【039】ルーク王子、帰還と決戦の朝
ルークは馬を走らせながら、自分がいかに幽閉生活に退屈していたかを、今さらのように実感していた。
身体を風が打ち、胸の奥から解放感が湧き上がってくる。
ふと後ろを振り返る。今はまだサイサリス公国の城壁。
だが、明日にはルトニア王国の城壁となるだろう。
そう思いながら、ルークは夜空の下にそびえる王都の城壁を見上げた。
三人は数刻のあいだ馬を走らせ、やがてリアム侯爵の軍勢と合流を果たした。
その姿を見つけた兵たちは次第にざわめき始め、やがて大歓声が巻き起こる。
誰かが「ルーク!ルーク!」と声を上げたのをきっかけに、周囲の兵たちも次々に呼応し始めた。
「ルーク!ルーク!」
その名を呼ぶ声は雪崩のように広がり、ついには一万五千の兵全体が叫ぶ大合唱となった。
夜の静けさを打ち破るその声に、ルトニア国軍は熱気に包まれた。
ルークはその声に応えるように松明を掲げ、馬を駆けた。
彼が通り過ぎるたび、声はさらに大きくなっていく。
このまま一晩中続くのではないかと思われたその熱狂も、ルークが手を上げて静まるように合図すると、一転して静寂が訪れた。
「皆の者、ご苦労である!」
ルークは馬上から、兵士たちに向かって大きく声を張った。
「見ての通り、私は無事だ。
一度はサイサリス公国の手によって滅んだルトニア王国。
だが、今ここにいる皆と共に、王都に巣くうあの者たちを追い払い、我らの王都を取り戻す!」
その言葉に、兵たちは大きな声で応えた。
歓声が夜空にこだまし、地を揺るがすほどに響き渡る。
「明朝、朝日とともに王都へ攻め入る。
打つべき手はすでに打った。安心して戦ってくれ。
そして、今から明日の朝までの休息こそが、お前たちにとって最も重要な任務だ。
明日の夜は、王都の中で勝利を祝おう!」
兵士たちは一段と大きな声で応じ、「ルーク!ルーク!」の叫びが再び夜を包み込んだ。
その声に背中を押されるように、ルークは思わず演説していた。
そして、それは心からの言葉でもあった。
歓声がひと段落した頃、リアム侯爵が馬を降りてルークのもとに近づいてきた。
その大きな瞳には、安堵の涙がにじんでいる。
「ルーク王子、よくぞご無事でした」
地面に跪き、見上げるリアム侯爵の肩に、ルークは静かに手を置いた。
「リアム侯爵よ、この度の働きは見事であった。
そなたがいなければ、このような反撃の機会は得られなかったであろう。
その働きはまさしく忠臣のものだ。
王都を奪還した暁には、ルトニア王国兵を取りまとめた功績にふさわしい処遇を約束しよう」
「勿体ないお言葉、身に余る光栄にございます」
リアム侯爵が頭を下げると、ルークは続けて問いかけた。
「さて、明日の作戦については聞いているか?」
「はい、詳細も確認済みです。
チェド城攻略には、正規兵千、徴募兵二千、徴収兵二千、合計五千を先行させます。
本軍は正規兵千、徴募兵三千、徴収兵六千、合計一万。
これを三分割し、西門・北門・南門の三手に展開する手筈となっております」
「よし。話したいことは山ほどあるが、今は身体を休めよう。移動の際に改めて説明するつもりだ」
リアム侯爵は無事なルーク王子の姿に、心から安堵していた。まだまだ語りたいことはあったが、今は明日の決戦に備えるときである。王都を取り戻すその瞬間のために、すべてを懸ける。
こうして将兵たちは、興奮冷めやらぬ中で眠りについた。
興奮してなかなか寝付けない者もいたが、明日のために眠ることこそが、今できる最大の務めだと自覚し、身体を休めるよう努めた。
朝日が昇るまでにはまだ数刻あり、辺りは暗いままだった。
その中でルークは目を覚ました。
久しぶりの野営だったが、しばし目を閉じて身体を休めたことで、爽快な気分で目覚められた。
その爽快さは、休息を取ったことだけが理由ではない。
