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放課後のふたりごと 〜廃部寸前の放送部で始めた二人だけのラジオが、いつの間にか学校一の人気番組になっていた〜  作者: Studio SASAME
放送室の二人

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夏希の指摘

自分の変化に自分で気づけないのは、たぶん人間の仕様だ。

六月下旬。期末テストが近づいてきた。


 昼休み、購買の列に並んでいたら後ろから肩を叩かれた。


「よっ。久しぶり」


 橘夏希(たちばななつき)。ショートカットの髪を片手で払いながら、率直な目でこちらを見ている。一年のとき同じクラスで、中学も同じ。俺のことを一番長く知っている人間だ。


「久しぶりでもないだろ。先週も廊下で会った」


「会ったっていうか、すれ違っただけじゃん。あんた最近昼休みずっと放送室でしょ」


「まあ」


「ラジオ聴いてるよ。教室でスピーカーつけてる子がいて」


「……わざわざありがとう」


「で、ちょっと聞きたいんだけど」


 夏希が列の進みに合わせて一歩前に出ながら、声のトーンを変えずに聞いてきた。


「あんた、最近楽しそうだね」


「……は?」


「楽しそう。顔が違う」


「顔が違うって、整形でもしたみたいに言うな」


「表情の話。あんたさ、去年ずっと鉄仮面みたいな顔してたじゃん」


「鉄仮面」


「まあ言い過ぎたけど。でも壁があったのは本当。話しかけていいか迷う空気っていうか。それが最近、ない」


 焼きそばパンを手に取りながら、夏希の言葉を噛み砕いていた。


 壁。確かに、意識的に作っていた部分はある。中学の頃から引きずっているものがあって、人との距離を詰めるのが怖かった。だから表情を動かさず、声を抑え、必要以上に関わらないようにしていた。


「それがなくなったって、何がきっかけか分かる?」


「……分からない」


「嘘つけ」


 夏希が即座に切り返した。嘘をつくと一秒で見抜く。中学時代からそうだ。


「あんたが変わったのって、放送部入ってからでしょ。もっと言えば、あのラジオ始めてから」


「ラジオのおかげか。音楽療法みたいなものかもな」


「音楽療法って。惚けんのやめなよ」


 夏希が焼きそばパンの袋越しに俺の手の甲を叩いた。


「あんたの変化は、ラジオそのものじゃなくて、ラジオの相手だろ」


 足が止まった。購買を出たところで、廊下の流れに逆らうように立ち止まってしまった。後ろの生徒に舌打ちされた。すみません。


「……夏希」


「何」


「お前の推理は飛躍しすぎだ」


「飛躍じゃない。観察」


「どこを観察したんだよ」


「ラジオでの話し方。あんた、お便り読むときの声とさ、音羽さんに話しかけるときの声、違うの分かってる?」


「……違わない」


「違う。お便り読んでるときは普通のアナウンサーみたいなトーンなのに、音羽さんに振るとき、ちょっとだけ声下がるんだよ。落ち着くっていうか、地声に近くなるっていうか」


 心臓が冷たくなった。いや、冷たくなったのではなく、急に跳ねたのを冷静に受け止めようとして体温調節がバグった感じだ。


「それは――」


「パーソナリティとして相方に合わせてるだけ、とか言うんでしょ。分かってる。でもあんたって、合わせる相手がいなかったじゃん、今まで」


 夏希は嫌味で言っているのではない。事実を述べているだけだ。だから余計に刺さる。


「別に何がどうとか言わないよ。ただ、いい変化だと思う。それだけ」


 夏希は手を振って、自分のクラスの方へ戻っていった。


 俺は焼きそばパンの袋を握ったまま、廊下に立っていた。


 ラジオの相手。音羽。


 夏希の言うことは、たいてい核心を突いている。嘘がないから鋭い。俺のことを長く見てきた人間だからこそ、変化が分かる。


 否定したい。でも否定する材料がない。


 教室に戻って席に着いた。パンを齧る。味がしない。いや、焼きそばパンなんだから味はする。するはずだ。頭が他のことに占拠されていて味覚が後回しになっている。


 ……落ち着け。夏希に何か言われたくらいで動揺するな。


 放課後。放送室。


 ドアを開ける。音羽がいる。いつもの位置。文庫本を読んでいる。


 席に着いた瞬間、音羽が顔を上げた。


「真白くん、今日はぼんやりしてますね」


「……そう見えるか」


「はい。声が、いつもと違います」


 声で分かるのか。……分かるんだろうな。互いに声のトーンで感情を読み取れる間柄だ。隠せるわけがない。


「昼に友達と話したことを、ちょっと」


「友達」


「一年のとき同じクラスだったやつ。(たちばな)っていうんだけど」


「橘さん……B組の方ですか。バスケ部の」


「知ってるのか」


「体育で見かけたことがあります。すごく……まっすぐな方ですよね」


「まっすぐ。まあ、確かに」


「真白くんとは正反対ですね」


「……否定できない」


 音羽が小さく笑った。息が漏れる程度の、いつもの控えめな笑い方。


 その笑いを聞いて、夏希の言葉がまた蘇った。「ラジオの相手だろ」。振り払おうとしたが、振り払えない。


「何を話したんですか」


「……俺が最近変わった、らしい」


「変わった?」


「表情が柔らかくなったとか。壁がなくなったとか」


 音羽は少し驚いたように目を瞬かせた。


「……私は、入部したときの真白くんしか知らないので。比較できないんですけど」


「だろうな」


「でも」


 音羽が言葉を切った。文庫本の栞を指でなぞりながら、何かを考えている。


「放送のときの真白くんは、最初の頃より声が柔らかくなったと思います」


「……そうか」


「お便りを読むとき、最初は原稿を読んでいるみたいでした。今は、語りかけるような声になってます」


「語りかける」


「はい。聴いてる人に、ちゃんと届けようとしてる声。最初の頃にはなかった声です」


 音羽がこちらを見た。暗褐色の目がまっすぐで、逃げ場がない。


「それは、いい変化だと思います」


 夏希と同じことを言っている。でも音羽が言うと、刺さり方が全然違う。夏希の指摘はナイフで、音羽の言葉は指先で触れるような感触だった。


「……ありがとう」


「いえ」


 沈黙。時計の秒針。紙をめくる音。


 この静寂が心地いい。でも今日は、心地よさの中に微かな不安が混じっている。


 俺は変わっている。夏希にも音羽にも指摘されるくらい、変わっている。その変化の原因が何なのか、二人とも察している。俺だけが、名前をつけるのを先延ばしにしている。


「音羽」


「はい」


「来週の放送のテーマ、お便りで募集したのがいくつか来てるだろ」


「はい。『忘れられない言葉』が多かったです」


「それ、やるか。次のテーマに」


「……はい。いいと思います」


 忘れられない言葉。


 俺にとってのそれは、中学時代の「余計なことをするな」だ。今もまだ、喉の奥に刺さっている。


 でも最近、もうひとつ増えた。


 「やり、ます」。消えかけの語尾。初めて放送部に入ったときの、音羽の声。


 あの声が、なぜ忘れられないのか。


 答えは分かっている。分かっていて、口にしない。声にしない。放送室の防音壁の中に、しまっておく。


 今は、まだ。

鏡のような友人がいること。変化を言葉にしてくれる誰かがいること。それは、自分一人では絶対に手に入らない。

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