-序幕-
序幕
「あんた、大丈夫か」
高層ビル前の壁に座り込む、男に話しかける。
黒いローブのようなものを、頭から体を覆っている。怪しさ満点。なんで話しかけたか、俺も覚えてはいない。
「……」
男は話かけるが、返事がない。そう思っていると口元が少し動いていた。
「た……もの。のみ……の」
聞き取りづらいが、食べ物と飲み物をほしがっていた。
ちょうどコンビニ帰りで、おにぎりと飲み物が入っている袋を持っていた。
「こんなものしか、ないけど」
俺は、黒ローブに包まれた男に渡す。
「あっ、」
男は、俺から袋をとると、貪るようにおにぎりとペットボトルに入った水を、ものの数分で男の腹の中に入っていた。
「ありがとう」
男は、俺に会釈をする。
「いいよ。それじゃ、」
俺は、男の安否が大丈夫そうであると確信し、その場を離れようとすると、
「ちょっと、待て」
男は、自宅に戻ろうとする俺の足を止める。
「何か、お礼がしたい」
「いや、俺はいいよ。別にたいした事してないし」
「なにか、望みはないか」
「いや、特には」
少し怖くなり、俺は話を遮るように、男に背を向けると、
「本当にないのか。叶えたいものが」
俺は、男の言葉が刺さる。もちろん、叶えたいものがある。ただ、それは叶うこともないことだ。しかし、男は続けて、
「叶えられるよ」
まるで、俺の心を見透かしたように言う。
「これを、君に」
男は、チェーンに何かのマークの付いた球を渡す。
俺は、そのまま手を差し出し、チェーンの付いたその球を受け取る。
「それじゃ」
男は、その場を後にしようとする所を、
「おい、」
男を呼び止める。
「あんた、名前は」
すると、男は、
「名前なんてないよ。そうだな、しいて言えば……」
男は、少し間をあけ、
「オフィウクス」
名を告げると、男の方角から風が吹き、俺が目を瞑った一瞬で男は姿を消していた。