学べ、さもなくば、去れ
「言うまでもないことだが、面接は重要だ。具体的に言えば、去年に公女様に粛清された二人は、面接で失敗をして殺されている」
面接で粗相をすると殺される。聞けば恐ろしいことだが、実際に起こったことでしかない。
「先に言っておくが、これは大公様や公女様を不快にさせないための練習であり、つまり大公様や公女様に殺されないための練習だ」
Aランクモンスターが大量にいる死地へ生徒を送り込むという話なのに、重要視されるのは人間に殺されないための練習である。
しかし仕方がないことだ。
悪魔が相手ならまだしも、大抵のモンスターの場合、その相手を食べておしまいである。
だが人間を怒らせた場合、当人が殺されるだけではなく、その関係者まで殺される。
「君たちは冒険をしに行くわけではないし、観光に行くわけでもないし、ましてや勉強をしに行くわけですらない。大公閣下の下で仕事をしに行くのだ。であればAランクハンターだけではなく、大公閣下にも気を使うのは当然」
聞くものが聞けば、バカバカしいと思うかもしれない。
命がけで戦う者へ、そんなことをさせる奴はバカだと思うかもしれない。
むしろ大公こそが気を使うべきだと、まあ思うのだろう。
だが勘違いだ。
大公は確かに命を賭けて戦っている、替えの効かない人材に配慮をしている。
それはAランクハンター虎威狐太郎に対してであって、その護衛にではない。
むしろ、最低限の礼儀さえ弁えていないものを、野放しにする方が狐太郎に対して失礼である。
「今までの君たちは、配慮される側だった。生徒だったのだから当然だろう。だが今後は、君たちが配慮する側になる。虎威狐太郎は第一王女ダッキ様の実質的な婚約者であり、大公ジューガー様の信頼を受けているAランクハンターであり、既にAランク上位モンスターを何度も討伐している討伐隊の長だ。彼は権威も権力も武力も実績も、何もかも君たちとは段違いだ」
将来を期待されている子供と、実際に要職についている男。
どちらが大事かなど、語るまでもない。
「ハンターや兵士ではなく、大将軍だと思いたまえ。少なくとも大公閣下は、そうお考えだ。そして……目上の人との面接を練習することは、決して無駄にならない」
そして世の中に出るということは、そうした多くの人と関わることである。
上の人間にだけ礼儀を示すのはよくないが、それは上の人間に礼儀を忘れていいということではない。
この場の四人がどんな大人になるとしても、面接の練習をして無駄になるということはない。
「では早速だが面接の練習を始める」
だとしても、何の予告も予習もなく、いきなり練習が始まるとは思っていなかった。
「事前に通達もなく面接が始まって驚くだろうが、主旨はすぐにわかる。まずはうまくいかないことを知る、というのも学びだ。ではキコリ」
「はいっ!」
「自己紹介から始めてくれ」
一番最初に自己紹介をする、というのは緊張する。
先にやっている人間の真似もできないし、なかなかうまくいくものではない。
だがそれも織り込み済みだろう。キコリは一歩踏み出した。
「キコリ・ボトルです。ドルフィン学園中等部二年生です。よろしくお願いします」
「……習得している属性と、その度合いは」
「硬質属性、エフェクト使いです!」
「得意分野は?」
「えっと、その……」
「貴方を雇用した場合に、どのような利点がありますか」
「すみません……」
「学校生活の中で特に印象に残ったことは」
「すみません……」
「……ここまで。定型文とはいえ、いきなりやれば難しいものだ」
当然だが、叱責はなかった。
事前に練習をする時間があったならまだしも、いきなりやらせただけなので怒ることはない。
だが怒られなかったとしても、教師のまえで無様を晒すのはつらかった。
おそらく大公の前で同じことになれば、辛いではすまないだろう。
そういう意味でも、教訓になることだった。
「次、マーメ」
「はい! マーメ・ビーン、ドルフィン学園中等部二年生です。よろしくお願いします」
「習得している属性と、その度合いは」
「防御属性、エフェクト使いです!」
「失礼ですが、防御属性のエフェクト使いでは、護衛として機能しないのでは?」
「え……? えっと、その……」
いきなり前と違う質問が出てきて、戸惑うマーメ。
しかしその内容は極めて当然の質問で、意地悪だとは言えなかった。
「……」
「……すみません」
しかも次の質問に行くことはなく、そのまま返答を待たれてしまった。
