21
前線基地に戻った狐太郎は、ようやく前線基地の意義を理解していた。
まさに戦争の後、城壁が壊され内部の家屋が潰されている。多くの民間人が瓦礫の撤去作業を行い、傷ついたハンターたちが治療を受けている。
これを前線基地と言わずして何と言うのだろうか。
巨大な都市を守るための最前線、モンスターを駆除する防人たちの拠点。
満身創痍の砦は、しかしその役割を果たしていた。
結果的に大都市は無事だったのだ、壊滅していないだけマシだろう。
(そうだよなあ……)
蛍雪隊の隊員も言っていたが、ここの方が危険だった。
なにせAランクのモンスターが五体もひしめき合っていたのである、平穏無事であるわけもない。
誰もやりたくない仕事だろう、大量の金銭を支払ってでも押し付けたい仕事だろう、モンスターを倒せるのなら身元が不明でも構わないだろう。
狐太郎が働くことが許されているここは、まさに地獄だった。
「あいつらのところに行かないとな」
狐太郎は、教えられていた場所に向かう。
この前線基地を守るために戦っていた、四体の休んでいるテント。
そこに向かう他なかった。
「……」
そしてそこには、見たくない光景があった。
四体のモンスターは、力尽きてベッドの上に寝かされている。
(クツロが寝れるベッドがあるんだなあ……)
どうでもいいことに、今更感心する。
とんでもなく大きいクツロが、全くはみ出ない大型のベッド。
そのうえで横になっているクツロは、憔悴した表情のまま寝ている。
(まあガイセイを見るに、クツロぐらい大きいハンターも珍しくないんだろう。それによく考えれば、今までもクツロは自分のベッドで寝てたんだし)
プライベートを尊重して、狐太郎は彼女たちの部屋に入ることはなかった。
仮にも女性の部屋に入ることは憚られたのだが、入っていればこういうベッドも見れたのだろう。
「無茶させたな……タイカン技を使ったのか」
既に処置が終わっているらしく、このテントの中には狐太郎しかいない。
彼はぼろぼろになっている四体を、一体ずつ見ていった。
「……アカネも、ササゲも、よく頑張ってくれたな」
意表を突くのは、コゴエの寝床だろう。
地面の上に大量の雪や氷を積んだうえで、その上に寝かされている。
雪女である彼女にとっては、一番楽な状況なのだろう。
「コゴエは……これが楽ならいいんだが」
結局、狐太郎を彼女たちは助けに来れなかった。
力尽きた隊員と一緒に助けを待っていた狐太郎を迎えに来たのは、余力のあったガイセイとジョーだった。
しかし二人が助けに来ることができたのは、他でもない彼女たちが命を賭けて速攻を仕掛けたからだろう。
四体がかりでなら、ラードーンも倒せた。であれば他のAランクモンスターも、じっくり時間をかけて他の隊と連携すれば、ここまで疲れずに済んだはずだ。
それはそれで、仕方がない決断だったと思う。
「俺を助けるために……無茶してくれたな」
ぼろぼろになった四体を見て、罪悪感がわく。
しかしだからと言って、やはり世界を呪う気にはなれなかった。
「……俺は、お前たち四体を送ったことを間違っているとは思ってない。ぼろぼろになったお前たちを見てもだ……そんな俺を、お前たちはどう思うんだろうな」
今回も狐太郎は死にかけた。
結果的には無傷だったが、あと少しで死んでいただろう。
だが、自分も死にかけたんだからお前たちが死にかけても仕方ない、とは言い切れなかった。
自分はどう思っていても、相手がどう思うかはわからない。
「ありがとうと礼を言えば良いのか、よくやったと労えばいいのか、ごめんなと謝ればいいのか、どれが一番いいんだろうな」
できれば、彼女たちが一番喜ぶ選択をしたかった。
利害損得もあるが、苦しい戦いを選んだ彼女たちに報いたかった。
「今は……今はゆっくり休んでくれ」
全員が最善を尽くしたからこそ、全員に明日がある。
狐太郎は決して焦ることなく、彼女たちの傍に寄り添っていた。
※
狐太郎が散々苦しんでいるように、狐太郎の従えている四体はパーティーとしてはそこまで完成度が高くない。
奇襲対策や敵の行動を妨害する斥候役、全体攻撃を防ぎつつ単体攻撃を集める盾役、ダメージや状態異常を治しつつ味方を強化する補助役。
