腕と触手と霊嬢と
投稿が遅れてしまい申し訳ありません……!!
[戴冠者:『封印巨骸』ヴェグレラの左腕 汚濁侵蝕体 侵度Ⅴ]
四階建ての城に匹敵する高さの、直立する巨大前腕。
かつて戦った侵度Ⅴの戴冠者カンムリヘラジカと同じく、全身が『汚濁』の泥モヤと同化し、表面がどす黒く波打っている。大気中にすら『汚濁』を撒き散らし、周囲の空間そのものが黒濁りしているのも同じく。手首には、冠を模した優美なバングルが巻かれていた。
……まあ、この[ヴェグレラの左腕]とかいうボスエネミーの外見については、正直予想がついていた。それはべつに私に限らず。
だって、南の大陸の勇者さんたちが封印城地下で討伐したのが、[ヴェグレラの右腕]だったから。
そのうえであちらと同じく城内の雑魚敵として指こと[剥離残滓]が、あちらと違って左手側のやつらがわらわら湧いてくるとなれば、そりゃあだれだって“こっちのボスは左腕かぁ……”と察せようもの。
いや、まさかそいつが、地下どころか城ごとぶち破って外に出てくるとは思いもしてなかったけど。
「──ルミナちゃん、戦る? 戦っちゃう?」
プロミナさんは、まさかの出現に驚きつつも戦闘には乗り気の様子。
再三言ってるけど私としてはここのボスと戦うつもりはべつになくて、甘愛ことガーベラと合流できればそれで良かったんだけども。
……ぇあー、そのぉー…………いちおう、いちおうね、私がこいつを呼び覚ましちゃったと言えなくもないシチュエーションな気もしちゃったりして? なによりそれを証明するかのように、[ヴェグレラの左腕]からの敵意といいますか、ターゲッティング的なものがこちらに向いていることをひしひしと感じるといいますか?
デカすぎるその手のひらの中心、孔にも目にも見える『汚濁』の球体が、こちらを見ているのだと否応にも理解させられる。『ノクト』のヘラジカにもあったその『汚濁』の球が、私を睨めつけているのだと。
てかこれ、ガーベラどうなったんだ? まさか城ごと爆散……とかじゃないよね? “亡霊”だし、物理ダメージ無効くらいはあると思っていいんだよね?
そう考えて崩れた城に意識を向け──ようとしたところで、ついに左腕が動き出した。
「っ!」
ビターンッ!! とバカ正直にこちらを叩き潰そうと倒れ込んでくる。私とプロミナさんは左右に飛び退き、プ鱗隊長はぁー……たぶん後ろに引いたでしょ、うん。
「『陽焔反応ァ──陽光焔刃』ッ!」
腕を挟んだ向こう側からプロミナさんの叫びが聞こえてくる。
敵さんも大きさのわりに愚鈍というわけでもなく、素早く身を起こして再びこちらを睨めつけてきた。ので、あらかじめ小指に触手を引っかけておきましたらば、こいつの動きに合わせて私も自動で飛び上がれるって寸法よ。
「──、──」
見たところ口はなさそうだけど、ヘラジカと同じく高濃度の『汚濁』の意思というものは感じ取れる。絡みつく私を鬱陶しがってか、ぶんぶんと左右に揺れてこちらを振り払おうとしてきた。水風船よろしく振り回されるのはごめんなので、直前に身体を引っ張り上に逃れると同時に触手を離す。
ふわりと体が宙に浮き、この腕の化け物よりもさらに高い場所へ。今この場で誰よりも高い位置から、改めて崩れた封印城を見下ろす。甘愛の、ガーベラの姿は──
──ああ良かった。いた。
瓦礫の山の、わりと端のほう。ベッドの残骸らしきものの上に、ふよふよと佇む黒い霞。夜闇にも、そして左腕の撒き散らす『汚濁』にも決して紛れることなく、あの美しい黒は間違いなくそこに存在していた。
あちらも宙に浮く私の姿に気付いてはいるのだと思う。ただ、彼女のほうから近寄ってきたり、その場から大きく動いたりする様子がない。ということはまだ、残骸であっても封印城からは出られない、ということなのだろうか。
ボスが現れ建物が破壊されるくらいには、城そのものの秘は暴かれている。それでもまだ完全に自由にはなれないというのなら、それはもうガーベラ本人に理由があると考えたほうがいい気がする。
本人は地縛霊っぽい? とか言ってたからなぁ。ま、こんな状況ですら「あらまぁ〜♡」とか余裕綽々な笑みを浮かべる顔は、想像に難くないけど。