彼女は黙ってもどうにもならなくなったので、謝ってしまう。
「言うまでもないですが、二人とも失格、不合格。特にマーメへ聞いた内容は、キコリにも通じるものがある。二人とも、心するように」
クリエイト技が使えない硬質属性と防御属性では、大きな盾を持ち歩くか、自分の体を盾にするしかない。
自分で戦うならまだしも、護衛では本当に機能していなかった。
それを面接形式で聞かれると、まさに返す言葉がない。
「では、次はロバー」
「はい。ロバー・ブレーメ、ドルフィン学園中等部二年生です。よろしくお願いします」
「習得している属性と、その度合いは」
「強化属性、クリエイト使いです」
「ほう、強化属性のクリエイト……では他者の強化を目指して鍛えていたということですか?」
「いえ、基本は自己強化です。クリエイト技を習得したのは将来武官になった場合に備えてのことで、今のところはエフェクトによる自己強化を得意としています」
「では、戦闘要員になれますか?」
「いいえ、シュバルツバルトで戦える水準ではありません。Cランク一体を相手に、時間稼ぎをするのがやっとです。なので正式に護衛に就任するまでに、クリエイト技へ磨きをかけようと思います」
「それは現実的に可能ですか」
「既に習得している技術の研鑽を行うだけですので、問題ありません」
「そうですか。では学生として打ち込んでいることはありますか」
「恥ずかしながら、子供のころから英雄に憧れていまして、個人としての武を磨いていました。際立った才能がないのでこの地で戦えるほどではありませんが、それでも体力やエナジーの量は伸びています。それを用いて他者の強化を行いますので、決して損はさせません」
「承知しました……さすがはロバー、模範解答だった」
「ありがとうございます」
阿吽の呼吸で、つらつらと話が弾んでいた。
教師の方がある程度ロバーに合わせた節はあるが、それでも彼が模範的であることが伝わってくる。
はっきり言えば、話し方が上手なのではなく、彼が今日まで模範的に振舞っていた成果だった。
(最後はバブルか……ロバーの後だとやりにくいだろうな)
(ふざけたことを言って、先生に叱られないかしら)
張り切っているバブルを見て、不安になる二人。
ロバーから対照的な彼女は、もはや失敗する未来しか見えない。
「最後、バブル」
「はい! はい! はい! バブル・マーメイド! ドルフィン学園中等部二年生! 治癒属性のエフェクト使いです!」
「なるほど、治癒属性……それならばクリエイト技を習得なさらなくても問題ないですね」
「そうです! でもいざという時のために、今から練習しています!」
「なるほど……では得意分野は」
「英雄譚や、英雄のことを描いた絵画のことに詳しいです!」
「ほう、英雄譚……戦記ですか?」
「いいえ、主にハンターです。Aランクハンターが怪物退治を行う物語や、それを描いた絵画が特に好きです!」
「……失礼ですが、それが得意分野と言えますか?」
「はい! 言えます! 学生の身ですが、詳しいつもりです!」
「では私に、その知識や見解を披露できますか?」
「はい!」
ここからは、彼女の独壇場であった。
「ドラゴンイーターを打ち取り玉手箱を得る物語は、史実を元にしているためとても多いです。ですがある時代を境に、その表現や描写は特定のものに限られてしまいました。それは戦火によって実際の玉手箱が消失してしまったため、作者が先人の資料を基にするしかなくなったからです。その中でも最も有名なのが、レオナ・ビンチ伯爵夫人によるスケッチ集です。彼女は美術館の管理を行っていた夫にねだって、玉手箱の中身をスケッチし続けていました。もちろん褒められたことではなく、当時は表に出せませんでした。ですが程なくして玉手箱が消失してしまったため、それが正式な史料として美術館に並んだのです。実物をご覧になったことのある学芸員の方からも『正確なスケッチだった』と称賛されており、私も実物を拝見させていただいた時はスケッチの正確さに驚きました。彼女はその戦火で焼かれて命を落としましたが、死後に高く評価されています。それは今後も変わらないでしょう。実物が新しく入ったからこそ、彼女の資料が如何に正しかったのか検証が可能になり、その審美眼、観察眼が正確だったと理解されるはずです。特に精妙なスケッチだったのは竜の宝珠でした。内部の透明性を再現するのが至難だとされていましたが、彼女は驚くべきことに色のないスケッチでそれを見事に表現しています。他にも宝石サンゴの細かい部位についても拡大図がかかれていましたが、それは当時の高級品だったルーペの……」
