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ハロー1216  作者: エル
32/48

黒衣と影

「く、そ」

 逃走は、一筋縄には行かなかった。

「こっちだ」

「追いつめろ」

 ウーノに担がれたまま、思う。

 騒々しい奴らだ。

 俺の部隊なら、まず間違いなく、こんな風に騒音をまき散らしながらの追跡などしない。

「あんな奴ら、体が正常でさえあれば」

 俺たちを追っているのは影衆の連中だ。

 元々、黒の近衛兵団とは仲が悪く、これまでも幾度となく衝突を繰り返していた。

 流石に、ここまではっきり命のやり取りをするのは初めてだったが。

「ウーノ」

 魔力の繋がりはなくとも、ウーノは俺の言うことを瞬時に理解し進路を変えた。

 これまでの経験で、奴らの穴は熟知している。その穴を埋めていない無能さも、今は感謝すべきだ。

「これなら」

 逃げ切れると、そう踏んだ矢先だった。

 不意に、俺を担いだウーノの速度が目に見えて落ちる。

 どころか。

「影が、綻び始めている」

 当たり前だ。ウーノも、内蔵魔力だけでここまで逃げてくれたのだ。

 元より、影人形は常に契約者からの魔力供給を受け続けて起動するように設計されている。今やっていることは、無理以外の何物でもないのだ。

「ウーノ、もういい、お前まで」

 だが、それでもウーノは止まることは無かった。自身の体が保てなくなっても、俺を逃がそうと暗い森の中を進んでいく。

「くそ!俺は、なんて」

 無力なんだ。

 不意打ちを受けて、殺されそうになって、揚句、自分の魔道人形に一方的にその負債を押し付けて。

 このままじゃあ、俺は、ウーノまで。

「いたぞ!」

 とうとう影衆に追いつかれる。

 このままでは逃げ切れぬと悟ったのか、ウーノは立ち止って俺をその手から降ろした。

 そしてそのまま反転し、影衆と対峙する。

 その背中が語る。

 行ってくれと。

「……嫌だ」

 俺は、少しだが自由がきくようになった体に鞭打って、ふらふらと立ち上がる。

 長年連れ添った魔道人形一機守れずして、なにが衛士か。

「俺も、共に」

 しかし、腕を振るって影の刃を形作ろうとして、一瞬と持たずに魔力が四散する。

 まだ、俺の体は戦闘を行えるほどは回復していない。

 このままここに残ったって、ただの足手まといだ。

「だが、だが」

 俺は、失うのか?

 最後に残った、ウーノまで。

「……済まない」

 何度、これを言えばいいんだ。

 俺は体を引きずるようにしてウーノに背を向けてより暗い森の中に入る。

 ……あそこに残ってただ立ってるだけなんて、そんなのは自己満足以下だ。

 犬死にして、あの御方を助けられないなんて、そんなのは騎士として許されることではない。俺はあらゆる犠牲もいとわず、逃げなければならない。

 騎士の誓いを、果たさなければ。

「こいつ、壊れかけじゃないか」

「よくも今まで……」

 後ろから戦闘の音が聞こえる。

 ウーノの最後の献身が。

 俺は、振り返ることもできなかった。

「はぁ、はぁ」

 そうして、闇の中を影を縫うように進み、どれくらい逃げたか。

 森が途切れ、月明かりの差す場所に出る。

「ここは」

 その先には何もない。自分が今立っている場所よりも、暗く深い奈落を要する崖に繋がっていた。

 向こう岸までは、跳べる距離ではない。

「……迂回を」

 どれだけ歯噛みしようと無駄だと悟り、俺はまた森の闇に身を隠すため振り返る。

「よう、黒の団長さん」

「貴様ら」

 だがしかし、崖側に追いつめるようにして、影衆が俺を包囲していた。

「ようやく追いつめた。これで終わりだな。お前も、お前の騎士団も」

「ぐっ!」

 これで、終わりか。

 いや、まだだ。

「聞け!」

 俺は一縷の望みに賭ける。

 彼らを、説得できれば、まだ。

「お前たちが忠誠を誓った姫は……」

「知ってるよ。偽物なんだろ?」

「な……!」

 知って、いただと?

