和解
紅林亜矢の恥ずかしがりようは、尋常ではなかった。
あまりにも切なそうに、しかもいつまでも恥ずかしがるので、蒼士としても気まずくてしょうがない。とはいえ、まさか自分だけ他の部屋へ逃げるわけにもいかない。
やむなく蒼士は、同じソファーの隅っこにそっと腰を下ろす。
クラスメートを見下ろしているのも、傲慢な気がしたからだ。
すると……しばらくして紅林の「恥ずかしい」連呼が、いつの間にか啜り泣きに変わっていた。
「な、なんで泣いてるのさ!」
さすがに無視できずに尋ねてしまう。
しばらく返事がなかったが、やがて顔を覆った手の隙間から声がした。
「森岡君がこうして生きていてくれて、嬉しいから……です」
「そ、それはありがとう……ていうか、中学からずっと同じクラスだし、今も同級生なんだから、敬語はいらないよ」
答えたついでに、自分も謝っておくことにした。
なんだか、そうする必要がある気がしたので。
「それと、今まで気付かずにごめん。俺、本当に鈍いところがあって」
「あ、あやまらないでぇ」
ようやく隠した顔を見せた紅林が、泣きはらした目でこちらを見た。
「わたし、いつも陰からこっそり見てたから……森岡君のこと。気付かなくても当然だと思う。ただ、そばにいられたら幸せだったから」
「い、いや……」
言いかけ、蒼士はふと思い出した。
そういえば、紅林亜矢は今の学校には追加募集の枠で入学してきたのだ。確か、そのせいで他の生徒より登校日が遅れていた。
「……もしかして、今の高校に入学したのも……その、俺がいたからとか?」
「は、はい」
また俯いてしまって、小さく答える。
もはや、出刃包丁を構えて魔王に突進した勢いは、どこにもない。
「森岡君、最初は進学するってわからなくて、途中で気付いて急いでわたしもって」
「そ、そう……」
そこまで想われていたとは全く思わず、蒼士はどっぷりと自己嫌悪に浸った。
大人しいとはいえ、こんな美人はどうせ自分とは無縁だと思っていたのである。蒼士は中学生の頃から、特に目立っていた自覚もないので。
「も、もっと早く言ってくれればいいのに」
言うまいと思っていたが、思わず口にしていた。
「そしたら、俺だってもっと意識したよ」
「……あのね」
「う、うん?」
微かな声がしたので、耳を澄ませる。
「本当に見ているだけで幸せだったの、わたし。森岡君と同じで、三年前のブラックサンデーの時、ママが他県に行ってて留守で……それからずっと一人だった」
「そうかぁ……じゃあ、俺達は哀れな配給組ってわけだ」
自治区の人間は、魔族からの命令でだいたい単純労働に従事して金銭を得ているが、保護者のいない蒼士のような立場は、配給制度の枠に入れられる。
情けないことに、魔族から月々の配給金が出るのだ。
前に監視のゴブリン兵士が声高に教えてくれたところでは、これは「獲物として美味しい年頃の少年少女を、単純労働で弱らせたくないため」という理由らしいが、正確なところは知らない。ただ、どうせこれも魔王の方針だろう。
蒼士自身は、連中は家畜を育てるのと同じつもりなのかもしれないと思っている。
保護しておいて、後で(性的な意味でも言葉通りの意味でも)美味しく頂くわけだ。
ふざけた話だが、未成年の立場では他に生きていく方法がないから、甘んじてもらうしかない。学校へ通わなくても、どうせ蒼士達の年齢では働かせてもらえないのだ。
こき使われるのは、二十歳以上と決まっている。
「わたし、ずっと死にたかったの」
考えている途中で、またぽつんと紅林が言った。
「ああ、そりゃ俺も同じだ。そのうち死のうと思って劇薬を隠匿してたお陰で、今回の小細工ができたんだしね」
「そうね……でも、この三年間、森岡君がそれを飲まずにいてくれて、よかったです」
また紅林が蒼士の方を見た。
今度こそ、目を逸らさずに真っ直ぐ。恥ずかしそうではあったけど、少なくとも迷いのない口調だった。
「ブラックサンデー以後、森岡君がわたしのたった一つの希望でした。ずっと死なずにがんばってくれて、ありがとう」
そう言われて、蒼士は照れるより先に、なぜか感激してしまった。
自分ほど役に立たない奴はいないとずっと思っていたのに、今はじめて、面と向かってそんなことを言ってくれる人が現れたのだ。
気付けば手を伸ばして、紅林の手を握っていた。
「……俺もありがとう」
「な、なにが」
「こんな俺も、多少は生きている価値があったんだとわからせてくれて」
蒼士が強い口調で言うと、また紅林の顔が真っ赤になった。




