番外編2.共に歩む道 9
皆と過ごす晩餐は、初日を思い出させた。
帰ったハズのダニロも、最終日までもう会えないと思っていた、ベルフリートやリーゼロッテも合流。今日初めて会った、今後自分達に仕えてくれる城の人達も交え、終始無礼講で行われた。
「新領主様達にかんぱーい!!」
「ディーン! 酒持って来たぞ!」
「ダニロ! また寝ちゃわないでよ~」
「分かってる分かってるって!!」
「あれはもう酔ってるな」
「エレイン! こっちに美味しい果物があるよ」
「ありがとう!!」
領主も世話役も使用人も関係なく。
皆が笑って、ご飯を食べて、お酒を飲んで。
この日常を守って行くのがあたし達の仕事。
そんな使命感に燃えながらも、心は軽く、それでいて芯は硬い。
それは皆の笑顔があるからだと、肩の荷は重いのに皆が少しずつ手伝ってくれるからだと。
重なる想いはこんなにも幸せで、力を与えてくれる。
あたしは込み上げる幸せで笑顔だった。
「エレ、疲れたら言うんだぞ」
「うん、ありがとう」
「無理、するなよ?」
「ええ」
「皆あれでいて、酒豪揃いだ。一緒になって飲むと、潰れるぞ」
大丈夫よ。
と、続けようとして、気付く。
「……ディーンって、結構過保護よね」
そう言ってディーンを見れば、彼は口元を押さえてそっぽを向く。
「……心配して悪いのかよ」
「いや、新鮮だなって」
「『新鮮』って……俺、何だと思われてんだ?」
本当は優しいって知っているよ。
気は利かなかったけど、面倒見はよくって、いっつも矢面に立っていた事も。
喧嘩したって根に持たないし、誰に対しても全力でぶつかるって知っているよ。
まあ、女の子には加減した方がいいって思うけど?
「……さあ、自分で考えて?」
「そーゆーの、俺が苦手だって知ってるだろ?」
「考えもしないで、答えだけを求めるのはいけないと思うわ」
「言っている事は分かるが。ヒントがあっても良いと思う」
「甘いわね」
「なっ……! クソ!! お前はいつもそうだ!」
「そうねー、いつもそうね」
「分かってるなら、ちょっとは譲歩しろ!!」
うん。
そうだね。
でもね。
あたしはニッコリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「譲歩を引き出したいなら、対価を用意しないと」
「はぁ!? ったく、一体何が欲しいんだよ!!」
欲しいのは、貴方の気持ち。
あたしの想いを知った、ディーンの気持ち。
重ならない想いは切なく、時に心を傷つけるけど。
だから、こそ。
――本当に、望む。
あたしの心を受け取ったディーンの心が欲しい。
絶対に欲しいから、手を伸ばすと決めた。
腕組みをし、こちらを見る彼に「……それもディーンが考える事じゃない?」と、笑みを浮かべたまま言葉を返す。
「何だよそれ。俺は一体どこまで考えればいいんだ」
「さあ? それも考えて?」
「っ!! おーまーえーはっ!!」
眉間にしわを寄せ、目を吊り上げるディーン。
最近見る事の減った怒り顔に、あたしはツンとすました顔をする。
「もう、勝手にしろ!」
吐き捨てるように言い放ち、ディーンはあたしの傍から離れてゆく。
以前はこんなふ風に離れられたら、自分がした事でも傷ついて、辛かったけれど。
「……エレ、何かあったらすぐ声をかけろよ」
今はもう、辛くなかった。
宴会は続く。
終わりへと傾いたお祭りを名残惜しむように。夜を通して続いて行く。
途中あたしは退席し、自室へと下がる。
あたしとディーンの部屋は隣同士。
それはこれからも続くのだけど。あの日以来、なんだかくすぐったい。
「……ディーン」
「ん? なんだ」
呼べば必ず振り返ってくれる彼に。
「おやすみなさい」
「……ああ。おやすみ、エレ」
視察の旅は――もう終わる。
翌朝。
ラウラが自警団の事で時間が欲しいと言い出した。
「申し訳ない二人共」
そう言って謝る彼女が、あたしにバスケットを手渡した。
「幸いこの周辺には、森を散策できる場所がいくつかある。折角なので、ファンシルを堪能していただきたい」
お膳立てだと、分かりきっていた。
◇◆◇◆◇◆
手渡されたバスケットを抱え、ゆっくりと馬を歩かせる。
昨日通り抜けた黄土色の道から脇へと逸れ、道は細くなった。
