【066】商都ハンザ評議会
フーバーが扉を開けて部屋に入ると、評議員十名がすでに着席して待っていた。
これは毎月行われる定例会議であり、参加する評議員は、いかなる事情があっても最優先で出席しなければならなかった。
そのため、一か月を超える長期の旅行に出ることはない。
先の黒蜘蛛戦争の最中でさえ、十名は必ず集まり、滞りなく会議を続けていた。
フーバーはその中で十名を代表する立場にあった。
絶対的な命令権を持つわけではなかったが、最終的な決定権は代表として彼が握っていた。
会議の内容は、商都ハンザの運営、大陸全土に三十六か所ある所有地の管理、各地から集められた情報の共有、大陸に張り巡らされた街道の整備状況の確認など多岐にわたる。ここに参加すれば、大陸全体の動向を一望できるほどであった。
そのため商都ハンザは常に他国に先んじて優位に立つことができた。
定例会議はまずフーバーの報告から始まる。
その後、評議員たちが知り得た情報を議題に供し、分析や意見を重ねる。
発言は自由で、黙して座す者はいなかった。
「まず初めに、私の方から報告をいたします。
今回の黒蜘蛛戦争は一旦終結しました。
今後の方針を定めるため、ルトニア王国にはバーンズを、アンドラ公国にはシモーネを派遣しています。来月の定例会議で両名からの報告を取りまとめますので、しばらくお待ちください。
ただし、アンドラ公国までは一か月を超える旅程になります。
急な報告があれば、その都度お知らせいたします」
二人の名が告げられると、評議員たちは納得し、活発に意見を交わし始めた。
「他にも候補はいただろうが、妥当な人選だ」
「アンドラ公国にシモーネを送るとは、さすがフーバー殿だ」
その様子を見て、フーバーは満足そうにうなずいた。
やがて議題はアンドラ公国の動向に移った。
「サイサリス公国を併呑したアンドラ公国が、勢力を増しすぎたのではないか。やがてルトニア王国の攻略に乗り出す可能性はないのか」
「それは杞憂だろう。シュール大公にそこまでの実力や気概があるとは思えん。それに、アンドラ公国はサイサリス公国の主要な領地を押さえただけで、全領土を掌握したわけではない。南東の地ではキール将軍が独立を保っていると聞く」
「だが、懐柔できなければいずれ戦うしかあるまい。アンドラ公国がキール将軍を攻撃する可能性はないか」
「いや、それは結論を急ぎすぎだろう。まずはルトニア王国との和議が優先だ。ルトニア王国との関係が安定すれば、アンドラ公国もキール将軍に専念できる。懐柔に成功すれば軍事力は大きく増すはずだ」
「では、もし懐柔に失敗した場合、アンドラ公国はどうする?ビアトリクス公女を人質に、キール将軍を脅すのではないか」
一瞬、場が静まり返った。だが、すぐに反論が出る。
「それはあるまい。キール将軍も、その程度の脅しで従うなら、とうに臣従している。
今回の一連の流れで、ビアトリクス公女に罪はない。彼女を害することは、むしろ逆効果だ」
「だが、アデイラ公妃やダレル団長はどうだ?二人は男女の仲にあると噂されている。
彼らがキール将軍に働きかけることは可能かもしれん」
「いや、それも望めまい。サイサリス公国にアンドラ公国を呼びよせたのは、アデイラ公妃とダレル団長だ。彼らがキール将軍を動かせるはずがない」
こうして議論は「アンドラ公国が誰を通じてキール将軍に接触しうるか」に集中したが、結論は出なかった。
やがて話題はルトニア王国との交渉に移った。フランク王国を後ろ盾とするルトニア王国が強気に出る可能性も高い。だが、シュール大公は吝嗇家として知られており、素直に応じるとも思えない。いずれにせよ交渉は長引き、戦の火種は残るという見立てであった。
最後まで黙していたフーバーが、ゆっくりと口を開いた。
「今の議論をまとめ、バーンズとシモーネに送っておきます。
必ずや有意義な報告を届けてくれるでしょう。
現状の焦点は、ルトニア王国がアンドラ公国にどのような交渉を行うかという一点に絞られます」
「アンドラ公国の回答次第では、戦に至る可能性もある、ということですな」
フーバーは場を見渡し、さらに言葉を重ねた。
「もう一つ、可能性が残っています。
我ら商都ハンザが二国間の調停を行うことです。
二国に任せて戦争となっても我らは利益を得られるでしょう。
しかし、我らが調停すれば、さらに大きな利益を得られる可能性があります」
彼は視線を評議員に巡らせながら続けた。
「幸い、交渉に長けたバーンズとシモーネを両国に派遣しています。
本来は二国に任せるべきことですが、皆さまが異論なければ、最終手段として和睦の調停をも視野に入れるよう、二人に指示を与えるつもりです」
いずれにせよ、事態の行方を左右するのはルトニア王国とアンドラ公国との交渉である。
その場に立ち会うバーンズ、シモーネが、どのような報告をもたらすのか、評議会の誰もが耳を傾けずにはいられなかった。




