番外編3.嘘の魔法と不良騎士
「――こうして二人は幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
暖炉の火がパチリとはじけ、くべた薪が火の粉を上げる。
ある年の冬。
あたしは子供達にせがまれて、王都で人気のある物語を読み聞かせていた。
この物語は、王様の命令で旅をする事になった騎士とお姫様が様々な困難を乗り越え、結ばれる恋物語である。
王道の中の王道。
身分差という障害を乗り越える恋愛は、皆の憧れるものだろう。
しかし、この物語を王道と胸を張って言えない理由がひとつ。
お姫様といえば可憐でお淑やかで。
騎士といえば礼儀正しく、他の模範であるべき存在――――
そう描かれている場合が多い童話の中で、この二人は異質だった。
お姫様は意地っ張りの上、頑固で。
騎士は口が悪く、怒りっぽい。
二人はすぐ口論になり、プイと顔を反対側に向ける。
そんな姿の挿絵を見た子供たちは、「きしさまとおひめさま、けんか『めっ!』」と、二人を叱りつけるのがお約束らしい。
ページをめくるとシーンは変わるのに、何故かお互いの顔はそっぽを向いたまま。
本当にいつも喧嘩ばかりで、思わず苦笑してしまう。
何故、こんな二人が主役だったかって?
理由は簡単。
この物語には原本が別に存在し、それは年頃の乙女たちが好む恋愛ファンタジーだったからだ。
そのタイトルは『嘘の魔法と不良騎士』。
こちらの内容は、思ったままを正直に口にする誰かさんが、事細やかに話してくれたお陰で、本人達が驚くぐらい忠実に再現されている。
起こった事。思った事。そして、知りえなかったお互いの気持ち。
これを見た時、彼女にはもう二度と嘘の魔法は必要ないのだと、心の底から理解できた。
もちろん、疑っていた訳じゃない。
でも臆病な彼女は、心のどこかで予防線のように、その魔法を隠し持っていたのだと気付かされる事となる。
「ねーママ!! お話続けてよ!!」
「もう、寝る時間よ? エディ」
「ええー!? やだやだ!! もっと!!」
「こら、エディルト。母様を困らせちゃだめじゃない」
「レイン姉さんだって聞きたいくせに!」
「もちろん。だから、続きはエディが寝てから」
「ますます寝られない!!」
長男のエディルトはこれでいて、頑固で。
長女のレインは正直すぎて、隠し事が出来ない。
一体誰に似たんだか。
「――ただいま」
低い声と共に、廊下から冷えた空気が室内へと入り込む。
フードを取り、髪をかき上げた声の主は、こちらを見て微笑んだ。
外が吹雪いていたのか彼の顔は少し赤くなっており、マントは雪に濡れ、色が濃くなっている。
「パパお帰りなさい!」
「父様お帰りなさい!」
「ああ。ただいま、エディルト、レイン」
昔と比べれすっかり落ち着いた彼は、マントを椅子に掛けた。
自分に似たミッドナイトブルーの髪を持つ娘と、蜂蜜色の髪を持つ息子を両腕に抱きしめ、優しく、幸せそうに目を細める。
こんな姿を見て、かつて彼が『不良騎士』と呼ばれていたなんて、誰が想像できるだろうか。
次期国王の護衛騎士である彼は、多忙だった。
護衛の仕事はもちろん、王国内で起こる事件や騒動を解決、又は未然に防ぐ為、王国内を走り回っている。その為、剣を抜く事もあり、彼の強さを王国内で知らない者はいない。
彼を頼る者は多い。
友人が多い彼はその全てを守るべく、日々の鍛練を欠かさない。
力だけがすべてではない事を知っている彼は、足りないものを補う方法も知っている。
彼は物欲や出世欲は無いくせに、自分の望むものに対しては貪欲だった。
皆に頼られる騎士を目指していた彼は、それを望まれるだけの力と立場を手に入れ。
傍に居て欲しいと望んだ相手には、まっすぐにその好意を伝えてくる。
正直すぎて、魔法に頼っていた自分がバカらしくなってくる。
自分も彼の様に馬鹿正直に想いを伝えていれば。そう思う事も何度もあった。
ただ、それをすぐに選べなかったあたしも、最後の最後で自分の望みを口にし。想いを遂げる事が出来た。望む未来は、望まぬ限りやってはこないのだと、本当の意味で知った。
「さあ、二人共。もう遅いから、寝るんだぞ」
「ええ!? 折角パパが帰って来たのに!?」
「パパが帰って来る時間は、お化けが出てくる時間だぞ?」
「大丈夫!! パパが守ってくれるから!!」
無邪気にエディルトにまとわりつかれ、苦笑する彼。「たしかにそうだよな……」なんて、呟いたら説得力ないじゃない。
「ほら。二人共。もうママもう休むから、寝ましょう?」
「じゃあ、僕も一緒に……!」
「だめだエディ。夜のママはパパにくれる約束だろ?」
「えー!! ずるいよパパ!」
「ずるくない。俺は夜しか会えないんだから」
「えーやだやだ!!」という、エディルトに「お前はホントに頑固だなあ。……でも、絶対ダメ」と、譲らない彼。
自分の息子と張り合うなんて。やっぱり彼は、まだまだ子供なのかもしれない。
「ねえ、父様。聞きたい事あるんだけど」
「ん? なんだ」
「この本の二人って……」
父様と母様?
