28.バートン=マンセル
なんだ。この胡散臭いヤツは。
頭に浮かんだのはそれで。次の瞬間、話しかける奴間違えた。と、思った。
こちらを見据える深い緑の瞳に、白い粉をまんべんなく塗った顔面。
元の色を窺う事すら難しいその顔の上に、色鮮やかな図柄(もはや何の柄かは分からない)が描かれている。細やかなデザイン……と言えば聞こえはいいかもしれないが、俺にはどこぞの絨毯柄にしか見えない。
良く見れば手も同じような柄が入っており、よもや全身絨毯男なのではないかと想像し眩暈がした。
仮にも王子から親書を受け取る奴がこんな胡散臭い訳がない。
そう結論付けた俺はエレインを連れてその場を立ち去る事にした。
「……『胡散臭いヤツ』に、『話しかける奴間違えた』とはずいぶんな御挨拶だね」
「あ。悪いな……つい」
思っただけではなく、言葉にしていたらしい。
だからか。エレインが服の裾を引っ張っていたのは。
『後にしろ』と言った絨毯男は、自身が作業の手を止めてこちらを見据えた。
「まあ、失礼ついでに聞いてあげる。――何の用?」
「いや。あんたじゃなさそうだ」
「へえ、僕が『胡散臭いヤツ』だから?」
「まあ、そうだ」
「ちょ! エメリー様!!」
先程まで後ろに隠れていたエレインが、声を上げ前へと出てくる。
「失礼ばかりでごめんなさい。……あの、よろしければお名前を伺っても?」
念のため。という言葉を隠したであろう事は、俺でも分かった。
「私はエレイン=アーサーズ。こちらは騎士エメリーです」
「ご丁寧にどうも。僕はバートン=マンセル」
「「あ」」
二人の声が重なった。
「……お前がバートン?」
「そうだよ」
「ホントにか?」
「忙しいのにウソをつく理由ある?」
なんでもバートン(?)は地学者らしく、地質を調べたり大地の鼓動を聞いたりその他いろいろ調べているらしい。
「顔の図柄って必要か……?」
……失言だった。
この後バートン(?)は、顔に書かれた図柄について延々と語り始める。
その話の長さは一通目の受取人エルノーを垣間見た。そして同時に、カリーヌから聞いていた情報と同じ発言が出てきた為、この男が本物である可能性が大きくなった。
「失礼ですが、貴方がバートン=マンセル様であるか証明出来るものは?」
「僕は僕である事が証明だよ」
「その僕を知らねえから尋ねてんだよ」
「相変わらず君は失礼だね」
「それは否定しない。――何か公的証明書のようなモノは持ってないか?」
俺達は必ず本人に親書を渡す必要がある。
いくらカリーヌの情報と似ていても、それだけでは証明にならない。
バートン(?)は少し考えた後、「あっ」と声を上げ、テントの中へと入って行った。しばらく中でガサゴソと物を探すような音が聞こえていたが、それが聞こえなくなると入り口の布が動いた。
出てきたバートン(?)の手にはカードのような物が握られている。
「学術研究所のネームプレートだよ」
これなら文句ないでしょ?
そう言って差し出されたカードは姿絵付き。
金色の髪に深い緑の瞳。そして、白い顔には複雑な図柄が――……
「「素顔!?」」
「バカ? そんなわけないじゃん」
「だったら姿絵載せてる意味ねえだろ!」
思わず叫べば、「地学者は皆、大地の精霊に語りかける為、精霊と同じ図柄を描きこむんだ」と、真面目な顔して答えやがった。絨毯顔で。
「大地の精霊って、もっと可愛らしいイメージだったのに……」
「気にするトコそこじゃねえよ」
ネームプレートにはバートン=マンセルと確かに書いてあった。
どうやら本物のバートンであるのは間違いないらしい。
「……で、君達。一体僕に何の用?」
俺はバートンに手紙を渡した。
最初の表情は、なんだってこんなところまで……と、いったような不審顔であったのに、宛名を見た途端、みるみるうちに頬が上気して行ったのが分かる。
「こ、これ……本当に、僕宛なんだよね?」
「お前はバートン=マンセルなんだろ? だったら、間違いない」
俺は宛名を読めない。
だから確認の意味を込めてエレインを見やれば、彼女はコクリと頷く。
それを見たバートンは手紙を両手で抱え胸元に抱きしめると、深く、ゆっくりと空気を吸い込み。どこから出たのか分からない大声を上げた。
「いやっほーっつ!!! 信じられない!! 最高だ!! ねえねえ、わかる? この気持ち! ああっもう! 最高!!」
バートンはくるくると舞う様にステップを踏みながら、気が付けばエレインの手を握っている。
