27.メジナの森
翌朝、本格的にバートンを探す為、森へと足を踏み入れた。
森といえば鬱蒼と生い茂る樹海を思い浮かべていたが、この森は違った。
まず、視界が広い。
森であるにも拘らず視界が狭まった感じがしないのは、基本背の高い木々が多いからだろう。
高く天へと伸びる木々には程良く葉が茂っており、途中から生えているだろう枝は適度に打たれている。
もちろん、赤や黄色の葉を大量に蓄えた木もあったが、それもさして問題にはならず、朝日の差し込む辺り一帯は柔らかな光で包まれていた。全体的に清楚な雰囲気と言って良いだろう。
「綺麗なところね」
「ああ」
思わず声を出したエレインに言葉を返しつつ、足元を踏みしめる。
歩きやすい道だった。
風のせいなのか村人のお陰か、道の真ん中付近に葉はあまり落ちてはおらず、湿り気を帯びた茶色い土が覗いている。
落ち葉は掃き溜められたかのように道の脇や木の根元にまとまっており、かなり量がある様に見えた。辺りには、青々とした草が生えている。
絨毯の様に広がる草だったが、不快な程生い茂っている訳ではなく、高さは靴底の厚みと同じぐらい。そう、数センチ程度。草だけを見れば、春の息吹を感じる景色だった。
「やだ! これ、キュルルじゃない!! あ、こっちには……!!」
エレインが完全に俺の事を忘れ、草に夢中になった。
バートンを探す事が目的であるハズなのに、どうしても草が気になるらしい。
目を輝かせながら草に見入るエレインは、新しい玩具を与えられた子供のよう。
かと思えば、慈しむように草を見つめ、決して摘み取る事をしない姿に、たまらず俺は視線をそらした。
(……って、なんでだよ)
なんで、俺が顔を逸らさなきゃならないんだ。
意味が分からない理不尽さに贖うため、俺はもう一度エレインへと視線を戻す。
相変わらずエレインはこちらの事などまるで気にしてはおらず、草を愛でている。
細く長い葉を見ては、うっとりとした溜息をつき、頭を垂れる穂先を見てはキリリとした顔になり、小さき花を見て表情を綻ばせる。
いつもの不機嫌面がウソのように表情を変える彼女は、とても楽しそうだった。
腹の底がむずむずする。でも、ずっと見ていたい。
昨夜も同じような事を思った。
泣きそうになったエレインを手探り状態で慰めれば、あまりにも無防備すぎる表情に目を奪われた。
このまま見つめていたい。
このまま髪を梳いてはだめだろうか。
このまま――……離したくない。
それでも、腹の底からはゾクゾクと苛立つ前触れだと警報を送られつづけ、やっとの思いでエレインから離れた。そのおかげで辛うじて喧嘩にならなかった。
その事を思えば、このまま彼女を見ていたら、きっとこのむずむずがイライラに変わり、また喧嘩になってしまうだろう。
そうはなりたくない。俺は喧嘩なんてしたくない。
でも、こんな表情は久しく見ていないから。つい、ずっと、ずっと……
「――エメリー様! 見つけたわ!!」
「っは」
「『は』じゃないでしょ? カッカラッサよ、カッカラッサ!!」
何寝ボケてるの? とでも言いたそうに眉を顰めたエレインにイラッとした。
「――さっきまで、草に夢中だったくせに」
ポツリと呟けばエレインはムッとした表情になり、「草じゃなくて薬草……」と、言いかけ、慌てて口を噤んだ。
「ほら、やっぱりな」
「そ、それは!! ……カ、カッカラッサを探す為よ!!」
「ウソ付け」
「何よ……少しぐらい……!! って、エメリー様はぼうっと歩いていただけじゃない!」
「ぼうっとしてたんじゃない。呆れてたんだ」
「呆れ……って、ちゃんと仕事もしてるじゃない!」
不本意そうに声を上げるエレインはやっぱり眉を寄せている。
そう。いつものように。
それが無性に苛立ち、俺は声を出す。
「お前な! たまには俺にも――!!」
笑ってくれよ。
そう言いそうになって、慌てて口を閉じた。
「『俺にも』……? 一体、なによ?」
「……なんでもない」
「言いかけて止めるのって、立ち悪いんですけど?」
「なんでもないんだよ!!」
ああやっぱり。
昨日のように前触れがあったのだから、目を離すべきだった。
また喧嘩になり、自分の選択を後悔する。
時間を戻せるなら、あの瞬間に戻すだろう。
でも、目に焼きついた姿を返せと言われても、到底返す気にはならなかった。
◇◆◇◆◇◆
カッカラッサを頼りに、わき道へ入ってゆく。
本来の道ではないせいか、急に草の丈が高くなった。手で払いのける程の高さではないが、それでも歩きにくく、足元へ注意を払う。
ここで意外だったのは、エレインの行動。
普通の令嬢なら、虫が出るだの草が触れて気持ち悪いだの、文句を言いそうなものなのに、彼女は何も気にした様子も無く、先導して歩いて行く。
ただ、その歩みは妙で。
枯れ葉を踏みしめる時は力強く歩く癖に、草を踏む場合は何故かつま先立ち。
まるでバレエのレッスンの様な歩き方は、森の中では不自然過ぎた。
「くはははは! ヘンな歩き方だな!」
「うるさいわね! って、足元!! キュルルを踏んでるわ!!」
「はあ? どれだよ?」
「ちょっ……!! 動かないで!!」
「無理言うなよ」
大事な資源を踏むな! と、怒られれば、確かにそうだと納得する。
俺もなるべく踏まない様、気をつけると言い。最終的には二人してつま先立ちで歩く事になる。なんだよこれ。二人旅で本当によかった。
そうこうしている間に、開けた場所に出た。
目の前にあるのは泉だった。
ぽっかりと開いた穴の中にたっぷりと入った水。
泉の真上には木々が無く、日の光が真っすぐに差し込んでいる。その光を鏡のように反射する表面はキラキラと輝きを放っていた。
「――テントがある」
輝く泉の奥に、深い緑色をした三角屋根のテントが一つ。
そして、その隣には。
「おーい!!」
テントと同系色のマントにぽっかりと浮く様に乗った金色の頭。
カリーヌから聞いていた特徴に似ていたので、すぐに声をかけた。しかし、相手は振り返らない。
「聞こえてないのかも」
俺達は泉をグルリと半周し、テントへと近づく。
その間にも相手は全く動かず、ハリボテか何かかと疑った。
エレインはというと、また挨拶を買って出た。
俺が失礼な事をするといけないからだと言う。多少ムッとするが、自分に品が無い事は分かっているので大人しく任せる事にする。
「あの、初めまして。私――ぁ」
エレインが声にならない悲鳴を上げた。
とっさに彼女を後ろへと引き寄せ、背に庇う。同時に剣を構え、相手の鼻面に突き付けた。
相手は動じない。
それどころか「しーっ!」と、口の前で指を立てられる。
……顔一面、複雑な図柄を書き殴った男に。
「今、すごく忙しいんだ。後にしてくれないかな」
声色は想像していたよりも高く、静まり返った森によく通る声だった。
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