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「その前に、おまえはもう退室してちょうだい」
カミラの言葉を受けて、オルガは一瞬考えを巡らせたがすぐに鷹揚に頷いて見せた。
「そうですな、聖女様が自ら二人とお話しください。私はこの場は外しましょう」
貴族としての体面を守りつつ、確実に撤退する。
伯爵の実力がほんの少し垣間見えた。
状況判断が悪いわけでもなさそうだ。戦略撤退というものだろう。
「話の分かる方は嫌いじゃないわ?」
「これは光栄ですな。それではセドリック、後は頼んだぞ」
颯爽と退出する見事な流れだった。
カミラはオルガの評価を、無能な見栄っ張りから少しだけ上向きに修正した。
一方で、呼ばれもしないのに入ってきたセドリックへの警戒心はぐっと高まっていた。
「さて、わたくしはグレンとだけお話しがしたいのだけど?」
「いえいえ、グレンはこの通りまだまだ淑女への礼儀がなってません。清純な聖女様を怯えさえせてしまいますので、どうか私も同席させてください」
笑顔の奥の真意がまるで計り知れない。
貴族の中をうまく渡り歩く者の、計算高さがちらついている。
「なら、そこに居てもらって結構ですけど口を挟まないでくださるわね?」
そう言ってカミラはグレンに向き直った。
グレンの目が真っ直ぐにカミラを見つめた。
眉間のしわが深くなる。
「俺は一度、聖女に会ったことがある…」
大きくはないが低くよく通る声だ。
カミラは片眉を上げて先を促した。
「あんたは、『誰』だ?」
「おい、グレン…」
さすがにセドリックがグレンの脇をつく。
言葉遣い以前の問題だ。
「あら、一度しか会ったことがないのに何故そう思うの?」
「逆になんで同一人物で通そうとするんだ。無理があるだろう…」
心底訳が分からないという顔をしている。
カミラが薄く笑う。
「神殿で色々苦労があって、見た目も性格も変わってしまったのよ…とか?」
「馬鹿にしてるのか?」
グレンの声が威嚇するようにますます低くなる。
セドリックがグレンの肩に手を置いた。
「落ち着け、グレン。聖女様も、うちの騎士を煽るような言い方はしないでいただけますか?」
「あら、心外だわ。ふっかけてきたのはそちらよ?」
「それは…お詫びします。部下が失礼なことを言って申し訳ない。ですが…」
思わず視線を逸らす。
逸らした先で……
クマのぬいぐるみがグレンをまじまじと見上げていた。
「????」
ちょっとだけ首をかしげる。
そして、おもむろに手を打った。
クマのぬいぐるみが、だ。
「グレンさんて、あの時のグレンさんですね!!」
「ちょ、おバカ!なんで今動くの!!」
カミラが慌ててクマを抱きかかえた。
「ほほほほほ」
「あはははは」
ガン見しているセドリックと目が合い、思わず笑ってごまかす。
「ご事情がおありのようですが、お聞かせいただけますか?」
カミラがさっと目を逸らす。
クマがカミラの腕の中でじたばたともがいている。
「気のせいでは?」
「今、まさにめちゃくちゃ動いてますけど?」
カミラが諦めたようにクマのぬいぐるみを二人に見えるようにテーブルに置いた。
アイリスが二人を見上げて、慌ててお辞儀をした。
「あ!すいません、私ったら今はぬいぐるみなのに!」
「もう、そういう問題ではないのよ、このおバカ!!」
カミラの握った拳がアイリスの頭にぽふっと飲み込まれた。
「ああ、全くダメージを与えられないのが口惜しい!!」
キリキリと歯ぎしりするカミラを横目に、グレンがアイリスの目の前にしゃがみ込んだ。
視線を合わせてから、頭をつついてみる。
「や、やめてください。ぬいぐるみは頭の重心が重いんです!」
「おまえが聖女アイリスだな?」
グレンが真顔でクマのぬいぐるみに話しかけていた。
セドリックは軽く首を振ると、大きく息を吐いた。
「これはどういうことなんでしょうかね、聖女様?」
にっこりと微笑むセドリックの目は絶対に逃さないと告げている。
カミラは仕方なく笑顔で応酬する。
「今から説明するわ。短気な男性はモテなくてよ」
「それは是非参考にしたいですね、いまモテすぎて困っていますので」
キラキラした笑顔と毒々しい腹黒さがお互いをけん制しあっている。
そんな不穏な空気の中、飽きもせずにグレンがアイリスの頭をつついていた。
「やーめーてーくーだーさーいー!!」
アイリスの声が情けなく室内にこだまする。
その様子に思わずカミラがため息をついた。
「おまえ、よくこれがアイリスだと分ったわね…」
「いや、見たらわかるだろ」
「…大した観察眼だこと」
カミラがアイリスを膝の上にのせて、二人の騎士を見上げた。
「長くもない話だけど。…取り合えず座ってちょうだい」
促された二人は、正面のソファーに腰を下ろす。
そしてカミラの話に耳を傾けた。
「…つまり、聖女の扱いが悪すぎて、おまえが降臨したってことか?」
カミラの言う通り長くもない話だった。
だが聞いたところで全く意味の分からない話でもあった。
「で、おまえ自身は何者か分からない、と」
「いや、『何者』が降臨したのかは大事なところじゃないの?」
グレンとセドリックは何処から突っ込むべきか分からず、結局無難な疑問に落ち着いてしまう。
「わたくしが『何者』なのかを考えるには情報がなさすぎるの。だけど、この娘の現状はすぐにでも変えられるのよ。あんな理不尽で気分の悪いことはないわ」
カミラがだんっとテーブルを叩いた。
「搾取するだけ搾取して、敬意も払わないなんて論外だわ」
「でもおまえには関係ないことだろう?」
「目に入って気分が悪かったら関係あるでしょうが!」
カッと目を見開いて、グレンを睨みつけた。
グレンはきょとんと目を丸くする。
「いや、関係ないだろ…」
「ええと…底抜けにお人好しな聖女を助けるために、底抜けにお人よしの『何か』が取り憑いたってことか?…だめだ、整理しても意味が分からない!!!」
「あの...! 私が苦しいって思ったときにカミラが助けてくれたの…」
アイリスが恐る恐るセドリックに語りかけた。
フワフワとしたクマのぬいぐるみのつぶらな目が可愛らしい。
ビックリするほどファンシーな世界観だ。
「私も、カミラを助けてあげたいの…」
「は?」
カミラの動きが止まる。
「カミラにはきっと戻るところがあると思うの。だからそれを探してあげたいの」
「何言っているの!おまえの環境改善が先に決まっているでしょう!」
グレンとセドリックが顔を見合わせた。
なるほど、お人よしからの人助けの協力依頼か。
「恐ろしく拡大解釈したら騎士の仕事の範疇な気がしてきた」
「そんなに拡大したら意味ねぇだろ…」
よくわからない二人組に巻き込まれたということだけが、騎士二人の共通認識だった。
――そして。
とりあえず引き受けるか…と、かなり消極的に結論を出したのだった。
「貴族の方はいらないのよ!!」
「アイリス嬢を尊重したらいいんでしょう?貴族の肩書きは便利だと思うよ」
「俺一人の手に負えるとは思えん。妥協しろ」
それぞれの言い分は微妙にかみ合っていなかったが。
ただ、当事者のアイリスだけは目の前で手を合わせて嬉しそうに声を上げた。
「みんな、よろしくね!」




