反響と、冗談
重い話の後の、軽い日常。テストと食べ物と、くだらない掛け合い。それがたまらなく心地いい。
過去を語った放送が二週続いた後、日常が戻ってきた。
月曜日の教室。瀬戸颯太が席に座るなり、こっちを向いた。
「お前ら放送で過去語ったの聞いたぞ。男前だな」
「……聴いてたのか」
「当たり前だろ。毎週聴いてるっつったじゃん」
瀬戸が真っ直ぐな目でこちらを見ている。茶化す気配がない。
「正直、ビビったわ。音羽さんの合唱の話も、お前のいじめの話も。俺だったら全校放送で言える自信ないぞ」
「放送室の中だから言えた。あそこは防音壁があるから、目の前に聴衆がいるわけじゃない」
「それでもだよ。マイクの向こうに何百人いるか分かんないのに」
瀬戸が弁当の包みを開けながら、声のトーンを少し落とした。
「聴いてて思ったけどさ。お前ら、お互いのこと信頼してんだな」
「……放送部の相方だからな」
「出たよ、放送部の相方。お前それしか言わないな」
「事実だ」
「はいはい」
瀬戸がにやっと笑って、卵焼きを口に放り込んだ。
昼休みの放送。今日は通常回。テーマは「最近ハマっていること」。重い話が続いた後だから、意図的に軽いテーマを選んだ。
「お便り読みます。『最近ハマっていること。コンビニの新作スイーツを毎週チェックすることです。先週のモンブランプリンは神でした』」
「分かる。あれ美味かったな」
「真白くん、食べたんですか」
「瀬戸に勧められた」
「……瀬戸くん、グルメなんですね」
「グルメじゃなくて食い意地が張ってるだけだ」
スピーカーの向こうで瀬戸がくしゃみしていそうな気がする。
次のお便り。
「『最近ハマっていること。パーソナリティお二人の掛け合い。毎週の楽しみです。真白くんのツッコミと音羽さんの天然ボケがクセになります』」
読み上げた後、一瞬沈黙した。
「……天然ボケ」
「え。私、ボケてますか」
「たぶんリスナーから見るとそうなんだろ」
「ボケてるつもりはないんですけど……」
「ボケてるつもりがないからボケなんだろうな」
「……それは褒められてるんですか」
「褒めてる」
音羽が口をつぐんだ。マイクが拾ったのは、小さな息の音。笑いを噛み殺している音だった。
放送後。お便りの整理をしながら、音羽が中間テストの話を振ってきた。
「来週から中間テストですね」
「……ああ。そうだった」
「忘れてましたか」
「忘れてはいない。意識から遠ざけていた」
「同じことでは」
「……違う。忘却と回避は別の概念だ」
「テストから回避しても成績は回避してくれませんよ」
「……正論を言うな」
音羽が笑った。最近、この笑い方が増えた。声だけの笑い、ではなく、肩が揺れる笑い方。放送を始めた頃には見られなかった動き。
「音羽は勉強できるんだろ」
「普通です」
「普通は自分から中間テストの話をしない」
「……それは、真白くんがテスト前に焦るタイプかなと思って」
「なぜそう思う」
「直前まで放送の準備に集中してそうだから」
的確すぎる。返す言葉がない。
「夏希にも同じこと言われた」
「橘さん?」
「ああ。『あんた放送のことばっか考えてるけどテスト大丈夫なの』って」
「……橘さんのおっしゃる通りだと思います」
「お前もか」
音羽が再び肩を揺らした。
この空気が好きだ。重い話の後の、何でもない会話。テストの話、食べ物の話、お便りの話。どれも取るに足らない内容で、どれも放送室でなければ成立しない会話。
音羽と俺の間にある沈黙は、もう怖くない。でも沈黙よりも、こうして軽口を叩き合う時間の方が、心地いいと感じるようになっていた。
変わっている。俺たちの距離が、というよりも、俺たちの会話の質感が。
五月は沈黙だった。六月は放送という口実があった。七月から会話が始まって、夏休みを経て、九月に再会して、十月に過去を共有した。
そして今。テストの愚痴を言い合っている。
順番が正しいのかは分からない。でも、一つずつ段階を踏んでいる実感がある。
「真白くん」
「ん」
「テスト期間中、放送はお休みですか」
「先生に確認する。たぶん一回は休みになる」
「……そうですか」
音羽の声が、ほんの少しだけ下がった。残念、という音。
俺も同じ気持ちだ。一回休みになるだけで、木曜日の昼休みが空白になる。放送室に行かない木曜日。音羽の声を聴かない木曜日。
たかが一回。されど一回。
「テストが終わったら再開だ」
「……はい」
「それまでに次の企画も考えておく」
「楽しみにしてます」
音羽が立ち上がって、鞄を持った。ドアの前、定位置。
「真白くん。テスト、頑張ってください」
「……お前もな」
「私は大丈夫です」
「……その自信はどこから来るんだ」
「普通ですから」
普通じゃないだろ。普通の人間は放送室であんな声を出せないし、普通の人間は過去を全校生徒の前で語れないし、普通の人間はテスト前に余裕の笑みを浮かべない。
音羽が出ていった後、放送室で一人、英語の教科書を開いた。
集中できない。さっきの音羽の笑い声が耳に残っている。肩が揺れる笑い方。あの笑い方は、いつから始まったのだろう。
……テスト勉強しろ。
テスト期間は放送が一回お休みになる。たった一回。なのに、木曜日が遠い。