「もう結構だ」
「え……」
「静かに」
とんでもなく早口で話し始めた彼女は、芸術史に自分の主観も交えながら語っていた。
少なくとも熱意は伝わってくるし、得意分野だとも言えるだろう。
ただ面白おかしい物語を読んでいただけではない、と三人に教えていた。
「さて、もうわかったと思うが……自分を語るというのは、意外と難しいものだ。漫然と生きているもの、課せられた試練だけを越えているものは、だからこそ己が温い生き方をしていると気づかない。親しい者がどれだけ素晴らしい人物だったとしても、気づくことができないのだよ」
教師は、残酷なことを言う。
「マーメ、キコリ。君たちはバブルよりも下だ」
電撃を受けたように、二人は動けなくなっていた。
バブル以下、その言葉は到底受け入れられるものではなく、しかし否定する材料がなかった。
彼女に劣る人間であるなどと認めたくないが、今まさに彼女の個性を目の当たりにしたのである。
だがしかし、下に見ていた者が自分よりも優れていたなど、老若男女を問わず受け入れがたいことだった。
「……ねえロバー、二人とも驚き過ぎじゃない?」
「いや、アレは傷つくぞ」
バブルにも劣る存在だと知った二人のショック具合を見て、逆にバブルはショックを受けている。
周囲から下に見られていることにも気づいていない彼女は、ロバーに同意を求めてしまった。
なお、帰ってきた答えは非情である。
「とはいえ、バブルを目指せと言っているわけではない。もちろんロバーを目指してほしい」
「先生も失礼な気が……」
「バブル。君はまさか、自分が模範的な生徒だとでも?」
「思ってません」
「では黙り給え」
面接の練習を先にやった、その理由は既にわかっていた。
己を見つめなおすというのは、つまり己を語るということであった。
「もう一度言うが、バブルを目指せと言っているわけではない。彼女は目移りが多く、学業に支障をきたしていたからね。だが君たちは逆に、学校で課せられたことをしていただけだ。それでは他人から抜きんでることはできない」
必要最低限のことをしていないのがバブルであり、必要最低限のことをこなしていたのがキコリとマーメである。
ロバーは必要最低限のことをこなしたうえで、さらに高みを目指していた。だからこそ、面接で抜きんでたのである。
「突飛なことをしろとも言わない。何であれば『好きな教科のテストでは常に満点を目指していた』でも構わない。それで実際には九十点以上がほとんどで、満点を取れたのが二度三度だったとしても、それはそれで結構なことだ。問題は目標をもって行動したこと、その成果を誇れることだ」
教師は、ぴたりとそこで黙る。
「つまり、面接で話すことを作っておけということだ」
良くも悪くも、教師らしい言葉だった。
「面接のために、なにかをやれと?」
「いいや、違う。逆だ。どんな理由でもいいから、何かをやっておけということだ。面接のため、という動機でも問題はない。今君たちが体験したように……漫然と生きていれば、それだけで損をするのだ」
そういう意味でも、今回のことは無謀ではない。
狐太郎の護衛になるため、必死で努力した。その結果が死以外ならば、決して悪いことにはならない。
「面接の予行練習をしたのも、単に面接の受け答えが上手になることだけが目的ではない。それは後できっちりと、徹底して、絶対に失敗しなくなると言い切れるまでやる。特にバブルはな」
「わ、私はよかったんじゃ?!」
「礼儀作法の話だ。模範的ではないと自覚しているだろう」
「それはそうですけど」
「模範的ではない人間を、大公閣下へ推薦できると思うか」
「……そうか! じゃあ頑張ります!」
真実に開眼したバブルは納得する。
なお、彼女以下だと言われていたキコリとマーメは、さらに落ち込んでいた。
「キコリ、マーメ。壁役にクリエイト技が必修であることは事実だが、逆にそれを強みにすることもできる。今まではエフェクトしか使えなかったが、護衛になるためにクリエイト技を習得した、と言えば心象もよくなるだろう」
そんな二人を、教師は諭す。
過度に落ち込まれても、それはそれで趣旨に反する。
「ともかく……ロバーは他の三人を引っ張ってほしい。はっきり言うが、君たち四人がセットの方が、狐太郎殿も喜ぶだろう。君だけでは回復役にならないのだから、特にバブルを監督するように」