そう言ったレインは、今しがたまで読んでいた本をスッと彼に差し出す。
あたしは慌てた。
「な、何言っているのよレイン! そんなわけ……」
「ああ。そうだ。俺とエレの話だ」
「ちょ!! ディーン!! なんて事!!」
「別に隠す事でもないだろう。まあ、こっちの童話は少し内容が違うけど」
「そそそ、そんなっ!!」
「レイン、昔の母様はホント意地っ張りで……」
「ちょっと!! 止めてよディーン!!」
飛びつく様にディーンの口を塞ごうとすると、彼は笑いながらステップを踏み、かわしてゆく。
簡単に捕まえられる相手じゃないけど、このままにしておくわけにはいかない!
あたしは夢中で彼に飛びかかる。
手を伸ばしながら、右へ、左へ。
それでも捕まえられない彼に、もっと夢中で飛びかかる。
すると、まとわりついた寝巻の裾で転びそうになり――……あっと声を上げる間もなく、すぐに抱きしめられてしまう。
「危ないじゃないか、エレ」
「だって、ディーンが!!」
「ねえねえ!! 父様!! やっぱり父様は……!!」
目を輝かせたレインは物語の続きは無いかと必死に聞いてくる。
続きって。今も続いているんですけど。
なんて、自分から口を挟む気にはなれない。
だけど、ディーンは少し違った様で。
意味ありげな視線をあたしへ送り、腕に力を籠めた。
「俺はその頃のエレも、二人の母様になったエレも、変わらず愛している」
それが、続きだろ?
ニッと笑いながらそう宣言し、頬に唇を寄せてきた。
「~~~~っ!!!」
「なあ、エレ? お前はどうなんだ? 最近聞いていない気がするが」
「な、なっ!! そ、そんな事、こ、子供達の前で……!!」
「言わない理由を子供のせいにするのはいただけないな」
「だ、だって」
「『だって』じゃないだろ? 恥ずかしくて口に出来ないのはエレ自身の問題じゃないか」
うっ。と、口ごもるあたしを、愉快そうに見つめるディーン。
そう。ディーンは大人になった。
昔なら口げんかでは負けなかったのに、今はもう。
「わかった、わかったから!! あたしの負けよっ!!」
「勝負していた訳じゃないぞ? 俺は聞いているだけだからな?」
「~~~~っ!!」
「ほら、お前達。もう寝なさい。父様に母様を独占させて」
ニコリと笑うディーンが無言の圧力を放っており。
それをきちんと察した我が子たちは、「「はーい」」と、声をそろえて部屋を後にする。
え。ちょっと待って。
これって、ピンチなんじゃあ。
「――さあ。エレ。これで恥ずかしがる理由はなくなったぞ」
だから、聞かせてくれるよな?
そう言って微笑む彼は……
「……ディーンって、絶対いい性格してる」
「……まあ、見本がいるからなあ」
昔なら、『良い性格? 俺の性格は褒められる事が少ないぞ』なんて、言いそうなのに。
今の彼は、微笑みながらあたしの髪を梳く。
その仕草はディーンがずっとしてみたかった事の一つらしくて。
暇さえあれば手から零れる髪を見つめながら、指に絡めてみたり、持ち上げてみたり。隙あらば嬉しそうに口づけをしてくるので、あたしはいつも目のやり場に困ってしまう。
「なあ、エレ」
「……ん?」
「聞かせてくれよ」
髪に口づけを落としながら、こちらを見る。
熱っぽい瞳が真っ直ぐにあたしを捉え、決して離さない。
ディーンは望むものに対して貪欲だ。
だからちゃんと伝えないと、伝えるまでずっと求められてしまうだろう。
強く求められる事も、優しく大切に扱ってくれる事も。両方とも幸せ。
(ねえ。ディーン)
貴方にはこの幸せ、しっかり伝わっている?
一緒にいるだけでドキドキして。
微笑んでくれたら心が温かくなって。
抱きしめてくれたら――……空をも飛べるぐらい舞い上がってしまう。
そんな事、意地っ張りで頑固なあたしは、なかなか言い出せないけど。
でも今は。
嘘の魔法を手放しているあたしは、今日もちょっぴり勇気を出して、この想いを告げる。
「ディーン。あたしもずっと――……」
【番外編3.嘘の魔法と不良騎士 おしまい】
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)
『嘘の魔法と不良騎士』は、本日のお話で番外編も完結とさせていただきます。
最後までお読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)
12/25 追記
クリスマス小話を『恋人(未満)のクリスマス 《短編集》』に投稿しました!
時系列は本編開始前です。お暇がありましたらよろしくお願い致します(*^_^*)