「最高だね! アーサーズ嬢! この喜びを君にも……!」
「へ、……って、きゃっ!!」
声と共にエレインがバートンの腕の中へと閉じ込められそうになり、慌ててその手を引き離した。
隠す様に彼女を後ろへと追いやり、威嚇を込めてバートンを睨む。しかし奴が気にした様子は無い。
「……よほど嬉しい知らせだという事は分かるが……」
「君は内容を知らないの!?」
興奮しきりに声を上げるバートンに「ああ。全く知らない」と、答えれば、話したくってうずうずしているという顔で、今度は俺の手を握ってきた。
「あのね、エメリー殿。これは……」
「あああっ! バ、バートン様! これは親書ですよ!! むやみやたらと口外していいものじゃ……」
「何をおっしゃるアーサーズ嬢。エメリー殿は知っても良いではないか」
「いやいやいや。エメリー様は口軽いから」
「な、なんだと!!」
口が軽いなんて心外だ。
俺がエレインを睨むと、彼女はすぐ視線を逸らす。
「思った事をすぐ口にしてしまうでしょ?」
「それは口が軽いとは言わないだろ! 訂正しろ、エレイン!」
「秘密を守れない時点でそれは同じ事よ」
「アーサーズ嬢は硬いなあ」
「硬いって! 親書を雑に扱う方が軽すぎるのよ!」
「雑になんて扱ってないさ! この喜びを分かち合いたかっただけで……」
「分かち合うのはカリーヌさんとして下さい!」
そう叫んだエレインにバートンは「それは無理さ」と笑う。
は? と、エレインが止まった。
それは俺も同じで、多分俺達は似たような間抜け面でバートンを見ている。
「無理……って、どういう?」
「だって僕はまだ研究途中だからね。すぐにはカリーヌの元へは帰れない」
「でも、その親書……」
「うん。だからカリーヌには一報入れて、準備だけ進めておいてもらおうと思って」
エレインは額を押さえて首を振った。
「カリーヌさんとは三カ月も会ってないんでしょ?」
「うん」
「『うん』って、バートン様……」
呆れた。
エレインの顔にはそう書いてあり、続きの言葉を失っている。
俺も同感ではあったが、エレインよりはダメージが少なかったらしい。
仕方ないので、彼女が失ったであろう言葉を想像し、「……なあ、バートン」と声をかけた。
「研究熱心なのはいいが、妊娠してる嫁さん放置してまでっていうのは、やり過ぎじゃないか?」
バートンの顔色が変わった。
「は? あ、あの、エメリー殿、今、なんて……?」
「ああ? 妊娠してる嫁さんを放置して、調査を続け過ぎだと」
「……え」
俺にはバートンの周りだけ時が止まったように見えた。
バートンはぎこちなく首を動かし、エレインを見る。そして、彼女が頷くのを見た瞬間。
「えええええええっ!! カリーヌが妊娠!?」
「……おい、まさか知らなかったのか?」
「だって、僕が出立する時はお腹ペタンコだったし……ああ、でも……」
「細かい事はいい。知ったからにはやる事があると思うが?」
「もちろんさ!! 今すぐ帰る! そんで彼女を思いっきり抱きしめる!」
「加減しろよ? もう腹が膨れ始めているからな」
「なんだって!?」
こうしちゃいられない!!
そう叫んだバートンは慌しく片づけを始め、すぐに森の入り口へと向かおうとする。その慌てぶりに俺は心配になり「おい! 手紙落とすなよ!」と声かけをした。
するとバートンは風を切るように素早く振り返る。
「もちろんさ!! この手紙は僕もカリーヌも待ち侘びていたもの! これを彼女に見せれば、赤ん坊だって嬉しくてすぐに生まれちゃうかも!!」
いやいや。それはマズイんじゃ……。
そう言葉をかける前に、バートンは驚くほど素早く俺達の前から消え去った。
騒がしかった森に、再び静寂が戻る。
耳を澄まさなくても、野鳥の鳴き声や水のせせらぎが心地よく辺りに響いていた。
「……『嵐が去った』というのは、こういう事を言うんだな」
「同感だわ……」
俺達はお互いの顔を見合わせ、プッと吹き出した。
「……なんか、思っていたやつと全然違ったな」
「ええ。でも、いい意味で違ったわね」
そう言いながらエレインは柔らかく微笑んだ。
喧嘩腰でもなく、嫌味も含まれておらず。
エレインが普通に返事をしてくれた。
たったそれだけ。
たったそれだけだったのに。俺の心の中は何故か満たされた気がした。
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