もう二度と会えぬあなたへ 1
マスター、この人変です。
変なことを言うんです。
私が、本当はお姫様だって、そんなことを言うんです。
おかしいですよね。
きっと偽物です、それか嘘つきです。
私は、マスターのプラムです。
「真実は恐ろしいかい」
恐ろしくありません。
嘘なんですから。
「悔しくはないのかい?」
そんなものは、知りません。
関係ないんですから。
「君は、本当にそれでいいのかい?」
「いいに決まってるじゃないですか!」
それは、私じゃないんですから。
「プラム……」
「マスター!マスターは信じるんですか!そんな、嘘みたいな話!」
「プラム、いいから」
「マスター!」
「話を聞こう。最後まで」
「そうだね、そうしてくれると助かる。私には、もうあまり時間がない」
そこからの作業は実に難航した。
教授にとっても初めての試みだったこと。公にはできないので秘密裏に研究を進めたことなどが理由として挙げられるだろう。
だけど私たちは、それを魔道人形用のクォーツとして完成させた。
実に、五年もの歳月がかかってしまった。
そして、あの日が来た。
君にクォーツを託すことになった、あの日が。
「そんな、先生、嘘、ですよね」
「いいや、全てが真実だ」
私は、そう答えることしかできなかった。
「君は正式にはうちの研究生じゃないから名簿には載っていない。だから、まだ粛清の対象になっていないのだろう。だけど、それも時間の問題だ」
これからの君の身に起こる様々な過酷を、この時私は予期していた。それでも、君を一人で送り出さなくてはいけなかった。
それでも、突き放すように私はそれを、君に託した。
「その前に、これを持って逃げて欲しい」
教授に頼まれた一枚のメモと、私たちが組み上げたクォーツ。
「ここに書かれているのは私と教授がいざというときのために作っておいた隠れ家の一つだ。資金も研究機材も少しは用意してある。ここに身を隠して、このクォーツの起動を頼みたい」
「そんな、急に。それに先生は、先生はどうするんですか」
「私は戻らなきゃならない。あの人を助けるために」
私はそれらを、君が拒否できないようにその手に握らせた。
その手が震えていることに、気付かないふりをして。
「巻き込んでしまって済まないと思っている。けれど、君にしか頼めないんだ」
「こんな、もの、どうやって」
「君ならできるさ。技師に、なるんだろ?」
我ながら、卑怯な物言いだったと思う。
「私は、もう行く」
君の苦しみも、不安も分かっていたのに、今にも叫びだしそうな君を置いて、私は行く。
「私はマスターのところに行かなくてはならない。お別れだ」
私は、君に背を向けた。
「シュウジ、私の背中を見送るようなことはしてはいけない。お互いに背中を合わせて走るんだ。振り返ってもいけない。それが先生と君に呼ばれた私の、最後のお願いだよ」
「さようなら、先生」
「さようなら、私の最初で最後の生徒」
私は、教授を助けるために研究室に戻った。
「お帰り。お別れは済んだかい?」
「はい、滞りなく」
教授は、研究室の資料を破棄しているところだった。
「惜しいなぁ。あと三か月もあれば、僕が起動まで持って行けたのに」
教授の声音にあるのは寂しさだ。祭りの後のような、そんな余韻を持った声。
「彼に託すと、決めたはずでしょう」
「そうだねぇ。ま、彼なら三年ってところか」
教授は、もう何も残っていない研究室を見回した。
「こんな場所でも、長くいれば愛着がわくものだね」
「……そうかもしれませんね」
「君にとっては生まれた場所だ。寂しいだろ?」
「分かりかねます」
ここには、何も残さない、そう二人で決めた。
だから、もうここは空っぽだ。
「そうかい、君がそういうんならそれでいいさ。さて、来るよ」
教授が言うと同時に乱暴にドアが開かれる。
「おとなしくしろ」
研究室に入ってきたのは全身黒ずくめの集団だった。影衆と呼ばれる、この国における秘匿騎士団の一つだ。
表には出ず、常に影で暗躍し、裏で事件を処理するエキスパート。
彼らが動いているのは把握していた。
「まったく騒々しいな。いったいなんの用だい?」
教授が鷹揚に彼らを出迎える。
影衆は銃を教授に向け、威嚇するように叫んだ。
「とぼけるな!貴様が例のクォーツを所持してることはすでに調査済みだ!」
「五年もかけてそれしか分かってないのか。やっぱり、例の噂は本当のようだね」
教授が馬鹿にしたように嘲笑う。
「今の影衆は、裏切り者の残りカスしかいないってね」
「なんだと!」
