新しい企画
放送室の中から外へ。声を届ける範囲が、少しだけ広がろうとしている。
九月中旬。放送は順調だった。
音羽がコメントを担当するようになってから、お便りの質が変わった。以前は感想やリクエストが中心だったが、最近は悩み相談に近いものが増えている。
「『友達と喧嘩して、仲直りしたいけど自分から言い出せません。どうしたらいいですか』」
「『好きな人がいるけど、話しかける勇気がありません。二人はどうやって仲良くなったんですか』」
二通目を読んだとき、音羽の耳が赤くなっていた。俺も若干喉が詰まった。どうやって仲良くなったかと聞かれても、二人して放送室で黙って本を読んでいただけだ。答えになっていない。
「……お便りの内容が重くなってきたな」
「信頼されてるってことだと思います」
「重い信頼だな」
「でも、嬉しいです。声を届ける場所が、誰かの居場所にもなってるってことだから」
音羽の言葉は的確だった。「放課後のふたりごと」は、俺たちにとっての居場所であると同時に、リスナーにとっても放課後のちょっとした避難所になりつつある。
その延長線上で、新しい企画の話が出た。
「校内取材をやりたいんです」
放課後の放送室で、音羽がメモ帳を広げながら言った。
「校内取材」
「はい。色んな部活や場所を回って、そこにいる人の声を集める。放送室の中だけじゃなくて、学校全体の声を届けたいんです」
音羽の目がまっすぐだった。一学期には考えられなかった提案だ。放送室という閉じた空間から出て、外の声を拾いに行く。
「いいと思う。ただ、取材ってことは音羽も放送室の外で声を出すことになる」
「……はい」
「大丈夫か」
「一対一なら、たぶん」
たぶん。その言葉に正直さがあった。大丈夫だと断言できないが、やりたいという意志はある。
「取材先はどこを考えてる」
「まずは図書室。お便りでも人気の場所ですし、司書の先生は穏やかな方なので」
「いきなりハードルの高いところには行かない、と」
「……段階を踏みたいです。いきなり体育館で運動部に突撃したら、たぶん固まります」
「想像できるな」
音羽が少しだけ笑った。自分の弱さを冗談にできるのは、弱さを受け入れている証拠だ。
「じゃあ来週、図書室に取材に行こう。質問の内容は俺が考える。音羽は録音機材を準備してくれ」
「録音、ですか」
「放送室の外でマイクは使えないから、スマホで録って編集する。その音声を放送で流す形にすれば、取材の臨場感が出る」
「……なるほど。真白くん、そういうの詳しいんですね」
「ネットで調べただけだ」
「いつ調べたんですか」
「……昨日の夜」
音羽が首を傾げた。
「昨日って、私が取材の話をメッセージで送った日ですよね」
「……たまたまだ」
「メッセージの三分後に、ポッドキャストの編集方法を検索した、と」
「……お前、そこまで把握してるのか」
「既読のタイミングで何となく」
何となく、ではなくかなり正確に把握されている。音羽の観察眼が怖い。いや、怖いというか、嬉しいような恥ずかしいような、名前のつかない感情がまた一つ増えた。
「とにかく、取材は来週の月曜放課後。図書室。俺が質問して、音羽が録音する。問題ないか」
「はい。……あの、真白くん」
「何だ」
「ありがとうございます。すぐ動いてくれて」
「番組のためだ。企画が面白ければリスナーも増える」
「番組のため、ですか」
「……他に何がある」
「いえ。何も」
音羽の声が柔らかかった。安心のトーン。俺が「番組のため」と言っても、音羽はその裏を読んでいる。声は嘘をつけない。俺が音羽のために動いていることくらい、声を聴けば分かるだろう。
分かった上で、触れない。俺も触れない。
この距離感が心地いいのか、もどかしいのか。たぶん両方だ。
帰り支度をしながら、頭の中は来週の取材のことでいっぱいだった。質問リスト。録音の準備。編集の手順。
でもその合間に、ちらちらと別のことを考えている。音羽と一緒に校舎を歩く。放送室ではなく、廊下を。図書室を。二人で、放送室の外を。
それは取材だ。番組の企画だ。
でも、音羽と校舎を並んで歩く自分を想像したとき、心拍が少し上がったのは事実で。
……面倒だな。本当に。
企画のためだ。番組のためだ。そう自分に言い聞かせるほど、本当の理由が透けて見える。




