのと同じに見えたのである。
「タイカン技ってのを使ってたんだが……」
「た、タイカン技?! 一人目の英雄が、ここにいるんですか?!」
麒麟たち三人は、思わず立ち上がるほどに驚いていた。
キョウツウ技は種族を問わず人間でも使える、ショクギョウ技は儀式さえ受ければ同じこと、シュゾク技はモンスターなら使えるのが普通。
だが、タイカン技だけは話が違う。タイカン技を使えるモンスターを使役している人間は、彼らが知る限りただ一人。
「……なんだ、知ってるのか」
「名前は知りません。ただタイカン技を使えるモンスターは、魔王だけなんです。魔王を従えている魔物使いは、世界に一人……いえ、一人だけです。一人目の英雄とうたわれた、名前の残っていない魔物使い……」
「ふ~~ん」
慄いている麒麟に対して、ガイセイの反応は緩かった。
「……あの、驚かないんですか?」
「いや、むしろあれだけ強いモンスターを従えているのが、無名の一般人だったほうがびっくりだ」
そもそも狐太郎が就任しているAランクハンター自体が、既に時代を象徴する勇者なのである。
彼らが故郷で英雄と呼ばれていても、なんの新鮮味もない。
「タイカン技は魔王を倒して次代の魔王になったモンスターだけが使える、モンスターにとって最強の技です。一時的に種族としての特性を最大に発揮したうえで、瞬間的に強大な力を発することができると言いますが……あくまでも一時的な強化であり、消耗も激しいと聞いています」
「ああ、それであってるぞ。確かにすげえ疲れてたな」
思わぬ形で、狐太郎の過去を知ってしまったガイセイ。
彼はぼりぼりと、ばつが悪そうに頭をかいた。
「……悪い、お前ら。今の話、聞かなかったことにしておく」
「え?」
「ここのルールでな、他のハンターに詮索をしちゃいけないことになってるんだよ。最初っから知ってるんだったら仕方ねえが、俺がお前らから聞いたのはよくねえことだ。特に意味もなく、そのルールを破っちまったのはよくねえ……忘れておくから、お前たちも黙っててくれや」
三人は、改めてガイセイの性格を理解する。
彼はやはり、ルールを守るべきだという価値観がある。
特に必要性もなく、やりたいわけでもないのに、あえてルールを破るのは本意ではないのだろう。
そういう意味でも、ガイセイは三人よりは社会に適合していた。
「それは構いませんが……一人目の英雄、狐太郎もここでハンターをしているんですね……まさか彼が?」
「ああ、Aランクハンターだ」
一人目の英雄と聞いて、脳裏によぎっていた可能性が裏付けられた。
勇者が数人がかりで倒したという魔王を、四体のモンスターで倒したという一人目の英雄。
元から魔王を倒せるほどのモンスターが、魔王の力を得たのならAランクになっていても不思議ではない。
単純計算で、麒麟一人の十倍近い戦力があるだろう。
「僕と同じ故郷の出で、Aランクになれるんですね……なんでもありません」
残っていた自尊心が、ほんの少しくすぶる。
しかし、そんなことを気にしている場合ではないと、直ぐに振り切った。
今はAランクになるとかBランクになるとかよりも、この世界で生きていくことの方が大事である。
「ただ、一応挨拶をしに伺ってもよろしいでしょうか。同じ前線基地で戦うのですし、顔ぐらいは見せておきたいんですが……」
「まあ確かにな……」
ガイセイは何かを思い出したのか、三人を疑惑の目で見た。
「お前らバカだからな~~いまいち信用できねえ」
「あ、挨拶もできないと思われてるんですか?」
「できなかった奴がいたんだよ」
ガイセイが思い出すのは、公女リァンの背中だった。
見事な背筋だった、さぞ鍛えたのだろう。
「こともあろうに、狐太郎へ『お前のモンスターよこせ』とか『お前雑魚だな、Aランク辞めろよ』とか言ったやつらがいてな、その場に居合わせた公女様に殴り殺された」
「な、殴り殺されたんですか?!」
「公女様が殴ったんですか?!」
「公女様が殴り殺した?!」
三人は、一人目の英雄がいると聞いた時よりも驚いていた。
三人が知る公女とは、人を殴る女性に使う言葉ではない。まして殴り殺すなど、ありえないことだ。
もしやこの世界の公女とは、三人の知る公女とは意味が違うのだろうか。
「いやいや、殴ったって言っても素手で殴り殺したんじゃねえよ。そこのベッドぐらいある長机を持ち上げて、たたきつけたらしいんだよ」
「もっとひどいですね……」
「公女様って、偉いお嬢様なのでは?」
「奴らって……少なくとも二人は殴り殺したのよね……」
説明をしている途中で、ガイセイは余計なことを言ったと反省した。
ガイセイの価値観から言っても、『公女の背筋がエグイ』というのは尋常ではない。
よって、驚いている三人に違和感を覚えることはなかった。
「とにかくだ……実際バカなことをほざいたんで、無礼討ちにあったのが二人もいたんだよ。お前らも言いそうで怖いんだよ、分かれ」
ガイセイは抜山隊の隊長であり、一応は部下を監督する立場である。
公式の場ではないとはいえ、バカなことを言いそうな部下だけで会わせるのは危険に思えた。
「お前らがまた『世界のすべてが僕を否定する』とか言い出したら向こうも困るだろ?」
「……すみません、それ言うのやめてください」
「自分で格好をつけて、それはねえだろ。すみませんじゃなくて、世界のすべてが僕を否定するって言っておけよ」
狐太郎はまだ護衛が決まっていないので、その身の安全は保障されていない。
そこへ同郷だという新入りの隊員をいきなり合わせるのは、ガイセイの視点から言っても危険だった。
また、ガイセイは麒麟を気に入っているが、それ以上に狐太郎を気に入っている。
そしてそれ以上に、狐太郎には恩義がある。
自分の隊に入った者が、彼へ暴言を吐く可能性は可能な限り下げたかった。
「別に敬えとか、お貴族様扱いしろってんじゃねえよ。この基地の誰も、そんな扱いしてねえからな。ただ常識の範疇で普通に話せばそれでいいんだが……お前らに常識を期待するのは無理だからなあ」
ガイセイという、自分の隊舎のドアを蹴破る男に、常識を期待できないと言われた三人。
しかし世間の常識に反することを一義としていた新人類の三人は、常識がないと言われても反論できなかった。
「ま、同郷が来たのに挨拶も無しってのは、それはそれで失礼な話だわな。俺が黙れって言ったら黙るんなら、会わせてやるよ。黙らなかったら三人ともぶん殴るからな、犬みたいに従えよ。できなかったら犬より馬鹿だからな」
常識を変えるために戦っていた三人は、常識がないと言われることがどれだけ傷つくのか、今更理解したのだった。
魔王は人間に負けると封印される。
魔王はモンスターに負けると、そのモンスターに魔王としての力が移動する。
アカネたちは一体の魔王を四体がかりで倒したが、四体とも魔王になっている。
では百体で倒せば、百体とも魔王になるのか。
また、魔王同士で戦えばどうなるのか。
まず、魔王になれるモンスターは最大四体。
加えて、魔王同士で戦うと、負けた魔王は死に、勝った魔王は魔王の権限を二つ分手に入れる。
(二倍強くなるなどのメリットはない)
狐太郎たちが倒した魔王は、一体で四体分の魔王の権限を独占していたので、アカネたち四体全員が魔王になった。




