お礼
さてさて、ガーベラとの合流から数日。
イデアのほうでは早くも、ガーベラに噛みついてはいなされたり脳破壊されたりするプロミナさん、それを見てくすりと笑うネネカさん……みたいな光景がお馴染みになりつつあるわけですが。
明日は仕事お休み、けれどもイデアに入り浸るのも程々に私こと明 ノソラが今宵することと言いましたらば──
「──はーい、はいはいどうもぉー、今日も今日とて明 ノソラですよー……なんてねー」
〈ン゙ノソラちゃっ゙!゛!゛!゛!゛〉
たった一人だけのリスナーさんに向けた配信、もといお礼。
いつも以上にハイテンションなその人はそうもちろん、無敵イカロスことイカちゃんっ。
「しっかしこれをご所望とは、イカちゃんも通ですなぁ」
〈ゔぇへへ〉
封印城攻略を手伝ってくれたお礼にイカちゃんのしたいことを……と聞いてみれば、返ってきたのは「初配信の時みたいに二人で……」というものだった。
もちろん断る理由もなく、せっかくなので時間もあのときに合わせて日付も変わった夜更けから。イカちゃんだけに送った招待コードで、視聴者一人だけの限定配信スタートです。
「……てか冷静に考えて、早朝から出勤して帰宅がこの時間で休日もほぼなく……って、イカちゃんがいた会社ガチヤバかったなって。それが今では不動産収入で毎日超絶健康優良児生活ですよ。ほんと良かったねぇ」
〈全部ノソラちゃんのおかげ〉
「いや、私は酔っぱらいの戯言を垂れ流してただけだから……ってかあれ? その状態のイカちゃんを朝まで付き合わせた私もガチヤバい……?」
〈ヤバくない!!! 神!!!! やっぱヤバいかも!!!!!!〉
「やっぱヤバいんだ……」
〈でもそんなノソラちゃんがすき!!!!!!〉
「ありがとねぇ……私もイカちゃんすき」
〈ぺぁ〉
「あ、乾杯する?」
〈乾杯!!!!!!!!!!!!!〉
「はやいはやい」
できうる限りあのときの再現をってことで、今日はお酒も飲んでいます。あのときと違うのはイカちゃんも飲んでいて、そしてなによりイカちゃんが元気いっぱいってことだ。
そも、普段は飲酒配信とか絶対やらないからねぇ。それを独り占めできるってのも、イカちゃん的にはうれしいらしい。私もイカちゃん独り占めできてうれしい。
「あ、そういえばさっき運営から連絡きてたよ。次のプレイヤーPV起用の件で」
〈あたしのところにも来てたっ〉
「うむうむ」
ま、結局話題はイデアのことになっちゃうんですけども。
プレイヤーPV第二弾、東の大陸はまたしても私こと月の触手ルミナ……だけではなく。ギリギリ期限内だった[ヴェグレラの左腕]戦そのものをフィーチャーする形、らしい。ぇあー、収益配分は動画内での活躍や登場時間等を加味して厳正に云々……とか言われたけど、ようするにあの戦いに関わったプレイヤーみんなで分配しますよー、と。となれば当然、プロミナさんやガーベラもその対象になるわけだ。
〈ノソ、ルミナちゃんとの共闘記念に、収益でなにか形に残るものでも買おうかなって〉
「おー良いねぇ。私もそうしよっかなぁ……なんかおそろいのやつにする?」
〈すりゅ!!!!!!!〉
「いぇーい」
〈いぇいいぇい!!!!!!!〉
ほんとに、ほんとに元気があって大変よろしい。
音声認識なイカちゃんのコメントを肴に、お安めで甘めな酎ハイを一口。そんな私の仕草も、彼女の目にはARな明 ノソラとして映っていることだろう。
「そういや初配信のときはさ、アバターも簡易生成のやつだったよねぇ」
〈うわー懐かしいっ。今よりモブっぽかったノソラちゃん……!〉
「モブて」
まああながち間違っちゃいないけども。酔った勢いで始めた最初の配信は、アバターも配信サイト内の無料簡易生成機能で五分くらいでぱぱっと作ったやつだった。トラッキングもサイトのデフォ機能で、今使ってるアプリより精度が低いやつ。ざっくりとした特徴は今の明 ノソラと同じだけどやっぱり作りは簡素で、本格的に配信やっちゃろとなってから本職の方に依頼して、簡易アバターをベースにしっかりモデリングしてもらったって流れ。
〈ノソラちゃんのママ、元気にしてるかなぁ……〉
「ねぇー……ってもあの人のことだから、そのうち戻ってくるでしょ」
〈ね〉
いわずもがな、ここでのママとは実母ではなくVな配信者定番のあれ、キャラデザやモデル作成をしてくれたクリエイターさんのことね。私のママはゆえあって今は活動休止中だけども、まあ本人もいずれ再開するって言ってたしあんまり心配はしていない。
〈そういえば、あの日はちょうど満月だったねぇ〉
「あー、だっただった」