あたしの身体を支えるのは彼の腕だけ。
両手が塞がっているあたしは、横を向いたままディーンの胸元に倒れ込んでいた。
「視察ももう終わりだな」
「そうね。あっという間だったわね」
ラウラにいくつかのポイントを教えてもらい、選んだのは、湖の畔が見える場所だった。
春に芽吹いた下草が絨毯の様に広がり、木々は丁度良い木陰を作っている。
道の脇には風に揺れる花々があたし達を出迎えてくれ、
『赤、白、黄色』
春に口ずさむ歌のように、どの花もきれいだった。
花が頭を垂れるように下を向くと、湖の表面へ波紋が広がる。
揺らめきは距離を伸ばしてゆく程に大きくなり、やがて消えてゆく。静けさを取り戻した湖面は巨大な鏡へと変わり、その全てに森を映し込んでいる。
童話のモデルにもなったと言われている美しい湖は、『心をも映す』と、ラウラが言っていた。
想いを伝えるにはこの場所しかない。
直感的に、そう感じた。
穏やかに時間が流れてゆく。
小鳥の声も。木のざわめきも。長く当たれば身を焦がす初夏の日差しも。
緑に囲まれた空間が全てを柔らかく変え、あたし達を撫でてゆく。
会話はいつもより少なめだった。
あたしが緊張しているから。軽口を言い合えない。
伝えるのは、いつ? どのタイミングで?
言葉はシンプルに? それとも積年の想いを連ねてみる?
一歩踏み出す勇気は持っている。
絶対に伝えるのだと、心に決めている。
それでも――……素直になるのは、恥ずかしい。
「……そろそろお昼にする?」
「そうだな」
馬から降り、布を敷く。
風で布がめくれない様に、四隅に重石を乗せ、二人足を伸ばして座る。
バスケットの中身はサンドイッチ。
キュウリやトマト、レタスのたっぷり入った野菜サンドや、厚切りのローストビーフの覗くお肉のサンド。シンプルにタマゴのみの物や、スモークサーモンなど魚介の入った物まである。
「なんか、視察中だって忘れちまうな」
「うん」
不謹慎ながら、完全にデートだって思っている。
ディーンは?
「天気も良いし、木陰は涼しいし。景色は穏やかで、街の喧騒を忘れる」
サンドイッチを頬張りながら、彼はさらりと言った。
「こういうの、悪くないな」
穏やかに微笑む表情を見て、恥ずかしくなって顔をそむける。
くすぐったい。でも、悪くない。
「また、こういう風に来てみたいな」
嬉しい。
あたしも、そう思っている。
幸せだ。
同じ景色を眺めて穏やかな気持ちになり。
言葉を交わして、想いが重なる幸せをかみしめる。
一つ一つの幸せが心の中に募ってゆき、溢れだす程に満たされて。
今なら言えるのではないかと。
素直に、あたしの想いを伝えられるのではないかと。
そう気持ちが高鳴る。
「……この結婚、政略結婚じゃないからね」
唐突に言い放った言葉に、ディーンが「え?」と、聞き返して来た。
恥ずかしさで、頭が真っ白になる。
「ほ、ほら……あたし達、幼馴染みみたいなもんだし、喧嘩出来るほど気安いというか」
「あ、ああ……?」
「だから、その。えっと……」
「…………?」
「だから!! これはディーンだけが望んだ事じゃないんだからね!!」
言い切って、頭を垂れた。
……ちがうでしょ、あたし。
もっと、こう。可愛らしく、さぁ……?
「だから……ね。ディーンが無理にノーティス行きを止めさせたとか。違うから……」
言えば言う程、『蛇足』。という文字が頭に浮かぶ。
こんな切れ切れにしゃべっておいて、口達者だなんて。酷い自惚れだ。
ディーンは何も言わない。
不安になる。あたし、ヘンな事言った?
胸が押しつぶされそうになりながら、チラリと視線を向ける。
目に映ったのはディーンの微笑む姿だった。
「ありがとう、エレ」
ぽわんと心が温かくなる。
こんな拙い伝え方でも、ちゃんと分かってくれた。
想い合っているって、あたしだけが知っていた。
喜んでもらえるって、分かっていた。
張りつめていた緊張が解け、ホッとして顔を上げる。
あたし達にはもう行き違いはない。二人共、同じ方向を見ている。
安心して、心が緩んだ。
その、隙に。
「――ただ、無理する事は無いんだ」
何を言われたか、分からなかった。
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




