山を越えて
「──そろそろこの町にまた、ほかのプレイヤーが来るかもしれないわ」
プロミナさんがそう言ってきたのは、プレイヤーPV第二弾公開から少し経ったある日のことだった。
開店間もない『結わえ草』に、入ってくるや否やの第一声。
「ほかの、『来訪者』さん」
今日は店頭に出ていたネネカさんが少しだけ目を細めた。その言葉から思い出されるのは、以前この町に現れた迷惑系なプレイヤーたち。『ナーナ』の一員として、なにより町の自衛能力としての側面も持つ『月光讃華』の司教として、ネネカさんも思うところはあるのだろう。当然、私も。
「円形山岳へのアタックに成功しそうな連中がちらほらいる。ま、プレイヤーの水準も上がってきてるから」
プロミナさんの言う通り、この『INTO:deep anima』もリリース開始から二ヶ月以上が経過している。トップ層に限らずとも、最初はできなかったこと、行けなかった場所も少しずつ解禁されていってるんだろう。
この夜の町『ナーナ』もそのうちの一つで、一応はまあ、ちょっとした秘境だとか隠れ里的な扱いらしい。私のせいで、存在自体はわりと早い段階からプレイヤー間でも有名だったけども。
それでも今までプレイヤーがほとんどここを訪れなかったのは、町と森を囲うように連なる円形山岳の存在ゆえだ。
標高がめちゃくちゃ高いってわけではないから、それこそ飛行能力持ちならわりとサクッと越えられる地形ではあるけれども……逆にそうではない地上からの踏破は、いくつかの条件が重なってちょっとばかし面倒だ。
まずシンプルに、出てくるモンスターがそこそこ強い&数が多い。私やプロミナさんであればとくに苦戦はしないし、戴冠者レベルのボス敵がいるわけでもない。それでもやっぱり一定以上の強さは必要になってくる……というのは、ちょいちょい山岳で鍛えてるプロミナさんの弁。それこそ、こういう報告がいち早くできたのも、その普段からの行動ゆえだろう。いつもありがとねぇプロミナさん。
「おひょほっ、今日もルミナちゃんの触手やわやわ……!」
で、ぇあー、なんだっけ……そうそう、モンスター云々の前提の上で、山岳内では簡易テントとかでのスポーン地点設定ができない仕様になっている。つまり、途中ログアウトなしのワンプレイで山を越えなければならない、と。そうするとまあ、集中力だとか連続プレイ時間との戦いになってくるってわけでして。
高頻度で遭遇する弱くはないモンスターをなるべく消耗なく捌きつつ、徒歩で山を越える。ゲームデバイス側からのメディカルストップがかかる前にそれを達成するには、当然それなりの練度が求められる、らしい。
つまり逆に言えば、恐らく中堅どころくらいのプレイヤーさんたちの水準がそのレベルに達しつつある、と。
「まっ、そんなに心配しなくたって大丈夫だと思うわよ? 前のチキン野郎共の末路は有名だし……なにより! あの時以上にルミナちゃんの威光も増してるわけだし!」
胸も声も張る元気なプロミナさん。静かなままのネネカさんを気遣っての……じゃないな、うん。普通に心の底から思ったことを言ってるだけだこれ。私の触手をにぎにぎしてテンションが上がったのかもしれない。
「やはり銀色様は、この大陸中に名を轟かせる存在なんですねっ!!」
「天使様のお力も合わさってのことです」
そして入口近くの棚からひょっこりと顔を出すラナちゃんとフロウさん。いや、今日は非番のはずなのに普通にいるの is なぜ。
「──封印城での一件以降はますます……なんならその影響は他大陸にまで、と言っても過言じゃないわね〜♡」
「うわでた」
そしてそしてのガーベラご登場。私の体から立ち昇るようにして、黒霞が静かに形を取る。
プロミナさんは一瞬でしかめっ面に。
「ま、まだなに言ってるのかは分からないけど……銀色様を讃えている気がする……!」
「ええ……天使様の徒としては、なんとも複雑ですが……」
「ふふ。そこの二人はまだ、もう少し“足りない”かしらねぇ」
「なぁーにが“足りない”よ。カッコつけちゃってまぁ」
隙あらばチクチク刺そうとするプロミナさんだけど、例によってガーベラは余裕綽々な微笑みを浮かべるばかり。
まあ甘愛って、ほんとになんの意味もなくカッコつけてるだけのときも多々あるからなぁ。そこ突かれても「そうですがなにか?」の開き直りでダメージはゼロというわけだ。さすがは全ての死が永続的に失われた女。
……“まあ甘愛”、逆から読んでも“まあ甘愛”になるな。洗練された美しい回文が生まれてしまったぜ。
「んふ♡」
「なんっかムカつくのよねその笑いかた……」
イラつきながら首を傾げるプロミナさん。ガーベラはといえば、そんな天使様をガン無視して露骨にシリアス顔に。だからそれ私にしか略。
「──さておき。陸路を誰かが開拓し、そしてそのノウハウが一般化すれば……いよいよこの『ナーナ』の町も『来訪者』と関わっていくことになる」
私たちや有翼種のような稀な例ではなく。ほかの町のように、不特定多数のプレイヤーが普通に出入りするようになる……かもしれない。
一応さっきプロミナさんも言ってくれたように、私のネームバリューというか、“町と森は月の触手の縄張りである”ってのはプレイヤー間では知られている話なので、そうそう変なことにはならないと思うけども。
「……警戒、というわけではありませんが。役場や自警団、『月光讃華』の主要メンバーとも少し話しておいたほうがいいかもしれませんね。プロミナさん、情報ありがとうございます」
この閉じた小さな町に起こるかもしれない大きな変化を、まったく気にするなというほうが難しいだろう。実際にそこで生きる人たちにとってみれば、なおのこと。
だからこそ、すっかり町の重要人物となったネネカさんも、微笑みつつも真面目な雰囲気は抜け切らない。今度はそれに感化されてか、プロミナさんもお澄まし顔で腕を組む。
「ま、あたしも『月光讃華』の一員だから。さっきも言ったけど、ルミナちゃんがいるんだから大丈夫っ……だし、それに──」
そうしながらも窓の外、遠く三日月に照らされた山岳の影へと視線を向けて、なんてことないように呟いた。
「──たぶん、一番乗りは知らない顔じゃないわ。あたしとルミナちゃんにとってはね」
◆ ◆ ◆
んで、二日後。
「──ヒィィィッ、ちょ、彫像!? 触手の!?」
「見事なものだな」
「なんだよオイ[戴冠者:『ノクトの森』の主 月の触手 ルミナ]じゃねーか」
「完成度たけーなオイ」
『ナーナ』の街を訪れたのは、プ鱗隊長とその小隊メンバーの皆さんでした。




