瀬戸颯太の距離感
瀬戸に見抜かれた。隠していたつもりが、隣に座っただけで全部バレていた。
ゲスト回の翌日。瀬戸が教室で話しかけてきた。
「昨日の放送、反響すごいぞ。うちのクラスで『瀬戸面白かった』って言われまくった」
「そりゃよかった」
「もう一回出てもいい?」
「……リスナーの反応次第だな」
「お前冷たいな」
瀬戸が笑う。軽い調子。いつも通りの瀬戸だ。
昼休み。瀬戸が弁当を食べながら、不意に声のトーンを変えた。
「なあ真白」
「何だ」
「音羽さんってさ。放送室だと全然違うよな」
「……何が」
「教室だと全然喋らないじゃん。でも昨日、放送室で話してたら結構反応してくれて。笑うし、質問してくるし。別人かと思った」
「放送室は安心できる場所なんだろ。防音だし、人目もないし」
「それだけか?」
瀬戸が箸を止めて、まっすぐこちらを見た。
「お前がいるからじゃないの」
焼きそばパンが喉に詰まりかけた。今回は本当に詰まりかけた。水で流し込む。
「……何を根拠に」
「昨日の放送でさ。俺が音羽さんに話しかけてるとき、音羽さんときどきお前の方チラッと見てたぞ。俺に返事する前に、一瞬だけ真白の方を確認するみたいに」
「……気のせいだろ」
「気のせいじゃないって。ラジオだからリスナーには見えてないけど、隣にいた俺には丸見えだったわ」
瀬戸は嘘をつかない。観察力もある。サッカーで鍛えた視野の広さか、もともとの性質なのか。
「で、お前も音羽さんの方チラチラ見てたぞ」
「……見てない」
「嘘つけ。お便り読んでるとき以外、ずっと音羽さんの方向いてたじゃん」
「それはパーソナリティとして相方の様子を確認する――」
「はいはい。パーソナリティとして、ね」
瀬戸が弁当の最後の一口を食べて、にやっと笑った。
「別にいいじゃん。好きなら好きでさ」
「……好きとか、そういう話じゃない」
「へえ。じゃあどういう話?」
「……放送部の話だ」
「放送部の話ね。了解了解」
瀬戸は全く信じていない顔で立ち上がった。
「まあ、俺は応援してるから。頑張れよ」
「何をだ」
「放送部の活動を、だろ?」
にやにやしながら去っていく瀬戸の背中を見送りながら、俺は焼きそばパンの残りを機械的に口に運んだ。味がしない。二回目だこの症状。
放課後。放送室。
音羽が椅子に座って本を読んでいた。昨日の三脚目の椅子はもう片づけてある。二脚。いつもの配置。
「昨日のゲスト回、お便りが来てる」
「何通ですか」
「十五通。ほとんど瀬戸に関するもの」
「人気ですね、瀬戸くん」
「……ああ。人気だな」
お便りを読んでいく。「瀬戸くん面白かった」「またゲスト呼んでほしい」「パーソナリティ二人と瀬戸くんのトリオが良かった」。
その中に一通、気になるお便りがあった。
「『瀬戸くんと音羽さんの会話が自然で良かったです。お二人は仲いいんですか?』」
読み上げた瞬間、音羽の手が止まった。
「……仲がいい、ですか」
「リスナーからの質問だ。来週取り上げるか?」
「……取り上げなくていいです」
音羽の声が平坦になった。蓋をしているときの声、ではない。もっと単純に、困惑している声だった。
「瀬戸くんは優しい方だと思います。話しやすいです。でも」
「でも?」
「……仲がいい、とは違います」
音羽がこちらを見た。何かを確認するような目。
「瀬戸くんとは、昨日初めてちゃんと話しました。放送室で、真白くんが隣にいたから話せました。それだけです」
「……そうか」
「はい」
音羽の声が、平坦から少しだけ温度を取り戻した。「それだけです」の語尾に力があった。強調しているのだ。瀬戸との関係はそれだけだ、と。
……安堵している自分がいる。また安堵している。
「このお便りは不採用にしよう」
「……はい。ありがとうございます」
お便りの整理を続ける。来週の放送構成を決める。通常回に戻して、テーマは「誰かにもらった言葉」。
作業をしながら、瀬戸の言葉を思い出していた。「音羽さん、ときどきお前の方チラッと見てた」。
本当だろうか。本当だとして、それはどういう意味だ。
不安だったから確認していた、のかもしれない。放送室に瀬戸という外部の人間が入ってきて、緊張して、俺の方を見て安心を得ようとしていた。
あるいは。
「あるいは」の先を考えると、胸が苦しくなる。苦しいのは嫌な感覚ではない。むしろ、甘い。
……甘い、と感じている時点でもう手遅れだな。
「真白くん」
「ん」
「考え事ですか」
「……少しだけ」
「今日は声が安定してます。昨日みたいに下がってないです」
「……そうか」
「何かいいことがあったんですか」
いいこと。瀬戸に「好きなら好きでいいじゃん」と言われたこと。音羽が「瀬戸とは違います」と言ったこと。
「……いや。いつも通りだ」
「いつも通りの声じゃないですけど」
「……うるさいな」
音羽が笑った。声だけの笑い。本で顔を隠しているから表情は見えない。でも音だけで、十分だった。
「仲がいい、とは違います」。音羽のその一言が、今日一番聴きたかった声だった。




