29.好き以外見えない
無事、四通目の配達を終え、温かい気持ちで歩いていたあたしは、森を出た瞬間青筋を浮かべる事となった。
「あーいーつー!!」
今しがたまで、縄に括りつけられた紙切れをグシャリと握りつぶす。
その怒りの形相に、「ま、まあ、しかたないだろう……」と、あたしと視線を合わさず、あいつを擁護するディーン。
「仕方ないですって!? 断りもなくあたしのプラムを連れ去っておいて!!」
「は、早くカリーヌに会いたかったんだろ?」
「だったらせめて一言、言ってからにしてくれないと!!」
森の入口に着いた時。
あたしは心臓が止まるかと思った。
入り口の巨木に繋いでいた愛馬の姿が見えず、いるのはディーンのシードだけ。
盗まれた。
そう思った時には、全身の力が抜け、座り込んでいた。
「もう、プラムに会えないのかと思ったんだから……!!」
「まあ、その気持ちも分からなくはないが……」
「なによそれ!? あたしが大げさだとでも言いたいわけ!?」
「違う! そうじゃなくって! バートンの気持ちも分かるって言いたかっただけだ!」
膨れ面をするあたしに、ディーンは「愛する女との子供が出来たんだろ? 今すぐ飛んで帰りたかったんだよ」と、続けた。
彼の表情が柔らかく微笑んでいる様に見えて、あたしはドキリとした。
「そ、そりゃあ、その気持ちは分かるけど……」
「だろうな」
「え。どういう意味??」
「自分も同じだからだろ?」
まるで謎かけみたいなやり取りに首を傾げれば、ディーンは「好き以外見えないってやつ」と答えを言う。
「…………」
「当たってるだろ?」
ディーンの問いかけにあたしは、「うん」とも、「違う」とも、返事ができなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
結局、一頭でアンバーに戻る事になったあたし達はすぐに森を出た。
メジナ村で一泊する手もあったが、それはまた野宿を意味するので、ディーンが却下したからだ。
あたしとしても、二日連続の野宿は御免だったから異論はないけれど、それ以上に相乗りするのが嫌で嫌でたまらなかった。
――だって、昨日お風呂入れなかったのに!
乙女的な事情を察しないディーンは慣れた手つきであたしを馬上へと誘い、何でもない事のようにするりと腕を撒き付けてくる。
ぎゅっと抱きしめられ、必要以上に緊張したあたしはディーンの顔を見上げる事は出来ない。
(う、うっ……臭くありませんように臭くありませんように臭くありませんように……)
しっかりと瞼を閉じ、呪文のように唱えているとシードが勢い良く走り出した。
「きゃあっ!! も、もっとゆっくり!!」
以前と変わらない走りで、またしても相乗りが始まった。
『後は休憩せずに走るぞ』
一度休憩した後、そう言われ、また相乗りが始まる。
前半、臭いとかが気になってすごく疲れたが、休憩中に良いモノを発見し、早速、香水の様な物を作ってみた。
香りはほんのりと甘い、優しい香り。
これなら臭くないハズ。そう思って香りを纏うと、気持ちが少し落ち着いてきた。
相変わらず、ディーンの愛馬は力強く走る。
プラムと違って身体も大きいシードは、常に走り込んでいるようで体力もある。
人一人増えてもなんの変わりも無く、少し前もずっとあたしを乗せてくれていた。
そんな頼りになるシードだが、一つだけ気になっている事があった。
シードは時折乱暴に走る。
ディーン一人で乗っている時はそんな素振りは見せないのに、あたしが一緒に乗ると何故か落ち着かなくなるのだ。
(ひょっとして。ご主人様と相乗りしているから、ヤキモチ焼いているのかしら?)
ディーンがとてもシードを可愛がっている事は知っている。
シードもとても彼に懐いているから、その彼があたしを馬上へと引き上げる事を焼いているのかもしれない。
うれしかった。
例え焼いてくれているのが馬であったとしても、シードにはあたし達が仲良くしているように見えるのだ。
あたしはディーンにしがみつく。
自分自身に落馬しない為だと言い訳しながら、彼が同じように抱きしめてくれる事が嬉しくて、その温かさに縋った。
(懲りないよな……あたしも)
自分の未練がましさに失笑し、でも、最後だからとほんの少しだけディーンの胸元にすり寄った。すると外套の下にある、温かい彼の身体から、トクン、トクンと命の音がして。
それはすごく心地の良い音で、ずっと、ずっと聞いていたくなる様な、そんな愛しい気持ちがあたしの身体中を駆け巡った。
(ねえ……ディーン。あたし、本当はね……)
溢れだそうとする気持ちをグッと抑え込み、唇をかみしめる。
目も閉じる事で、留める力をもっと強くして。そして、心の中で首を振った。
(……この距離は本当に危険だね。かけ直した魔法がもう解けてしまいそう)
自身をも誤魔化すその魔法は強く強く願わないとその効力を失ってしまう。
誰かを頼る事も出来ず、すべてをなかった事にも出来ず。
焦れる想いに蓋をして、あたしはその魔法をかけ続ける。
本当はこんな魔法なんてかけたくない。
そうじゃないと分かっていても、彼があたしと同じ気持ちだったらと願いたかった。
綻びから現実を突き付けられ、何でもない事で傷ついても、それでも願わずにはいられなかった。
彼を追いかけて、捕まえて。
勇気を出して、答えを聞きたい。
出会ったばかりのあたしなら、きっと聞けたんじゃないかなって想像する。
あの頃のあたしは強かった。誰かの反応で自分の行動を変えたりしないし、言いたい事はちゃんと言えた。だからきっと、どんな答えが返って来ても、笑って次の日から元通りだった。
でもね。
もうね。
あたしはギュっと目を閉じる。
(――それを聞く勇気は、あの時使い切ってしまったみたいなの)
あたしは口にする事のない想いを呑み込み、代わりにと彼の心音に聴き入る。
力強い鼓動が、またあたしの決心を鈍らせようとするが、それでもこのひと時を、一瞬たりとも離れようとは思わなかった。
彼はあたしの仕草には気付かず、しっかりと前だけを見て馬を走らせていた。
◇◆◇◆◇◆
翌朝、プラムを迎えに行き、マンセル夫妻とお別れをした後。
最後の一通を届けるべく、街の入口へと来ていた。
「じゃあ、最後の親書を届けるか」
そう言ったディーンに、あたしは最後の宛先を読み始める。
ゆっくりと、慎重に。
声色が、絶対震えない様に。
宛先を聞き入る彼の表情が安堵したように寛ぐ。
「なんだ、アンバーと王都の途中じゃなくて王都自体だったんだな」
ディーンが旅の終わりを喜んでいる。
その事実は悲しいけれど、当たり前なんだと受け入れた。でも。
(ホントはもう少し……一緒に、旅したかったよ?)
そうしたら、あの約束を守れたのに。
あたしはそのまま宛先を読み続ける。そして、それを聞くディーンの顔色が変わった。
「屋敷から近そうって思ったが……まさか」
驚く彼に、あたしは「うん。そうなの」と、少しだけ笑って見せた。
「最後の親書はあたし宛」
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