変な話というよりも、今更の話だが。
ロバーは強化属性であり、他者や己を強くする性質を持っている。
腐りにくい能力ではあるが、単体では意味合いが薄い。
よほど高レベルならシュバルツバルトでも戦闘員として数えられるが、それができないことは本人もわかっている。
今回は治癒属性のバブルを強化し、より強い回復ができるという触れ込みで護衛に参加するのだ。
バブルが落第なら、自動的に彼も落ちてしまう。彼だけ優秀でも、この場合は意味がない。
「さて、各々の課題はわかりやすくまとまった。私たちが課す試練、自分で見つける課題、その両方をこなしてほしい。そして願わくば……そうだな、教師として言っておこう」
良薬だけでは飲めない、そんな生徒がいることもわかっている。
「君たちが死地に赴くため、努力すると言ってくれた。それを助けることができるのは、教員としては嬉しいことだ。動機が何であれ、カセイという国家の心臓を守る任務を目指す君たちを、笑う権利など誰にもない」
※
学校とは文字通り、学ぶための施設である。
学校の種類や規格によって差はあるが、ともかくそこに通う生徒には目標を持ってほしい。それが教師の願いだろう。
掲げた目標のために、学校という施設を活用する。それはまさしく、模範的な生徒に他ならない。
ドルフィン学園の教師たちが全員協力的であることも、つまりは嬉しかったからである。
「よく聞け、お前達……私は、感動している!」
軍を退役した体育教師が、涙を流しながら運動場で叫んでいた。
「富や名声、その他諸々が戦場にはあるが、それは突き詰めるとそこまでしないと人が集まらないからだ! むしろ、それがあって尚忌避されている! それが戦場だ!」
侯爵家の益荒男は、顔にまで刻まれた大きな傷に涙を伝わせている。
「そこに! 冒険心で挑む君たち四人は……私の誇りだ! 弱き民の安寧を守る戦地へ自ら赴く君たちは、もはや英雄と呼んで差し支えない! 正直に言えば軍学校で教官を務めたかった私としては……夢がかなった気持ちだ!」
生徒が前線に向かうと言っただけで夢がかなうとは、なんとも大げさである。
しかし決して誇張に思えないほど、彼は感涙していたのだ。
「君たちが名誉の戦死を遂げたなら、君たちのことを銅像にすることを誓う! 自腹で!」
自分から死にに行くなんて偉いなあ、と思っている体育教師。
それを聞いて青ざめているキコリとマーメだが、よく考えたら否定する要素が一切ない。
「だがそれは後のことだ……私は君たちが前線で無様を晒さないように、全力で鍛えさせてもらう! 安心してくれ、根性論によらず適切な指導を行う!」
指導要領も常に進化する。
体が壊れないように、しかし体が強くなるように。
指導の内容もまた、試行錯誤の繰り返しである。
「まずは体力測定だ! 長距離走を行うので、力尽きるまで走り続けてくれ!」
そして言うまでもないが、最新式だろうが何だろうが、鍛えるということはひたすら過酷である。
「君たちが少しでも武勲を挙げられるように、鍛えることが私の役割だ! エフェクトを使わなくてもCランクモンスターをなぎ倒せるぐらい強くしてみせるぞ!」
「わ、私侯爵令嬢なんだけど……」
小声で文句を言うマーメだが、それぐらいは公女だってやっていた。
「……あのさ、ロバー。担任の先生は面接のときに自慢できることをやっておけって言ってたけどさ……この特訓に耐えたんなら、それだけで自慢できるんじゃないか?」
「何を言う、キコリ。これぐらい前線の兵なら誰でもやっているぞ」
「……そうだった」
「その上これから行く先は、Aランクがごろごろいるんだ。Cランクが倒せるようになったことなんて、まったく自慢できない」
「……ソウダッタ」
「俺達がどれだけ頑張っても、戦力にはならない。所詮は気休めだ! この鍛錬はあくまでも、俺達の本気を大人たちに認めさせるためのもので……」
「もういいよ、うん……俺が悪かった」
もうすでに心が折れかけているキコリ。
恨みがましく婚約者を見ると……。
「うおおお! 私、頑張るぞ~~!」
今までにないやる気を見せる、青春で輝いている姿だった。
「そうだ! バブル! やる気を見せろ!」
「私、絶対ドラゴンズランドに行ってみせます!」
頑張っている人がいると、逆に白ける。
そんな鬱屈とした気持ちを、理解してしまうキコリであった。




