番外編2.共に歩む道 8
お待たせいたしました!
案内役はリーゼロッテからダニロへ。
予想に反して目に見えたお膳立てをしてこなかった世話役に、あたしは拍子抜けしてしまう。
視察は順調に進んだ。
ダニロの豪快な性格は変わらずで。行く先々で声をかけまくり、談笑を始めるのはもう見慣れ。終いには「ちょっと飲むかー!」と、あたし達をも巻き込み、酒盛りを始める日々。
「ディーン! そっちのつまみ取ってくれー」
「ああ。ほらよ」
「ダニロさん! 領主様を使うなんて、いけないですよ!!」
「ガハハハ! いーんだよ! ディーンだよ! なんってな!」
「全っ然意味分かんないっす」
ほろ酔い……を、いつの間にか通り越し、泥酔したダニロはその場で寝てしまう事もあった。
そんな世話役の周りにいる人達は、「やれやれ」と言いながら部屋の隅へと彼を運び、ブランケットの代わりに、大きめのタオルをお腹へと掛けていた。
「全くダニロさんは……」
「この人は俺達がいないと、ぜってー腹壊してるよな」
「そうそう。冬でも腹出して寝てるし」
何処へ行っても同じだった。
皆、口をそろえたように、「俺達がいないと」と、そう言いながら笑う。
呆れたように。それでいて、愛しむように。
世話役という立場でありながらも、ダニロと皆の距離はとても近いのだと分かる。
「領主様。今日はこんなざまですが、ダニロさんはすっごく頼りになります。だから、悪く思わないでくださいね」
「酒癖悪いですけど。良い人なんです」
「たまに地雷踏みますけどね」
思わず苦笑した。
思えば、ダニロが慣れ染め話を聞いたから、この問題に気がついた。
自分の想いが届いていない現実。
気付かなければ、間違いなくこのままディーンと結婚していた。
あたし自身は想いが通じて結ばれたと思い、彼は自分が望んだからだと。政略結婚だと。そう思い込んだままで。
そんな寂しい話、ない。
「――じゃあ、ダニロの世話は任せていいか?」
「もちろん! いつもの事ですから」
「よろしく頼む」
「はい。お任せを!」
あたし達は今夜もダニロを残して、宿屋へと引き上げた。
翌朝。
思いのほか早く目が覚めて、一人で散歩する事にした。
ファンシルの宿屋には必ず庭がある。
それは花壇だったり、ちょっとした菜園だったり。
緑を愛するが故に皆、土いじりが大好きで、絶えず何かを育てているからだとか。
個人的にそれはとても好ましく、自分もマネしようと思っている。
少し歩くと、元気よく空へと伸びる花を見つけた。
「わあ……すごい、この時期でここまで大きく育っているなんて」
土や気候がいいのだろう。
王都ではこのサイズは見た事がない。
「……あれ? これはキュルルの芽?」
キュルルはアスタシア南部にしか生えてないない薬草だ。
理由は土か、気候か、はたまたその両方か。
過去に育ててみた経験があるが上手く行った試しはなく、栽培を諦めていたものの一つだった。
「そっかあ……ファンシルだと、鉢植えでも上手く芽を出すのね」
地植えじゃなくても上手くいくなら、とても助かる。
「あっ……こっちにも、花壇が……」
「エレイン嬢」
突然名を呼ばれ、ビックリして顔を上げる。
そこには片手を上げたダニロが居て。彼はこちらを見てニカッと笑った。
「おはよう。朝から熱心だな」
「おはようございます。早く目が覚めちゃって」
集中していた事を誤魔化す様に笑うと、ダニロもつられたように笑ってくれる。
「体調はどうですか……って、聞くまでもないのかしら?」
「全く問題ない」
『酔いの楽しみは宵までってな! ガハハ』と、ダニロは笑う。
豪快な彼の笑いは、迷いを吹き飛ばすように爽快だった。
他愛のない会話をしつつ、花壇を見て回る。
花が咲き誇っている場所や、新芽が出始めている場所。後は菜園。やっぱり一番興味があるのは薬草たちで、ダニロに育て方を聞いたりもした。
そうしてしばらく経った頃、ダニロが急に立ち止まった。
「エレイン嬢、……悪かったな」
「え?」
「あの日は余計な事を言った。話、こじれただろ?」
似合わず神妙な顔つきで謝罪してくるので、思わず笑ってしまった。
「そんな事、気にしてくれてたんですか?」
「そりゃあ、気にするさ。折角来てくれる二人の仲をこじらせちまったんだからさ」
「……こじらせたんじゃなくて。元々、誤解があったんです」
「俺のせいで誤解させたんじゃあ?」と、心配するダニロに、「いえ。これは明らかにあたしが原因なんです」と、言い切る。
「ディーンに甘えて、行動しない理由を見つけて、逃げて。……あのままじゃ、手に入れたものが本当に望んでいたものだと、胸を張って言えなかったんです」
与えられるだけ、与えてもらって。
想い合う事を望んでいるのに、あたしから想いを伝えていないままで。
本当に望んでいるものと、違うものを受け取りそうになっていたあたしを、寸前のところで気がつかせてくれた。