少なくとも探すというフェーズは省略できたし、そうしたらやることは一つ。
もう一度、ガーベラに『暴く月導』を使うだけ。
ガーベラのアバターには“注視されない”という性質がある。だから見るのではなく、月明かりで照らして暴く。つまり昨日の再演であり、そして今しがた封印城そのものに対してしたことの再現でもある。城の秘が暴けるほどなんだから、ガーベラ一人の素性くらい明らかにできる……はずだ。こんなまさかの状況を引き起こしてしまったことで、逆に『暴く月導』の力は思い知った。
彼女の素性を暴き、ここから解放する手立てを探る。
行動指針が改めて定まり、そのころには私の身体も自由落下を開始。
「──、──」
当然、直下にいた[ヴェグレラの左腕]は、こちらを握りつぶそうとしてくる。
「──やらせるかァ!!」
当然当然、プロミナさんがそんなこと許すはずもない。
なぜなら彼女は私のことが大好きだから。
「オラァッッ!!」
相変わらずガラの悪い叫びとともに、背と足から爆炎を吹かした天使が飛んできた。夜闇に奔る焔線はやはり美しく、なんなら太陽というより彗星めいてすらいる。
そんな私の天使様が、触れる寸前だった左腕中指の先を切りつけつつ、私を抱えてそのまま離脱。追いすがる巨影を避けるように旋回して庭園に着陸。ダメージ自体はほぼ与えられなかったけど、しかし見事な飛行技術だ。
てか、お、お姫様抱っこ……さすがにちょっとときめいちゃう──
「っしゃァッ合法的にルミナちゃんを抱いたわッッ!!」
──そんな誤解を招きかねないこと大声で叫ばないのっ!
「あうっ♡」
ほっぺを軽くぺちっとやっても、プロミナさんはますます嬉しそうにするだけだった。
いやアホやってる場合じゃないんでね、プロミナさんの腕からにゅるっと抜け出して、自分の触手でしっかり立つ。
最初と同じような構図に戻って、私たちと左腕とで少しの睨み合い。
……そうこいつが。
ガーベラを暴くにあたって、どうしたって[ヴェグレラの左腕]が邪魔だ。
襲ってくるからという意味でもそうだし。なにより、こいつの撒き散らす『汚濁』のせいで月明かりが遮られているのだ。だからさっき見つけた瞬間にも、ガーベラを暴くことができなかった。
ヘラジカのときも同じだった。侵度Ⅴレベルになると体の周囲に『汚濁』の泥モヤが滞留していて、至近距離では月光の恩恵を受けづらくなる。この左腕野郎はヘラジカなんてゆうに超える巨大さで、纏う『汚濁』の影響範囲も大きい。そのうえで、私をバチコリ執拗に狙ってくる、と。
そんな状況でガーベラ共々月明かりを受けて、素性を暴いて、地縛を解いて──なんてやってる余裕があるのかと問われれば……まあ、そこになければないですね。
となるとやっぱ、倒すしかないかぁ。もとより私が呼び起こしてしまったわけだし。
しかし今の私は顕界度Ⅰ。プロミナさんもいるとはいえ、図体でいえばヘラジカをも凌駕する侵度Ⅴ戴冠者とどこまでやり合えるものか……
「──もしも手が欲しいのなら、微力ながら助力させてもらう…………いや、違うか」
……そうだ、そうだった。
「そちらが見つけ出したボス、そちらの獲物だ。もしも寛大な心で許してくれるのなら、我々もそのお溢れに預かりたいのだが」
後ろから聞こえてきた声に、すぐさまマルのポーズで返す。
「感謝する。この戦闘、どうやら人数制限はないようだが……どれぐらい手を出しても良い?」
え、もういっぱい! だって私、そもそもこいつと戦うつもりなかったもん!
って気持ちで、触手をありったけわさわさ揺らす。「うぉっ……」とか言うな。
「ありったけ。戦えるやつ全員……よね、ルミナちゃん?」
私の意図を汲み取ってくれたプロミナさんが代わりに告げれば、再び後ろに立った人、プ鱗隊長は大きく声を張り上げた。
「──だ、そうだ! 『月の触手』の温情だっ、名を上げたいやつは全員来いっ!!!」
そうだ、そうだ、そうだった。
そもそも私の後ろには、こいつを倒しに来たプレイヤーたちがわんさかいるんだった。