また一口ちびりとやりながら、窓の近くに寄ってみる。下から覗き込む感じで夜空を見れば、半月を数日過ぎたくらいの月がぼんやりと浮かんでいて。あの日もこうやって外を眺めたりしていたから、思い出の中の満月がすぐに重なって見えた。
イカちゃんも覚えてたんだなぁと思うと、それだけでまた一つうれしくなる。
〈こうしてみると、イデアの月齢は一ヶ月でちょうど一周するから分かりやすいね〉
「たしかに。私的にもありがたい話」
一ヶ月の終わりで完全な新月に、ちょうど真ん中で完全な満月に。現実と違って人間の定めた時間の区分に合わせて満ち欠けしてくれるイデアムーンは、月の触手にもやさしい。
まあ例によって、月の触手ってのがなんなのかはまだ分かってないんですけどねー。
〈……ノソラちゃんって〉
「んぅ?」
私の思考を読んだ……ってわけではないかもだけど。
でも奇しくも、次にイカちゃんが放った言葉は、頭の片隅に浮かんだものと近い形をしていた。
〈ノソラちゃんって、触手なの?〉
字面だけ見るとあり得ない質問だ。
でも私たちのあいだでなら、それも成立する。ときに少しばかり、真面目な問いかけとして。
「あー……ぇあー……」
“月の触手ってなんだよ”って疑問には、まだなーんも答えが出ていない現状だけども。
ルミナは。明 ノソラは。宇野 明里は。
触手の化け物なのかと聞かれれば。
「まぁー……たぶん。そうなんだと思う」
そう答えるくらいは、今の私にもできる。
〈そっかぁ〉
「そうなんです」
そも、私は自分のアバターが触手の化け物であることそれ自体にはさほどの拒否感もない。なんで触手なのかって理屈は分かんないけども、そう、拒否感はない。なんか過剰に怖がられてるのがイヤというか、理解できないだけで。だってその、ほら、イケてるじゃん、銀色触手。
まあたしかに、私にはもしかしたら少しばかり、異生物アバターを操作する才能があるのかもしれないけど……とはいえ、ねぇ? そんなガチビビりするほどかね?
「イカちゃんは、触手な私はいや?」
〈いやじゃない。けど正直、まだちょっとよく分かんないところはある〉
ふむ。
たしかノソラ=ルミナだと知った直後くらいには、戸惑いもある的なことを言っていた気もする。それは今でも、完全に払拭されたわけではない、と。
「でも向こうでルミナといるときも楽しそうだよ?」
〈楽しい!! 最高!!! 幸せ!!!!〉
「じゃあオッケーだ」
〈もっかい頭の中に入ってきて欲しい!!!!!〉
「そぉれはー……目下、調査中ということで」
開示状態および深部思考領域コミュはまだ、任意で発動できるものじゃないからねぇ……いや私だってそのぉー、またもう一度と言わずやってみたいですけれども……耳から出るのも楽しいんだけどね、やっぱほら……入っていってふかぁくお喋りするのはまた違いますからね……
〈たのしみ!!!!!〉
私の思考が逸れていくのと同じように、イカちゃんの語尾のびっくりマークもすっかり復活し、真面目なトーンはすぐさま流れ去っていく。
……「触手なの?」なんて質問が、この前のガーベラの言葉に影響されてのものだってことくらいは、私にも察せられる。魂の姿、本質だか本性だか。それを曝け出すということ。
『INTO:deep anima』という世界は、ただのゲームというにはどうにも異質なものを秘めている。のめり込んでいる人ほどそれを感じつつあり、だけども恐れは抱いていない。たぶん。きっと。めいびぃ。少なくとも私や甘愛、そしてイカちゃんはそうだ。それほどまでにあの世界は、真に迫っている。
だからこそイカちゃんは、イデアに在る私の本質が異形のそれであることに、彼女が私に見出してくれた“神様”や“太陽”といったイメージとのすり合わせに、まだ少しばかり戸惑っているんだろう。
ま、そのわりには私の触手に「おてて……♡」とか言ってた気がするけどな!
「ほいだらば今後もノソラと同じくらい、イケてる触手なルミナをよろしくお願いしますよっと」
〈こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします!!!!!!!〉
嫁入りかて。
〈……なんて、実際〉
「実際?」
〈月にしろ太陽にしろ変わりない。あたしを導いてくれた明かり!〉
「っ、……そ、っかぁ」
〈そう!!!!!!〉
…………ヤバぁ。
名前呼ばれたかと思って一瞬ドキっとしちゃった。
イカちゃん、魂の姿からして情熱的なお姉さんだからね……実年齢は下だけど……
「じゃ、じゃあ今日はアレね、月も太陽もね、二人でまた夜明けを見る会ということでね」
〈ばっちこい!!!!!!!〉
はたして宣言通り、私たちは朝までゆる~く飲み明かし。
きっちり明けの空を見てから、またねって言って爆睡した。




