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晴太も特に予定はなく、優人も優人で仕事が早く終わり、二人は夕方、ぼんやりとリビングでテレビを眺めていた。面白い番組がなかったために棚の奥から出してきた映画は、思ったよりも面白く、約一時間半の間、二人は会話もせずに画面に集中していた。
「終わったー……」
ソファーにごろりと横になり、晴太はうーんと伸びをする。本編が終了したため、スタッフの名前が出てくるエンディングには全く興味がない。
「この監督のやつ、やっぱり外れなかったね。もっと早くに観ておけばよかった」
床に座っていた優人も、体を解すようにしながら、勢いよく足を伸ばす。斜め上に見える晴太へと振り返り、同意を求めるように笑んだ。
「だよね。てか義父さん、このDVDいつの間に買ってたのさ」
「会社の人だったかな。誰かに面白いよーって進められて衝動買いしちゃったんだと思う」
記憶が曖昧らしく、言いながら優人は、微かに首を傾げる。
テレビからは、エンディングテーマである洋楽が流れていた。画面には、本編にも出てきたアクションシーンが、いくつか抽出されている。
晴太はぼんやりと、上から下へと流れる、スタッフの名前やらを表す文字を、目で追った。
「ねえ、義父さん」
「何?」
「今日、橘さんに会ったよ」
そうやって、ぼんやりしていたせいなのだろうか。不意に晴太の唇からするりと、そんな言葉が飛び出した。
同じように画面を眺めていた優人が、晴太の言葉を聞き、ごほごほと咳き込む。どうやら、予想外な言葉に動揺して、飲み込んだ唾が変なところにでも入ってしまったらしい。
「ど、どこで?」
「駅。多分昼休みで、ちょうど昼食食べに行ってたみたい」
「そ、そうなんだ」
「うん」
何故彼は、こんなにも動揺しているのだろう。
自分から視線を逸らし、俯き気味になった優人を見て、晴太は疑問を浮かべる。しかしすぐに、気が付いた。
そういえば、自分からこんな風に眞一郎の話題を振ったのは、今日が初めてだ。
「えっと……どう、だった?」
「え、どうって?」
「あ、いや、えっと、何かしゃべったのかなーって」
「え、あ、あー…………――と、とりあえず、一緒に昼食は食べたかな」
まさか、二人が付き合いだしたときのことを聞いた、なんて言えるはずもなくて、優人から視線を逸らすようにしながら晴太は答える。
それから何故か、沈黙が下りた。別に不快なわけではない。だがどうも、居心地だけが悪い。よく分からないが、気恥ずかしいような気分になる。ただ自分から、眞一郎のことを話題に持ち出しただけなのに。
ちらりと晴太は、横目で優人を盗み見た。自分のように義父も、気恥ずかしい気分を味わっているのではと予想したが、彼の顔には、微かな笑みが浮かんでいた。まるで嬉しいというような、そんな笑み。いや、きっと優人は、実際にそう思っているに違いない。
「……――っ」
熱が体中を占領するのが分かった。顔が熱い。
晴太は勢いよく立ち上がり、くるりと優人に背を向けた。
「お、俺部屋にいるし。夕食できたら呼んで」
そのまま、優人の返事も聞かずに、リビングから飛び出した。階段をほぼ駆け上がるような形で上り、二階の自室へと飛び込む。
なんで俺が、こんなに恥ずかしいんだよ。
外がまだ夕焼けで明るいので、晴太は部屋の電気をつけないまま、ベッドへ横になった。手の平で自分の頬に触れれば、顔が無償に熱を持っているのが分かる。
おかしいではないか。ここで恥ずかしい思いをするのは普通優人なのではないか。だって息子が、義父の、男の恋人の話題を、初めて自分から出したんだぞ。悪口を言うわけでもなく、まあだからといって褒めたりしたわけでもないのだけれど。けれど勘違いをしてもいいはずだ。息子が、恋人のことを、認めてくれたのだって――。
そんな風に思考を巡らせ、同時に、自分の考えに驚いた。
勘違いをしてもいい? 自分が、眞一郎のことを認めたのだと?
「マジかよ……」
思わず呟いてしまう。
眞一郎はいい人だ。それは、認める。しかしだからといって、彼を優人の恋人だと認めるのか? いや、認める認めないの問題ではないのかもしれない。だって二人は好き同士なのだから、自分がとやかく言ったところで、正直二人が付き合うのを止めるわけでもないのだ。
では自分は、一体何を望んでいる?
そんな疑問が浮かび、晴太の思考がそこで止まった。
男と付き合っているからといって、優人のことが嫌いになったわけじゃない。自分の義父と付き合っているからといって、眞一郎に対して嫌悪感を抱くわけでもない。優人が幸せになってくれるのなら、結以外に好きな人を作ってくれたっていい。
そして優人が、眞一郎と一緒にいることで、幸せなのだと感じてくれるのであれば。眞一郎も優人を、心の底から好きなのであれば。
「――――」
つまり、それは。
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