オリバー大公がすでにこの世を去り、これからの未来を思い描けるようになったことも大きかった。
ルークはゆっくりと身を起こし、天幕の外へ出た。
見張りの衛兵が立っており、ルークはリアム侯爵に軍議の開催を伝えるよう命じた。
自らは一番大きな天幕へと向かう。
すでに多くの兵士たちは起きており、出陣の準備を進めていた。全ての武将が天幕に揃うまで、それほど時間はかからなかった。
彼らは皆、ルーク王子が王都から無事に脱出し、リアム侯爵と合流するのを心待ちにしていた。
「では、ルトニア王国再興の準備を始めよう」
ルークの言葉に、リアム侯爵、ラルフ子爵、そして他の十名ほどの武将たちが一斉に頭を下げて応じた。
戦ではなく「準備」と言った言葉の選び方から、彼がすでに勝利を確信していることが感じ取れた。
「では、私の方から現状についてご報告いたします」
ラルフ子爵が立ち上がり、説明を始めた。集まった武将たちにとっては、すでに知っている内容ばかりだったが、これまでの経緯を改めて共有することで、これから取るべき行動を明確にする意図があった。
「昨夜、王都を占拠していたサイサリス公国のオリバー大公は死亡しました。
間もなく夜が明け、その事実が知れ渡れば、サイサリス公国軍は混乱の極みに陥ることが予想されます。
その混乱の中、我々、ルーク王子を戴く軍が攻め込むのです。
現在、兵力差はほとんどありません。
当初、サイサリス公国軍は三万名を擁していました。
そのうち傭兵団五千名は数日前に王都内で問題を起こし、帰国の途にあります。
また、エデッサでアラスター侯爵が四千名で挙兵したことにより、その鎮圧のためにビアトリクス公女が一万名の兵を率いて出陣しました。
これまでの戦闘による損耗も考慮すれば、王都に残るサイサリス公国軍はおよそ一万三千名。
そのうち正規兵は四千ほどと見られます。
さらに、王都内では民衆による暴動が発生する見込みです。
我々はその民衆の後押しを受け、地理に明るいこの王都で戦うわけですから、勝利は必然であると考えています」
参加している武将たちは、満足げに頷いた。
ラルフ子爵はその様子を確認し、ルーク王子と共に練り上げた作戦を語り始める。
「これよりご説明する作戦は、私が単独で立案したものではありません。
ルーク王子と共に幾度も話し合い、知恵を出し合って練り上げたものです。
その点を、まずは明確にしておきたいと思います」
そして、やや声を落としながら続けた。
「勝利は必然です。
しかし、ただ勝つだけでは不十分。
サイサリス公国軍を王都から追い払い、残る一万三千の兵を再起不能なまでに追い込む必要があります。
もちろん、本日、すべてを終えるのは難しいでしょう。
しかし、ルトニア王国を再興した後にサイサリス公国、コンラッド侯爵を滅ぼすことを見据えるなら、今のうちに可能な限りその兵力を削っておきたい。そのための戦いなのです」
ラルフ子爵はそこで一呼吸おき、静かに周囲の武将たちを見渡した。
誰ひとりとして動揺する者はいなかった。
むしろ、すでに彼らも同じ未来を見据えているようだった。
その空気を確かめるように、ラルフ子爵は再び思考を言葉に乗せる。
王都を奪還するだけであれば、すでにオリバー大公は亡くなっており、それ自体は困難なことではない。
だが重要なのは、撤退を図る敵兵を、いかに効率よく削り取るかである。
戦火を最小限に抑えながら、最大の戦果を挙げる。
そのためには、目的と手段を明確に分け、今後の脅威を確実に取り除くことに集中しなければならなかった。
もはや「王都奪還」は最終目的ではない。
この場には、次の国王たるルーク王子がいる。
一方で、サイサリス公国軍はすでに指揮をとる者すら失っており、組織的な抵抗は望みにくい。
もちろん、我らルトニア王国軍も万全とは言えない。
だが、今の戦況が覆る可能性は限りなく低い。
だからこそ、目指すべきはその先なのだ。