影衆がざわめきだし、いつ誰がその引き金を引いてもおかしくない、そんな一触即発の空気が流れだした、そんな矢先だった。
「よせ。そんな挑発に乗るんじゃない」
影衆の後ろから、一人の青年が前に出る。
「おやおや、これはまぁ」
教授は興味深そうにその青年を見つめた。
「なるほど君か、例のクォーツにあの魂を封じたのは」
「……そういうことになるな」
くつくつと教授は嗤い、青年は憮然とした態度をとった。
「この国の若き宰相様が、あんな真似をねぇ」
「こちらにも事情があるんだ。クォーツを渡して……」
「勘違いしないで欲しいなぁ」
「なに?」
教授がここに残った理由、それはこの答え合わせのためだった。
「あんな真似ってのはね、なにもクォーツに魂をいれたことじゃない。その理由についてさ」
教授は、こんな緊迫した状況だというのに、酷く楽しそうだった。
「君が他の人間をどう説得したかは知らないし、そんな虚飾に興味はないよ。僕が真にそそられたのはね、君がどんな狂気を持ってあんな真似をしでかしたのか。その一点さ」
躍るように、歌うように、教授は話す。
「そう、あの魂の本来の持ち主、その体を手に入れて自由にすることが目的か?違うね。あのクォーツに感じたのはそういう類の意志じゃない」
「お前は、なにを言っているんだ」
「言ってるだろ?狂気と意志の話さ。君が本当に欲したもの、それを当ててやろうというんだ」
教授は、紛れもない狂人だ。だから、あのクォーツに惹かれた。
自分と同じ匂いを感じたからだろう。
「体のほうに自分たちにとって都合のいい魂を入れて、傀儡にして利用する。なるほど筋は通ってる。きっと共謀者にはそういう計画だと説明したことだろうよ。けど、本当の目的はそうじゃない」
「なにを、根拠に」
「仮定の話をしよう」
挟まれた話を無視して、教授は続ける。
「記憶というものは脳に蓄積される。つまり、体の方だね。そして魂を掌握しておけば記憶は都合のいいように作り変えることが可能だ」
この場にいるすべての人間が、教授の言葉を聞き入っていた。
「もし仮に、仮にだ、長い年月をかけて一人の人間に自分のことを好きになるシナリオを作り、その通りに彼女の意志と記憶を都合よく操作する」
「おい」
「あとはそうだな、正式に婚約まで話を進めるとしよう。そしてその状態で魂を元の体に戻す」
「やめろ」
「そうするとどうなるか?彼女の脳にはきちんと、君を好きになるまでの記憶があり、それらは整合性がとれている。最初は違和感を感じるだろうが、それもだんだん、自分で折り合いをつけていくだろう」
「やめろと言ってるんだ!」
「君はまんまと、一人の人間を、その魂ごと手に入れる訳だ。あの魔術回路を持った人間を」
「そいつを」
「つまり君が本当に欲しかったのは」
「たった一人の、愛しい人の心」
「そいつを殺せ!」
叫ぶと同時に、教授に向かって凶弾が放たれるが、私が教授の前に出てそれらを全て蹴り落とす。
「こいつ、魔道人形か!」
「君は、きっと何かを許せなったんだろう」
教授は、先ほど幾重もの銃弾にさらされ、その命を失いかけたというのに、そんな事実など無かったかのように若き宰相と対峙し語る。
「そして、知で、財力で、意志で、悪魔と取引すら交わし、手に入れようとしたんだろう」
もう、教授にとって彼という存在はさほどそそられないのか、その語り口は静かだった。
「だけど無駄さ。僕には分かる。運命が、それを許さない」
「黙れ!」
「断言しよう。君の望みは、決して叶わない」
「黙れと言っている!」
攻勢はさらに増すが、私は一発たりとも、教授に掠らせもしない。
「アーガイル・D・シャフト!貴様はここで殺す!」
影衆の動きが変わる。
何か、来る。
「使わないつもりだったがやめだ」
空間に歪が現れ、裂け目が生まれ、その裂け目をさらに広げるように一対の腕が現出する。
歪から現れたのは、禍々しい一つ目の、大剣を掲げた巨大な魔道人形だった。
「やれ、クラウソラス!」
「Ruooooooooooo!」
魔道人形が軋むような声を上げる。
見ればわかる。宝玉を、技術を、時間を、惜しみなく使って作られた戦闘用の魔道人形だ。
これは、私と教授でも荷が重いか。
けれど。
「さあ、やろうか」
教授が一歩前に出る。
私は、こんな時なのに嬉しかった。
マスターの隣に立ち、パートナーとして名を掲げ、共に闘う。
それは、魔道人形の誉れ。
「衛士、アーガイル・D・シャフト」
「その魔道人形1215」
「「いざ、参る」」