それらが一切おらず、全員がそこそこ硬い上で攻撃力の高い四体をそろえているだけである。
そのうえ雪女のコゴエと、火竜のアカネの相性は良くない。
アカネは周囲の環境にさほど影響を受けないが、アカネが火を噴くたびに周囲の温度が上がることでコゴエの力が弱まっていく。
もちろん氷と炎の使い分けもできるのだが、それでも同時に入れるのは余り良くないだろう。
レベルで勝っている相手ならともかく、自分達よりも強い相手が現れれば崩れてしまう。倒れた仲間を治しながら立て直して粘るということもできないし、一発の火力に賭けることもできない。
しかし、この編成だからこそ狐太郎の救援は間に合ったと言える。
四体が別れて他の隊と合流し、Aランクの同時撃破を狙う。
これができたのは、斥候役や盾役、補助役がいなかったからである。
単独でAランクを撃破できないモンスターがいれば、今回の作戦は選べなかっただろう。
もちろん意図したわけではないが、結果としてはこの状況にあっていたということだろう。
「みんな、本当にありがとう。今回の襲撃を超えることができたのは、討伐隊全員の尽力があってこそだ」
とはいえ、それも狐太郎が討伐隊に参加する以前からいた、古株たちの努力を否定するものではない。
シャインが警戒していたように、四体の魔王がAランク五体に負けるという可能性は十分にあり得た。
そうならずに済んだのは、ハンターたちがその場で連携をとったからであろう。
白眉隊のジョーは、各部隊の隊長を集めて労った。
彼自身はササゲのタイカン技によって怪我が軽いが、それでも疲労は濃い。
他の面々も概ね同様だが、狐太郎の配下よりは格段に軽かった。
「同僚でしかない私が感謝してもむなしいだけかもしれないが、どうか言わせてほしい」
仮設テントの下に集まった隊長たちは、悲壮さもなく安堵した顔でいる。
どうやら今のところ、各部隊のハンターは全員無事のようだ。
「アッカ様不在の状況でこの苦境を乗り切れたことは、本当に素晴らしいことだと思っている。まだ戦いの傷が癒えないままで申し訳ないが、できることなら戦闘の報告をしてほしい」
「どうもこうもないわ、私は足止めをしただけで、後はアカネちゃんが何とかしてくれたわ」
すこし拗ねたような言い方で、自分の無力を告白するシャイン。
彼女は憶えているのだ、溶岩の中で倒れたアカネの姿を。
「あのベヒモスを消し飛ばすほどのブレス攻撃……間違いなく、Aランクのモンスターでも上位に食い込むでしょうね。ただ、相当無理をすればでしょうけど」
「そうか……そうだな、確かに無理をさせてしまった。私もフルアーマーレオを相手取ったが、ほとんどササゲ嬢に任せてしまった。彼女たちは短時間なら、Aランク上位のモンスターになれるのだろう……」
シャインとジョーは、少なからず期待していた。
彼女たちが実はAランクのモンスターで、この前線基地に不足した戦力を補ってくれるのではないかと。
実際にその力を発揮して力尽きた彼女たちを見ると、二人は何とも言えない気分になってしまう。
「一応、お伺いしますが!」
不満そうな顔をした一灯隊隊長リゥイが、声を荒げていた。
「もしや一時的な強化ゆえにAランクのハンターとして推薦することはできない、とはおっしゃいませんね!」
Aランクのハンターになる資格は、Aランクのモンスターを複数倒せることのみ。
とても単純な条件だが、今回の狐太郎たちは『単独で複数撃破』とは言い切れない。
無理やり理屈をつければ、Bランクのままでもあり得るだろう。
しかしそれは、狐太郎やその配下への侮辱に他ならない。
「……その心配はいらない。狐太郎君たちはこちらへ救援に赴く前に、Aランクモンスターラードーンを撃破している。そのあとでこの前線基地へ戻り……亜人のクツロ嬢がマトウをほぼ単独で討伐した。私たちが要らぬ世話をするまでもなく、複数撃破の条件は満たしているのだよ」
つまりは、Aランクのモンスターを安定して倒せる、という条件さえ既に達成しているのだ。
無理をすれば四体がバラバラになって倒すこともできるが、無理をしなくても四体がかりなら一体を倒し次に行けるのだ。
