110 おまけ カミラVSグレン
ばんっ!!!
「一体、いつまで待たせる気なの!!」
乱暴に執務室の扉が開いたかと思うと、隣国の令嬢カミラ・フォン・アシュトレイヤが、飛び込んできた。
先頃、その功績を認められて男爵となったグレン・ド・ルウィローゼは、眉を寄せて顔を上げた。
「うるせぇな。こっちはそれどころじゃねぇんだよ!」
グッと力が入り、手元の書類にクシャっとしわが寄る。
元々平民だったグレンにいきなり降って湧いたルウイ村という小さな領地。
猫の額ほどの村でも、必要な手続きがなくなるわけではない。
領主としてやらなくてはならないことが、目白押しだ。
だが、そんな教育など受けたこともないグレンが苦戦するのは、尤もなことだった。
「おまえが格好つけて『全部整ったら』とか、言うから顔を立てたけど!!」
カミラが執務室のデスクに勢いよく手をついた。
「こんなんじゃ、いつまで経っても終わるわけないでしょう!?」
「分かってる!」
噛みつくように怒鳴り込んできたカミラに、やはり噛みつくようにグレンが言い返した。
普段なら皮肉っぽい笑みを浮かべて躱すような状況なのに、それすらできないのはグレン自身が追い詰められているからだろう。
「自分を過信しすぎるからだわ!」
カミラがグレンから書類を取り上げてざっと目を通す。
行儀悪くグレンのデスクに腰かけて、ペンを奪い取るとサラサラと書き付けていった。
グレンが唖然とカミラを見上げると、カミラはその唇を薄く引き上げて、グレンを見下ろした。
いつもより、少し子供っぽい顔になったグレンの表情に溜飲を下げる。
「わたくしは幼い頃からきちんと貴族教育を受けた、アシュトレイヤ侯爵家の娘よ?」
「お、おう…」
「田舎の小さな村程度の領地運営なんて、片目をつぶってもできるわ!」
胸を張るカミラにグレンが目を瞬かせた。
カミラとしても、グレンが自分で納得するまで待つつもりだった。
だが、無駄に完璧主義者なこの男に任せていてはいつまでも終わりが来ない。
それどころか、夢中になってカミラのことを忘れてしまいそうだ。
実際はそんなことはないのだが、グレンの普段の態度はカミラを不安にさせるくらいには素っ気ないので仕方ない。
結局、しびれを切らして乗り込んできてしまったのだ。
「領地運営はわたくしがおまえの代わりにちゃんとやれるわ」
グレンのシャツの襟を掴み、グッと、引き寄せる。
グレンとカミラが数センチの距離に近付いた。
「おまえは、おまえにしかできないことをするべきなのではなくて?」
ルビー色の目が焔のように挑発的に光った。
その目にグレンが深く息を吐く。
「分かった…。放っておいて悪かった」
素直に謝ると、カミラの目が満足そうに細くなった。
でも、まだ許してはいない。
「それで?」
「先におまえのうちに…」
「ダメよ。もう待てないわ」
あくまでも順番にこだわるグレンにカミラがダメ出しをした。
カミラはちゃんと待ったのだ。
遅すぎるこの男が悪い。
「一ヶ月も経ってないだろ?」
「わたくしを誰だと思っているの?」
帝国一の侯爵家のご令嬢。
カミラ・フォン・アシュトレイヤだ。
「ほんの五分だって待ちたくないのよ?ずいぶん我慢したわ!」
「短けぇよ!」
カミラの令嬢らしい感性にグレンが鋭く言い返したが、カミラが引く気がないのを見るともう一度長い息を吐いた。
「聖騎士の称号と爵位と土地って約束だったもんな」
「そうよ?覚えているではないの」
揃ったらとは言った。だが、名目上だけのものを手に入れたとは言わない。
グレンはそう思っていたが、カミラは名目だけ揃えばいいと思ったらしい。
「平民の分際で、自分だけでなんとかできると思う方がおかしいのよ!」
はなから、口を出す気だったのだろう。
それはそれでありがたいが、グレンのプライドへの考慮は全く無い。
「おまえはそういう女だったよ…」
「なに?まさかそれが理由で無かったことにしようとしたの?」
強い怒りの中に、言い様の無い悲しみが混ざる。
「違う…」
傷付けた…。
そう思ってグレンがカミラの頬に手を添え、その目を覗き込んだ。
「違う、悪かった。今のは言い方が悪かった…」
カミラは無言でグレンの目を見つめ返した。
「俺が好きになった女はそういう女だった」
はっきりと聞こえるように伝えると、カミラの顔が一瞬で赤く染まった。
目を見開いて口をパクパクさせている。
「おまえが言えって言ったんだろうが」
「おまえにはゼロか百かしかないの!?」
あまりにも急な告白に、迫ったカミラの方が恥ずかしくて死にそうになる。
真っ赤な顔を隠すように両手をあてて、グレンの視線から逃げるように横を向いた。
グレンの手がカミラをもう一度引き寄せ、正面を向かせる。
「待たせて悪かった。好きだ…」
瞬間、声にならない悲鳴を上げてカミラは部屋を飛び出した。
やって来た時と同様に慌ただしい退室だった。
「あいつ、俺にどうしろって言うんだ…」
後に残されたグレンはがしがしと頭を掻いた。
だが、これ以上待たせるのも良くないのだと、しっかり認識はできた。
「予定を繰り上げるか…」
本当はもっとカミラを迎えるのに相応しい状況に整えたかったが、そのせいで不安にさせるのは本意ではない。
逃げてしまったカミラの顔を思い出しながら、唇の端をゆっくりと引き上げた。
その目は絶対に獲物を逃さない、捕食者のように細められていた。
―――
「だから、モタモタしてたら、カミラ嬢が乗り込んでくるって言ったのにねぇ?」
「カミラは幸せそうだよ?」
後日、友人からの手紙で詳細を知ったアイリスは夫のセドリックと楽しそうに笑い合った。
カミラとグレンのその後です。
お楽しみいただけたら幸いです。
一カ月はちゃんと待っててくれました。グレンはこの後、カミラ父とカミラ兄も攻め落とさなくてはいけないので大変です。
【新連載を始めました】
「王家の運び屋~「本当にお子さまね!」と揶揄っていたけど、元の姿に戻った王弟殿下に反撃されるのは計算外!これってどうしたらいい!?」
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