表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後のふたりごと 〜廃部寸前の放送部で始めた二人だけのラジオが、いつの間にか学校一の人気番組になっていた〜  作者: Studio SASAME
声が届き始める

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/37

二学期の声

二学期。澪の声が、初めて放送室の外に向かって届く日。

二学期最初の放送日。木曜日。昼休み。


 赤いランプが灯る。


「放課後のふたりごと、始めます」


 自分の声が、夏休み前より落ち着いていることに気づいた。慣れたのか、それとも放送室(ほうそうしつ)に戻ってきた安心感がそうさせているのか。


 一曲目を流す。夏休み中に音羽(おとわ)と選んだフリーのピアノ曲。明るすぎず暗すぎない、九月の空気に合った旋律。


 曲が終わる。お便りコーナー。


 ここまではいつも通りだ。違うのは、今日のお便りに対するコメントを音羽が担当するということ。


 前の放送のあと、俺が提案した。音羽自身の言葉で、自分の声で、リスナーに語りかけてほしい、と。


 お便りを一通読み上げた。テーマ「夏休みにあったこと」。


「『夏休み、初めてひとりで遠出しました。不安だったけど、帰ってきたら少しだけ自分が好きになれた気がします』」


 読み終えて、間を取った。隣を見る。


 音羽がマイクに向き合っていた。背筋が伸びている。膝の上の手は握られているが、白くなるほどではない。


 三秒。五秒。


「……すごく、分かります」


 音羽の声が、マイクを通してスピーカーに乗った。


「不安なまま一歩踏み出して、何かが変わる。変わったのは世界じゃなくて、自分の方で。……私も、今年の春にそういう経験をしました」


 声が小さい。でも消えてはいない。一語一語を選んで、丁寧に並べている。


「放送部に入ったとき、すごく怖かったです。でも……声を出してみたら、聴いてくれる人がいて。それが、嬉しくて」


 音羽の声が揺れた。揺れたが、止まらなかった。


「だから、お便りをくださった方にも伝えたいです。一歩踏み出した自分を、好きになっていいと思います」


 沈黙。一秒。二秒。


 俺は次の曲を流した。音楽が放送室を満たす。


 マイクをミュートにしてから、小さく言った。


「……良かった」


 音羽がこちらを見た。目が潤んでいた。でも泣いてはいなかった。緊張と達成感が混じった、見たことのない表情だった。


「……震えて、ませんでしたか」


「震えてなかった。声、まっすぐ届いてた」


「……そうですか」


 音羽が膝の上の手をゆっくり開いた。掌に爪の跡がついていた。


 ……震えてなかった、は嘘だ。声は確かに揺れていた。でもそれは弱さではなく、本気で言葉を選んでいる証拠だった。完璧に滑らかな声より、ずっと伝わるものがあった。


 放送の残り時間は音楽で埋めた。最後のマイク。


「来週のテーマは、『秋にしたいこと』です。お便り、待ってます」


 赤いランプが消えた。


 片づけをしながら、俺は音羽の横顔を見ていた。CDをケースに戻す手つきが、いつもよりゆっくりだ。余韻に浸っている、という感じ。


「音羽」


「はい」


「来週もやるか。音羽のコメント」


「……いいんですか」


「リスナーも聴きたがってたし。実際、今日のコメントは俺には言えない言葉だった」


 事実だ。「一歩踏み出した自分を好きになっていい」なんて、俺の口からは出てこない。それは音羽だから言えた言葉で、音羽の声だから届いた言葉だ。


「……分かりました。やります」


 語尾が消えなかった。


 入部したときの「やり、ます」とは違う。迷いが消えたわけではないだろうが、迷いを押してでも声を出す覚悟が、語尾に残っていた。


「ありがとうございます、真白(ましろ)くん」


「何がだ」


「隣にいてくれたから、声が出ました」


「……俺は座ってただけだ」


「座ってたから、です」


 音羽がこちらを見て、笑った。口元だけじゃなく、目も。


 ……勘弁してくれ。そういう顔をされると、座ってるだけじゃいられなくなる。


 帰り支度。ドアの前で音羽が立ち止まった。


「真白くん」


「ん」


「声を出すのが怖くなくなったわけじゃないです」


「……ああ」


「でも、怖いまま声を出すことは、できるかもしれないって。今日、思いました」


 怖いまま声を出す。怖くなくなるのを待つんじゃなくて、怖いまま踏み出す。


 それは音羽だけの話じゃない。俺にも当てはまる。伝えたいことがある。伝えるのが怖い。でも、怖いまま声にすることは、できるかもしれない。


「……ああ。俺も、そう思う」


 音羽が出ていった。


 放送室の椅子に座ったまま、俺は天井を見上げていた。


 二学期が始まった。放送は続く。音羽の声が、少しずつ放送室の外に広がっていく。


 それは嬉しい。嬉しいはずだ。


 でも同時に、俺の声は、まだ一番大事なことを言えていない。

怖くなくなるのを待っていたら、一生声は出せない。怖いまま出すしかない。それを教えてくれたのは、隣にいた人の背中だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