表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後のふたりごと 〜廃部寸前の放送部で始めた二人だけのラジオが、いつの間にか学校一の人気番組になっていた〜  作者: Studio SASAME
声が届き始める

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/37

夏希と澪

幼馴染が放送室にやってきた。遠慮のない質問が、壁を一枚ずつ溶かしていく。

中間テストが終わった翌日の放課後。


 放送室(ほうそうしつ)のドアを開けると、音羽澪(おとわみお)が先に来ていた。いつものことだ。俺より早い。椅子に座って本を読んでいる。


「お疲れ」


「お疲れさまです。テスト、どうでしたか」


「数学が死んだ」


「……真白(ましろ)くん、理系じゃなかったですか」


「理系でも数学が死ぬことはある」


「……そうですか」


 音羽の表情が微かに緩んでいた。同情しているのか面白がっているのか、判別がつかない。たぶん後者だ。


 来週の放送の構成を相談していたとき、廊下から足音が聞こえた。


 遠慮のない足音。教室を横切るときと同じテンポ。聞き覚えがある。


 ドアが開いた。


「おーい、陸。いる?」


 橘夏希(たちばななつき)が放送室に顔を突っ込んでいた。


「……何しに来た」


「見学。放送室って入ったことないから」


 夏希が部屋に入ってきた。狭い室内をぐるっと見回す。ミキサー卓、マイク、CDプレーヤー、窓。


「へー。意外とちゃんとしてるじゃん」


「何を想像してたんだ」


「もっとボロいかと思ってた」


 失礼なやつだ。


 音羽が椅子から立ち上がっていた。本を閉じて、夏希の方を向いている。顔がわずかに強張っている。教室モードに近い。


「……橘さん、ですよね」


「うん。橘夏希。陸の幼馴染。よろしくね」


 夏希が手を差し出した。音羽が一瞬だけ俺の方を見て、それから夏希の手を握った。


音羽(おとわ)です。よろしくお願いします」


「放送、毎週聴いてるよ。音羽さんの声好き。落ち着く」


「……ありがとうございます」


 音羽の声がまだ硬い。でも完全に閉じてはいない。夏希の声質が効いているのかもしれない。夏希の声は裏表がない。言葉の通りの感情がそのまま乗っている。


「座っていい? 椅子ある?」


桐谷(きりたに)先生の部屋から持ってくる。待ってろ」


 隣の部屋から椅子を持ってきた。三脚目。瀬戸(せと)のとき以来だ。


 夏希が座って、音羽の方に身を乗り出した。


「ねえ音羽さん。陸って放送室だとどんな感じ? 教室だとずっと無口でさ」


「……放送室でも、基本は無口です」


「やっぱり」


「でも、放送が始まると声が変わります。マイクの前だと、ちゃんと言葉が出てくるんです」


「へー。それ教室じゃ絶対見られないわ」


 俺のことを目の前で分析するのはやめてほしい。


「音羽さんは逆に、教室と放送室で差があるよね。教室だとほとんど喋らないけど、放送だとすごくしっかり話してる」


「……放送室だと、安心できるので」


「安心できる場所があるのは大事だよね」


 夏希の声にからかいがなかった。真っ直ぐに受け止めている。


 音羽の表情が少しずつ和らいでいくのが見えた。夏希には瀬戸とは違う種類の「場を開く力」がある。瀬戸は明るさで空気を変えるが、夏希は率直さで壁を溶かす。


「音羽さん、先週の放送で失敗の話してたじゃん。あれ聴いてすごいなって思った。自分の弱いとこ見せるのって勇気いるよね」


「……真白くんが先に見せてくれたから、私も見せられました」


「陸が?」


 夏希が俺の方を見た。少し驚いた顔。


「あんたが先に自分の弱さ見せたの?」


「……順番は音羽が先だ。俺はその翌週に話した」


「でも、音羽さんに過去を話したのは放送より前でしょ。じゃないと放送で語れるわけがない」


 鋭い。夏希は直感で本質を突く。


「……まあ、そうだ」


「ふーん」


 夏希が含みのある目で俺と音羽を交互に見た。


「いい関係じゃん」


「……放送部の相方だからな」


「はいはい。相方ね」


 瀬戸と同じ反応。同じ「はいはい」。周囲の人間は全員、俺が自分に嘘をついていることに気づいている。


 しばらく三人で話した。夏希が音羽にいろいろ質問して、音羽が少しずつ答えていく。好きな本。好きな音楽。最近観た映画。音羽の答えは短いが、夏希が上手に広げていく。


「音羽さん、ピアノ弾けるんだよね。陸から聞いた」


「……はい。昔は」


「すごい。私は楽器全滅。リコーダーすらまともに吹けない」


「リコーダーは簡単ですよ」


「簡単じゃないって。穴の位置覚えられないもん」


 音羽が小さく笑った。夏希と音羽のテンポが合い始めている。


 その光景を横で見ていた。音羽が俺以外の人間と放送室で笑っている。瀬戸のときとは違う感覚だった。嫉妬はない。夏希は女子だから、という単純な理由ではなく、夏希と音羽の間に生まれている空気が「友達」のものだったからだ。


 音羽に、友達ができるかもしれない。


 それは素直に嬉しかった。


 夏希が時計を見て「そろそろ帰るわ」と立ち上がった。音羽と連絡先を交換して、ドアに向かう。


 俺も廊下に出た。椅子を戻すために。


 その瞬間、夏希が俺の袖を引いた。


「ちょっと」


 声をひそめている。放送室のドアを半分閉めて、廊下側で。


「何だ」


「あんた、あの子のこと好きでしょ」


 心臓が喉まで跳ね上がった。


「……うるさい」


「否定しないんだ」


「否定も肯定もしてない」


「否定しないことが肯定なんだけど」


 夏希が俺の目を覗き込んだ。幼馴染の目。小学生の頃から変わらない、嘘を見逃さない目。


「……今はその話をする場所じゃない」


「分かってる。でも一つだけ言っとく」


 夏希が声をさらに落とした。


「あの子も同じ顔してたよ」


「……何の話だ」


「あんたの話をしてるとき。声のトーンが変わるの。嬉しそうっていうか、安心してるっていうか」


 夏希が袖から手を離した。


「まあ、頑張んなさい」


「だから何をだ」


「放送部の活動を、でしょ?」


 にやりと笑って、夏希は廊下を歩いていった。瀬戸と同じ台詞。同じ笑み。


 椅子を戻して放送室に戻ると、音羽が少しだけ赤い顔をしていた。


「……橘さん、面白い方ですね」


「昔からああだ。遠慮がない」


「でも、話しやすかったです。不思議と」


「夏希はそういうやつだ。壁を作らせない」


「……真白くんと似てますね」


「どこがだ」


「壁を作らせないところ」


 俺は壁を作らせないんじゃなくて、音羽が俺の前で壁を下ろしてくれているだけだ。


 でもそれを言葉にすると、意味が重くなりすぎる。だから黙った。


 帰り道。夏希の言葉が頭の中で反響していた。


 「あの子も同じ顔してたよ」。


 夏希の直感は外れない。小学生の頃からそうだった。


 でも、直感が正しいからといって、行動に移せるかは別の問題だ。

「あんた、あの子のこと好きでしょ」。否定しなかった。できなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