もう二度と会えぬあなたへ 2
「私の記憶はそこで途切れている。残念ながら、ここから先のことは、私には分からない」
「そう、ですか」
そんな気はしていた。先生たちがどうなったのか、僕には分からないようになっているんだって。
「この私が君に話せるのはこのくらいのことだ。その子の正体、君たちの敵、あの日に起きたこと。その程度」
「十分です。本当に知りたいことは知ることが出来ました」
ここから先、僕はどうするべきか。
その未来は、思い描けた。
「そうか、ならよかった。私も、潔く消えることが出来るよ」
「……恐ろしくは、無いんですか?」
消えてしまうその瞬間が。
「気にする必要は無いよ。私には、恐怖の感情がないんだ」
「え?」
「恐怖だけじゃない、私はたくさんの欠落を抱えている。抜け落ちている記憶もそう、多くの感情もそう、そして、私は、新たに何かを記憶することも、思考することもできないんだ」
そんな、そんなのは。
「私はね、やっぱり君の知る先生ではないんだよ。同じ記憶を持っているだけの物だ。会話はできても、新たには、なにも生み出せない。彼女が知らなかったことは永遠に窺い知れない。そういう、存在なんだ」
あまりにも残酷ではないだろうか。
先生は、同じ記憶を持ったコピーだと言った。ここまでの会話も、まるで先生と話しているのと同じだった。なのに、欠落や自分が偽物であることを自覚してるなんて。
「そんなに、悲しまないでくれ」
先生は、困った顔をした。
「私が選んだことなんだ」
「ずるい、ですよ」
そう選んで決めたのは先生でも、ここにいる先生が選んだことじゃない。
なのに、なんで。
「役目を全うして消える。それはね、幸福なことなんだよ」
「それは、魔道人形にとってのですか」
「いいや、全ての心ある存在にとってさ。君も、その時が来たら分かるよ。さて」
先生は、あの日と同じ笑みを浮かべた。
僕らにとって二度目の、別れは、近い。
「私にはもう一つだけ役割があるんだ。ねえ、シュウジ」
「君はまだ、技師になりたいかい?」
目を瞑って、自分に問う。
答えは、簡単に出た。
「僕は、ずっとあそこに居たかったんです」
あの幸福な場所。先生が居て、師匠が居て、仲間がいる。
遠く、叶わなくなってなお輝く、その日々。
「技師になろうと思ったのは、そんな日々を守りたかったからです」
僕も技師になれば、あの輪に加われると思った。
「随分、遠回りしました」
けれど、守りたい日々の形は変わり、今度は戦って勝ち取らなければならなくなった。
そして僕には、そっちの才能は、少しはあるみたいだ。
「先生、僕は衛士になります」
それが、答えだ。
色んなことの。
「そうか」
先生は、薄く笑った。
僕の、好きだった笑みだ。
「なら、君にプレゼントがある」
先生の首が乗っている台座から、何かがせりあがってくる。
それは、一つのトランクケースだった。
「1215からの贈り物だ。君が衛士になると決めたのなら、渡そうと思っていたらしい」
僕は前に出て、それを開ける、中に入っていたのは、一丁の拳銃。
「君のための作られた専用の装備だ。名は『六式』」
先生が、僕のために。
「そしておめでとう。君は、これで晴れて卒業だ。彼女に代わって、祝福させて貰おう」
「先生」
六式を持つ手が震える。
どうしても、聞きたいことがあった。
「先生は、僕のことを、どう思っていたんですか?」
「残念ながら、私の中にその答えは無いよ」
先生の、ひどく穏やかな言葉が終わると、部屋全体が律動を始めた。
これは。
「この場所は、私の意識が落ちると同時に崩落するようになっている。その時は、もうすぐそこのようだ」
「先生!」
僕は先生に手を伸ばした。
せめて、そのクォーツだけでも。
「駄目です、マスター!」
プラムが、反対側から僕を引っ張る。
「見てわからないんですか!あのプラグに少しでも触れたら、そこでクォーツは停止してしまいます。そうなれば、私たちは……」
「……」
伸ばした手が、力なく落ちる。
分かっていたことだ。
幻には手が届かないようになっている。
そういう風に、できている。
「さあ、もう行くんだ」
もう二度と、会うことは無い。
「先生」
せめて、あの日言えなかったことを。
「僕は、あなたが好きでした」
「知ってたよ」
それが、最後の言葉になった。
僕たちは入ってきたドアから外に出る。同時に、ドアが閉まった。
それで、内部の崩壊の音すら聞こえなくなる。
「マスター」
「いいんだ」
先生と師匠が用意した隠れ家だ。
壊すと言えば完璧に壊す。
万が一にも、漏れがあったり、サルベージが出来たりということは無いはずだ。
「ねえ、プラム」
「なんですか」
今、手の中にあるこれが、僕の選んだ現実。可能性は、全てこの扉の向こうに隔絶してしまった。
でも、もういいんだ。
「僕は、君を本来いるべき場所に帰すよ」
「え?」
それが、僕の選んだ未来。
一人の衛士として、騎士として、選んだ、未来。




