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放課後のふたりごと 〜廃部寸前の放送部で始めた二人だけのラジオが、いつの間にか学校一の人気番組になっていた〜  作者: Studio SASAME
放送室の二人

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選曲が被る

一学期最後の放送。これが終わったら、夏休みに入る。放送室に来る口実が消える。

一学期最後の放送日。


 テーマは「夏休みの予定」。リスナーから届いたお便りは三十通を超えていた。番組の認知度は確実に上がっている。


 放送は滞りなく進んだ。お便りを五通読み、コメントし、音羽が相槌を打つ。以前より相槌のバリエーションが増えていた。「はい」だけでなく、「そうですね」「分かります」「いいですね」。小さな声だが、ちゃんとマイクに乗っている。


 放送を終えた後、片づけをしながら夏休みの話になった。


「桐谷先生から連絡があって」


「何だった」


「夏休み中も、放送室は使えるそうです。学校が開いている日なら」


「……そうか」


 口実ができた。


 いや、口実とか考えるな。放送の準備のために放送室を使う。それは部活動として正当な理由だ。


「来学期の放送に向けて、選曲のストックを増やしておこうと思うんですけど」


「いいな。著作権フリーの音源をもっと探しておくか」


「はい。あと、真白くんに聴いてほしい曲があって」


「聴いてほしい曲」


「夏休みの間に見つけたら、メモしておきます。真白くんも、いいなと思ったものがあれば」


「分かった。俺もメモしておく」


 音羽がメモ帳を閉じた。いつもの白いメモ帳。「放課後のふたりごと」と書かれたページの隣に、「夏休みの曲リスト」と新しい見出しが書いてある。


 ……律儀だな。


 片づけを終えて、椅子に座り直した。帰ってもいい時間だが、二人とも立ち上がらない。一学期最後の放送室。次にここに来るのは夏休み中のいつになるか分からない。


「真白くん、夏休みの予定は」


「特にない。宿題をやるくらいだ」


「前も同じこと言ってましたね」


「変わらないからな。音羽は?」


「海に行きたい、って言ったのも変わってないです」


「行けそうか」


「……一人だと、ちょっと」


 音羽が窓の外を見た。夕日が沈みかけていて、空が濃い橙から紫に変わりつつある。


「じゃあ誰かと」


「誘える人が、いれば」


 俺の口が勝手に動きかけた。じゃあ俺が、と。


 寸前で止めた。喉の奥で言葉を噛み殺した。何を言おうとしているんだ。放送部の二人が海に行く。部活動の一環か。フリーの波の音でも録りに行くか。


 ……苦しい。言い訳が苦しい。


「……まあ、夏休みだし。気が向いたら行けるだろ」


「……そうですね」


 会話が着地した。着地したが、滑走路を半分はみ出している。


 音羽が鞄を持って立ち上がった。


「真白くん。一学期の間、ありがとうございました」


「……大げさだな。夏休み中も会うだろ、たぶん」


「たぶん」


「放送室で」


「……はい。放送室で」


 音羽が会釈した。「それじゃあ」と言いかけて、何か思い出したように足を止めた。


「あの。前に言った、夏休みに聴いてほしい曲のこと」


「ああ」


「ひとつ、もう決まってます」


「もう?」


「はい。でも今は言いません。夏休みに聴いてもらいます」


「……焦らすな」


「焦らしてません。まだ準備ができてないだけです」


 何の準備だ。曲を聴かせるのに準備が要るのか。自分で弾くとかでなければ。


 ……自分で弾く。


 音羽は「昔は」ピアノを弾いていたと言っていた。今は弾いていない。中学の途中でやめた。


 その音羽が「準備」と言った。まさか。


「……楽しみにしてる」


 それだけ返した。それ以上聞くのは、今はやめた。


「はい。楽しみにしていてください」


 音羽が出ていった。


 一人の放送室。一学期最後の夕暮れ。


 窓からの光がほとんど消えて、蛍光灯の白い光だけが部屋を照らしている。テーブルの上には何もない。お便りのクリアファイルも、メモ帳も、CDケースも、全部片づけた。


 がらんとした部屋を見渡す。入部したばかりの頃と同じ光景だ。椅子が二脚。テーブルが一つ。ミキサー卓とマイク。


 でも、同じ部屋に見えない。


 あの頃は「俺だけの場所」だった。今は「俺たちの場所」だ。名前もある。「放課後のふたりごと」。


 椅子が二脚あることの意味が、入部した日とは全く違う。あの日は余分な椅子だった。今は、音羽の席だ。


 帰ろう。


 電気を消して、ドアを閉める。廊下に出ると、夏の夜の匂いがした。湿気と、草と、夕立の後の土。


 下駄箱で靴を履き替えていたら、スマホが震えた。


 通知。連絡先の交換をしていなかったことに、今さら気がついた。放送部の業務連絡用に桐谷先生経由でアドレスだけは共有していたが、直接メッセージを送り合ったことは一度もない。


 メッセージの送り主は音羽だった。


「帰り道、ラジオで流した曲を聴いてたら、真白くんが今日のために選んでいた曲と、私が選んでいた曲が二曲被っていることに気づきました。偶然でしょうか」


 俺はスマホを見つめた。


 被っていた。確かに、今日のプレイリストを組むとき、俺が候補に入れた曲と音羽が候補に入れた曲が二曲一致していた。フリー音源のライブラリは広い。偶然にしては出来すぎだ。


 返信を打つ。


「偶然だと思う。好みが似てるだけだ」


 送信。


 三十秒後、返信が来た。


「そうですか。好みが似てるのは、嬉しいです」


 嬉しい。その一語が画面の中で光っている。


 もう一通。


「夏休み中も、選曲の相談をメッセージでしてもいいですか」


 俺は親指でゆっくりと返信を打った。


「いいよ。いつでも」


 送信した後、「いつでも」は言いすぎだったかと思った。でも取り消す気にはならなかった。


 帰り道。イヤホンから流れるのは、今日の放送で最後に流した曲。音羽が選んだフリーのピアノ曲。


 選曲が被る。好みが似ている。聴いてほしい曲がある。夏休みの準備。


 一つ一つは些細なことだ。でも些細なことが積み重なって、もう無視できない質量になっている。


 夏休み。四十日間。放送はない。教室もない。でもメッセージがある。放送室に行く日もある。音羽の声を聴く機会はある。


 足取りが軽い。自覚している。自覚しているが、止められない。


 夏の始まりだ。

選曲が被ること。好みが近いこと。「偶然」と呼ぶには、そろそろ無理がある。

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