「俺たち影衆はずっと前から知っていたさ、そんなこと」

「そんなこと?そんなことだと!?」

 俺が、俺が甘かった!

 こいつらを、一応は同じ国に、同じ人に仕える仲間だと、そう信じていた!

 小競り合いや敵対こそしても、志は同じだと、そう信じていた俺が、愚かだった!

「貴様ら!そこまで腐りきっていたか!」

 忠誠を誓った主君をも裏切り、権力者にすり寄り。

「そこまで今の地位が大事か!」

「知ったような口を。それに俺たちが忠誠を誓っているのは姫でも国でもない。あの宰相殿さ」

「どの口が、忠誠など……!」

 こんな奴らに討たれて、俺は終わるのか。

 誰も助けられないまま、なにも成せないまま、ここで。

「さあ、お喋りはおしまいだ。ここで殺しちまいたいのはやまやまだが、可能なら生け捕りにしろとのことだ」

 動け、動け、動け。

「まあ最も、抵抗できないように痛めつけてくるなとは言われていないがね」

 動いてくれ、俺の体!

 せめて、せめて、こいつらの一人でも道ずれに……!

「お前にはこれまでの恨みがたっぷりと溜まってる。それをここで……」

 その時だった、暗い森の中から、黒い影のようなものが躍り出る。

「な」

 稲妻のような鋭さで、それは影衆の一人の背後をついて昏倒させ。

「ぎゃあ」

 続いて反応した一人に対し、巧みに死角に入り込み、刈り取るようにしてその首に一閃を入れて意識を奪い去る。

「よう」

 包囲をあっさりと破ったそいつは、俺の前に出て、俺のことを庇うように見覚えのある短刀を構えた。

「また会ったな」

「お前は」

 俺はそいつに見覚えがあった。

 あの坑道で、例の二人を逃がすために、俺の邪魔をした男だ。

 その動きから影衆の人間だとは思っていたが、何故。

「説明してる時間はねえ」

 そいつは、俺にだけ聞こえる小声で言う。

「いいか、その崖の下は川だ。そんで、そこは本当の影衆だけが知ってる、秘密の逃げ道になってる」

「お前は、いったい」

「下手すりゃ死ぬ。けど、ま」

 すいっと、ごく自然な手で、そいつは振り返りもしないまま、俺を崖の下に押し出して。

「意外と死なないから、がんばれ」

「な」

 俺は不意の浮遊感で、初めて崖から落とされたことを知ったのだった。


「おいおい」

 現、影衆の棟梁が、俺を見て侮蔑のまなざしを向ける。

「裏切り者が、よくもまあ俺たちの前に顔を出せたな」

「裏切りものはどっちだよ」

 早速包囲網が敷き直され、不意討ちで開けた穴は塞がれた。

「戯言を。ここで我らの汚点、完全に消し去ってくれるわ」

 糞棟梁の言葉で、影衆は一斉に銃を構える。

 対して、俺が持っているのは短刀が二本だけだ。

「あの爺と同じところに送ってやるよ!」

 号令代わりの一声で、幾重もの銃声が響く。

「あのなぁ」

 俺は呆れながらも、体を半歩そらし、短剣を緩やかに動かした。

「な」

 それだけで、全ての弾は逸れ、その一発たりとも俺に掠りもしなかった。

「今まで権力闘争にばっかりかまけてたお前らに、俺が負けるとでも?」

 元より、昔は使っていなかった銃なんてものに頼り切っている奴らなんかに。

「じいさんとの約束だ。殺しはしねえよ。けどな」

 短刀を、真っ直ぐに突きつける。

 それだけで怯む元先輩の、なんと情けないことか。

「ちょっと痛い目にはあって貰うつもりなんで、そこんとこよろしく」

 

 

 

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