「だから、逆に感謝しているんです。ディーンの気持ちを知るきっかけをもらえたって」
ダニロが愉快そうに口角を上げる。
「『こじれたのはアンタのせいよ』って、詰る事も出来るのに、エレイン嬢はそう言わねえんだな」
「自分の選んだ行動を人のせいにするのは止めたんです」
「さらっと、すげえ事言ってのけるなあ」と、ダニロは言う。
「自身の欠点を認めた上で、自分の望む道を真っすぐに選び取ろうとするディーンと、自分が掴んだ過去も未来も丸ごと自分自身の選択だと言い切れるエレイン嬢。これはもう、最高の番というしかないだろう」
「まだ仮って気がするけど……」
「だが、もう未来は見えているんだろ?」
あたしはニコリと笑い「望む、未来は」と、伝える。
「じゃあ、決まってるじゃねえか」
「――そうかも」
手に入るまで、望み続けるから。
さすがにそこまでは恥ずかしくて言えなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
ダニロと別れ、ラウラと再会する。
目印がなければ、すれ違ってしまいそうな人ごみの中、彼女はちゃんとあたし達を見つけてくれた。
笑顔で近づいてくるラウラにディーンは片手を上げ、ゆっくりと馬を歩かせる。彼女は笑みを深め、馬から降りる。
「――久しぶり。というべきかな」
「ラウラ。よろしく頼む」
「ええ。お任せを」
ラウラがまるで騎士の様な礼を取り、腰まで伸びた黒髪は揺れる。
今日は頭のてっぺんでひとまとめにしているので、それは馬の尻尾のように見えた。
東部地方最南端の街は、今までと違った。
立ち並ぶ屋根続きの露店に、ファンシル全土で採れた品々が山のように並ぶ。
大声を上げ、品を売り込む者。
額を突き合わせ、商談を行う者。
熱心に品について説明する者。
商人と思しき人達は吟味を重ね、それらを大量に購入してゆく。
一方では露店に並ぶ事無く荷台に積まれ、街を出る馬車もある。
ここはファンシルの流通拠点であり、最大の市場でもある。
買いつけられた品々の多くは交易都市ルーブンに運ばれ、そこでまた他方の人々に買われて行く。
「市の視察は後日行いますので、今日はこのまま通過します」
「そうなのか。ちょっと残念だな」
きょろきょろと珍しそうに辺りを眺めるディーンに、ラウラは目を細める。
「市の盛り上がりは、基本朝。昼間は大人しいものです」
「は? これでか?」
あたし達は顔を見合わせる。
ディーンはファンシルの市場を見た事がなかったし、あたしは昼間の景色しか知らなかったからだ。
「結構激しいやり取りが飛び交うから、慣れていない人はビックリすると思う」
新たな楽しみを胸に、あたし達は街を後にする。
◇◆◇◆◇◇◆
今日のメインは自分達が住む屋敷の確認だった。
一本道をひたすら走る。
左右に立ち並ぶ木々は、初夏の日差しを存分に浴びて色が濃く、深緑という言葉が相応しい。
森を切り開いて作った道からは黄土色の土が覗き、続く晴天で砂煙が舞った。
この先にある屋敷は、広大な森を一部だけ切り取った中にある古城だと聞いている。
元々ファンシルはその豊富な資源から、代々王家に忠誠を誓う者によって管理されていた。
それがあたし達の生まれる少し前に騒動があり、王家へと返還されたとの事。
その細かな経緯は知られてはおらず、未だ謎のまま。
様々な憶測が飛び交う中、ファンシルの管理は第一王子であるアルフレッド殿下によってなされており、この度、殿下の騎士になったディーンに下賜される事となる。
それは次に国王となるアルフレッド殿下が、どれだけ彼に信頼を置いているかの現れで。そういう意味が含まれている事実を知ったディーンは「あいつはなんて事を……」と、言いながら、口角が上がっていたのをあたしは知っている。
不良騎士と呼ばれ、信頼とは対極にいた彼が、本当は頼られる事を望んでいるのだと分かる出来事だった。
昼が過ぎ、夕方になる頃。あたし達は古城へと到着した。
東部唯一の山頂付近にある城は、ファンシルを一望できる場所で。その景色に息を呑む。
緑。
生命力溢れるその色に、見惚れた。
濃く色づいた深い緑を主に、淡く若い黄緑がちらほらと紛れている。少し、離れた丘には花が咲いているのだろう。なだらかな傾斜に合わせ、明るい緑の他に赤やピンク、白色が見える。
森から出ればいくつかの街や村が見え、西方向には空へと向かう山々と、その向こうに近づいて行く太陽が見えた。
「新緑。紅葉。そして、雪景色。この城に住まえば全てが見られます」
「素敵……」
季節を一人占めしている気分になる。
「視界一杯に命を感じるな……」
「気に入っていただいて何よりです」
景色に圧倒されているあたし達に、ラウラは満足そうに微笑む。
「さあ、今日は宴です。存分に楽しみましょう」
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