「そうか、それは結構だ!」
確認した事項がなんの問題もなかった事を聞いて、それでもリゥイは不満そうな顔のままだった。
「おいおいどうした、リゥイ? 何がそんなに不満なんだ?」
「どうしたもこうしたもない! 何もかもが不満だ!」
にやにやと笑っているガイセイに対して、リゥイは赤裸々に不満を明かす。
「ヂャンが迷惑をかけた氷の精霊によって、私たちは助けられた! 親の仇同然に憎んでいるモンスターが、私たちを助けるために自分の命や主の命を危険に晒したのだ! 恩を仇で返すほど育ちが悪くはないが、割り切れるほど物分かりは良くない!」
「素直だなあ、おい!」
「これは私の意見ではない、一灯隊全員の意志だ! だからこそ……隊員には申し訳ない。私に、私たちにもっと力があれば、こんな悔しい想いをさせずに済んだのだ」
とても不満そうで、無念そうで、自分の無力を呪っていた。
「……ジョー様は狐太郎を助けに行くことができたが、私たちにはそれさえ無理だった。ガイセイに至っては、自力でミノタウロスを倒している。私たちが、私たちだけが……ただ時間稼ぎしかできなかったのだ」
「そんなに自虐しなくていいわよ。私たち蛍雪隊だって、助けを呼ぶ以外は時間稼ぎしかできなかったし」
慌ててフォローするシャイン。
Aランクを相手に時間稼ぎができること自体が、彼らの強さを示している。
決して無力を呪うほどではないのだ。
「じゃ、じゃあ貴方たちは、狐太郎君がAランクになることへ不満がないのね?」
「ある! 不満は、ある! だが異議はない! 文句も言えない! その資格はない! 擁護が必要ならしなければならない! 嫌でも、だ!」
狐太郎は自分の危機を承知で、森の中に手負いの隊員と残った。
その話を聞いて、彼がむかつくとはヂャンにも言えないだろう。
「あ、そ、そう……」
「ただそれは私の話です。ジョー様はよろしいのですか?」
「それはどういう意味かな?」
「貴方が一番Aランクのハンターになりたがっていたはずです」
Aランクのハンターは、それだけで英雄である。
しかし、この前線基地で従事していれば貴族になれる。
貴族になりたいと思う者は多いだろうが、貴族にならなければならない理由を持つ者は少ない。
その中の一人が、ジョーであり白眉隊だった。
「確かに……なれるならなりたいとは思っている。だがそれは、私に十分な実力があればだ。その力がないことは私自身知っている、にもかかわらず他の資格者を妨害するつもりはないよ。その意味で言えば、ガイセイ、君はどうなんだ?」
「ははは! ジョー様、全然気にしてないぜ!」
この場で唯一、Aランクのモンスターを自力で倒した男。
狐太郎のモンスターがこの基地に来てなお、最強ではないかと思われているハンター。
抜山隊のガイセイは、ゲラゲラと愉快そうに笑っていた。
「ちょうど俺のところに二体来たけどよ、まだまだ一体ずつ倒すのがやっとだ。アッカの旦那なら両方まとめてぶっ飛ばしただろ、俺にAランクのハンターは早すぎるぜ」
彼にとってAランクのハンターとは、明確な目標である。
経験を積み実力を上げれば、十分手が届く領域でしかない。
Bランクのハンターを率いる面々でも不可能だと感じている場所を、彼は視野に入れているのだ。
「くそ……!」
早すぎるというのは、数年頑張れば届くという意味だ。
それに対して一灯隊は、遠すぎると思っている。どれだけ頑張っても届かない、という意味だ。
自分にはない力を持つ者に対して、リゥイは嫉妬を隠せない。
「この前線基地にAランクが二人いちゃいけないなんてルールがあるわけでもなし、今回は狐太郎だけ認定されるってことでいいじゃねえか。第一決めるのは俺達じゃねえだろう?」
「そうね……結局は大公様のお決めになること、私たちや役場の人間が決めていいことじゃないわ」
Aランクのハンターとは、国家を崩壊させるほどの武力を持つ個人である。
どこの生まれかもわからない相手にそれだけの力があると認めるのは、それだけの立場を持つ人間でなければならない。
大都市カセイを治める『大公』。彼がこの地に訪れる日は、決して遠くなかった。




