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放課後のふたりごと 〜廃部寸前の放送部で始めた二人だけのラジオが、いつの間にか学校一の人気番組になっていた〜  作者: Studio SASAME
放送室の二人

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聴いてた人が、いたらしい

放送は自己満足のつもりだった。誰にも届かなくても構わなかった。――構わなかった、はずなのに。

翌日の放課後。放送室(ほうそうしつ)のドアを開けると、音羽(おとわ)がテーブルの上に何かを広げていた。


 いつもの文庫本ではない。紙が数枚。プリントか何かかと思ったが、近づいてみると便箋だった。


「……何それ」


「あの。桐谷(きりたに)先生が、今朝持ってきてくれて」


 音羽が便箋を一枚持ち上げた。丸みのある文字で、こう書いてある。


『昨日の放送、聴きました。ピアノの曲がすごく綺麗で、昼ごはんがいつもより美味しかったです。また流してください。――2年A組の誰か』


「……お便りか」


「はい。三通、来てました」


 三通。たった一回の、ほぼ音楽だけの放送に、三人が反応を寄越した。


 残りの二通にも目を通す。一通は「選曲が良かった」という短いもの。もう一通は「最後の『いい曲だな』って声が良くて笑った。またやってほしい」という内容だった。


 マイクの切り忘れが好評だったらしい。複雑だ。


「先生が言ってました。お便りを放送部のポストに入れてくれた人がいたって」


「ポストなんてあったのか」


「放送室のドアの横に、小さい箱が。ずっと使われてなかったみたいですけど」


 確かに、ドアの横に木製の箱がついていた。色褪せて存在感がなかったから、装飾品だと思っていた。あれが投書箱だったのか。


 音羽が三通の便箋を、指先で丁寧に揃えた。その手つきが妙に大事そうだったのが印象に残った。


「……嬉しいですね」


 小さな声だった。でも消えかけてはいなかった。語尾が空気の中にちゃんと残っている。


「……まあ、悪い気はしないな」


 正直なところ、予想外だった。放送なんて誰も聴いていないだろうと思っていた。教室のスピーカーはオン・オフが切り替えられるし、昼休みに校内放送を熱心に聴く高校生がそういるとも思えない。


 でも、三人はいた。三人が、あの十五分間を聴いていた。


「次の放送、どうしますか」


 音羽が聞いてきた。「次」という言葉に、一瞬引っかかる。


「次って、来月のノルマ分か」


「……はい。でも」


 音羽が言葉を切った。目線が便箋に落ちる。


「……もう少し、頻度を上げてもいいのかなって。思ったんですけど」


 頻度を上げる。月一ではなく、もっと。


「音羽がそう思うなら、やってもいいけど。……何か理由があるのか」


「理由、というか」


 音羽は便箋の一通を手に取った。「また流してください」と書かれたもの。


「……待ってる人が、いるなら」


 その先は続かなかった。音羽は口を閉じて、便箋をテーブルの上に戻した。


 待ってる人がいるなら。


 たった三人だ。学校全体の生徒数からすれば、八百分の三。誤差みたいな数字。でも音羽にとっては、その三人の存在が何か特別な意味を持っているらしい。


 声が誰かに届いた。正確には、俺が選んだ音楽と、音羽が選んだ音楽と、俺の切り忘れた独り言が、誰かの昼休みに色を添えた。


 それだけのことが、音羽の声から消えかけの語尾を取り戻している。


「……週一でやってみるか」


「……いいんですか」


「内容は同じだ。音楽を流すだけ。準備も大した手間じゃない」


「……はい。ありがとう、ございます」


 音羽が頷いた。その頷き方がいつもより深くて、前髪が目にかかった。音羽は慌てて髪を耳にかけ直した。


 その仕草が何だか可笑しくて、口元が緩みそうになった。文庫本を開いて顔を隠す。


 ……何だ今の反応。


 週一放送が決まった、というだけの話だ。別に嬉しくはない。面倒が増えたとも言える。でも面倒だと思っていないのも事実で、このあたりの自分の感情の仕分けが雑になっている気がする。


 気にしない。放送の準備をしよう。


「じゃあ来週の木曜もやるとして、選曲を考えないとな」


「はい。あの、棚にまだ聴いていないCDが何枚かあって」


「見てみよう」


 二人で棚の前に立つ。先週と同じ構図。CDの背表紙を順に見ていく。


 音羽の指が一枚のCDの前で止まった。引き抜いて、裏面の曲目リストに目を落とす。今度はジャズのコンピレーションだった。


「……これは、どうでしょうか」


 俺に見せるように、少しだけこちらにケースを傾ける。曲名を確認する。ビル・エヴァンスやマイルス・デイヴィスが入っている。悪くない。


「いいんじゃないか。昼休みの雰囲気に合いそうだ」


「……はい。私もそう思いました」


 音羽の声のトーンが少し上がった。安心したときの音だ。


 ――待て。俺はいつから音羽の声のトーンを分類するようになった。


 意識したら急に恥ずかしくなって、CDケースを受け取る手が少しぎこちなくなった。取り繕うように棚に戻す。


「じゃあこれも候補に入れておこう。あとは当日までに曲順を決めればいい」


「はい」


 椅子に戻って、それぞれの本を読み始める。いつもの放課後。紙をめくる音が二つ。時計の秒針。窓からの夕日。


 でも今日の放送室は、これまでとほんの少しだけ違っていた。テーブルの上に便箋が三枚、置いてある。それだけで、この部屋が「二人だけの場所」から「誰かと繋がっている場所」に変わった気がした。


 変わったことが嬉しいのか、それとも二人だけの空間が変質することにわずかな居心地の悪さを感じているのか。


 自分でも判断がつかない。


 五時半。音羽が本を閉じて立ち上がる。


「お先に、失礼します」


「ああ」


 いつもと同じやり取り。音羽が会釈して、ドアに向かう。


 引き戸に手をかけたところで、足が止まった。


「……真白(ましろ)くん」


「ん?」


「今日の便箋、私が預かってもいいですか」


「……ああ。いいけど」


「ありがとう、ございます」


 音羽はテーブルに戻って三通の便箋を丁寧に揃え、クリアファイルに入れた。鞄にしまって、もう一度会釈をする。


「それじゃあ、また」


「ああ。また明日」


 音羽が出ていった。


 ……あれ。


 いつもは「お先に、失礼します」「ああ」で終わるのに、今日は何往復か多い。しかも俺、「また明日」って言ったか。言ったな。いつから言うようになった。


 一人になった放送室で、テーブルの上を見る。便箋があった場所がぽっかりと空いている。


 音羽があれを大事そうに持っていったのが、なぜか記憶に残った。自分宛の手紙でもないのに、クリアファイルにまで入れて。


 ……三人のリスナー。次はどうなるだろう。増えるのか、減るのか、変わらないのか。


 どれでもいい、と思おうとした。思おうとしたが、正直に言えば少しだけ気になっていた。


 あの便箋を読んだときの音羽の声。「嬉しいですね」の、あの消えかけなかった語尾。


 あれをもう一度聞けるなら、週一の放送くらい、悪くない。


 ――いや。違う。ノルマの話だ。活動実績を積むための。


 帰り道、イヤホンから流れてきたのはプレイリストのシャッフル再生だった。スキップしようとして、指が止まる。


 サティのジムノペディ。


 昨日の放送で最初に流した曲。音羽が選んだ曲。


 ……俺はいつこの曲をダウンロードしたんだ。


 歩きながら、さっきの場面がフラッシュバックした。クリアファイルに便箋をしまう音羽の手つき。端を丁寧に揃えて、折り目がつかないようにそっと差し込んでいた。あの指先の動きは、棚からCDを選ぶときと同じだった。大事なものに触れるときの音羽の手は、いつも同じ形をしている。


 なぜ覚えているんだ。手つきなんか。


 イヤホンからピアノの音が流れている。この曲を聴くと、放送室の夕日と、CDの棚と、音羽の横顔がセットで浮かんでくる。たった二週間の記憶なのに、妙に鮮明に焼きついている。


 スキップしなかった。最後まで聴いた。

お便りは三通。たった三通。されど三通。その重さは、受け取る人によって全く違う。

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