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【030】アーロン将軍、大公の信頼

軍議がようやく終わり、オリバー大公は私室に戻ると、なじみの部下であるアーロン将軍を呼び寄せた。


「アーロン、今回も手柄が少なかったようだな」


いつもの厳しい表情とは打って変わり、柔らかな笑みを浮かべながら、古くからの友人をからかうように言った。

それは叱責ではなく、冗談まじりの穏やかなやり取りだった。


「オリバー大公、大変申し訳ありません。

いつものことながら力不足で、大公が望むような働きはできませんでした」


アーロンはあくまで部下としての立場を崩さず、礼を尽くしてそう答えた。


それを聞いたオリバー大公は、


「アーロン、わかっていて言っているのか?今は二人きりなのだぞ」


そう言って目を細めた。

それは怒りというより、怒りの演技をしようとしているようにも見える表情だった。


アーロンは、大公の許しを待つこともなく、彼の前に置かれた椅子へ静かに腰を下ろした。


そして、普段は寡黙なその男が、ふと口を開いた。


「おかしら、いつものことですよ。

こうして生き延びているのですから、勘弁してください」


まるで昔に戻ったかのような口調だった。


そうした会話を楽しみたかったのか、オリバー大公は表情を明るくしながら言葉を続けた。


「今回のルトニア王国攻略では、多くの若い武将たちが手柄を挙げた。

そのうち、お前もどんどん追い抜かれていくことになるぞ。

いいのか? アーロン。

お前は今までも、それほど大きな手柄を立てたことがないのだからな」


「今さらですよ」


アーロンは肩をすくめるように笑いながら続けた。


「これまでやってこなかったことを、今になって急に変えても、きっと良い結果にはなりませんよ。

若い武将たちが私を追い越していくのは、サイサリス公国がますます強くなっている証でしょう?

それは喜ぶべきことだと思っています」


その言葉に、強がりの色はなく、心からそう思っている様子だった。


「それはそうだが、お前はそれで良いのか。

私はお前の堅実な戦いぶりを誰よりもよく知っている。

だからこそ、出世させてやりたいと、本気で思っているのだぞ」


オリバーの静かな言葉に、アーロンは笑みを浮かべながら応じた。


「それは光栄なことです。

大公、いや、大陸一の出世頭にそう言われると、さすがにその気になりそうですよ。


でも、私は自分の力を分かっているつもりです。

若い連中とは違うということも。

それに、これで十分、幸せを感じているんですよ」


オリバー大公は、じっとアーロンを見つめた。

その顔に、嘘はなかった。


人前では滅多に口を開かない男が、こうして二人きりになると、まるで昔に戻ったかのように話し出す。

かつての戦友としての顔と、大公の前での姿。

アーロンは、それをきっちりと使い分けていた。


「先ほどの、ビアトリクスとダレルのやり取り、お前はどう思った?」


オリバー大公は、特に深い意図があったわけではなかった。

ただ、ふとアーロンの意見を聞きたくなったのだ。


アーロンは、軍議の場では常に寡黙な存在である。

その姿勢はもはや周囲にとって当然のものとなっており、最近では発言を求められることすらなくなっていた。


だが、昔から彼は重要な軍議の場には必ず姿を見せていた。

そして、いざというときには、確かな判断と重みのある一言を発する男でもあった。

そのため、周囲からは一目置かれる存在となっていた。


「あれは、ダレルの野郎が手を抜いてるんですよ。

奴が本気になれば、傭兵団の連中があんな真似をするはずがない。


でも、あれだけの戦果を挙げたんですから、少しくらいはうまい汁を吸わせてやりたいって思ってるんでしょうな。

だから、あえて目をつぶってる。そんなところだと思います」


アーロンはそこで一息つくと、話題を変えるように続けた。


「それに比べて、大公の娘さんは、ずいぶん生真面目じゃないですか。

大公がひと言、注意してやれば済むことを、あの子は自分で言わなきゃ気が済まない。

父親に似たと思えば、違うところもあるもんです。

その違いが、あの責任感の強さなんでしょう。まだ十八歳でしょう?

だったら、もう少し褒めてあげてもいいんじゃないですか」


「ふむ」


オリバー大公は静かに頷いた。

表情には出さなかったが、アーロンが自分に意見するとは珍しい、そう感じていた。

そして同時に、もう少しビアトリクスを褒めてやるべきかとも考えた。


オリバーは、生来「自分で何でもできる」と信じて疑わない人間だった。

だからこそ、他人に期待することが少なく、ましてや自分の娘の行動を「良くやっている」と評価する視点も持っていなかった。


ビアトリクスが軍議を取り仕切るのは当然、そう思っていた。

彼女が十八歳という年齢であることも、自分が十五歳から戦場に出ていたことを思えば、特別視する理由にはならなかった。


それでも、アーロンの言葉の端々に、どこか引っかかるものがあった。

だが、その違和感をわざわざ口にする必要もない。

アーロンの見方を否定する気もなかったし、何より、オリバーは彼にだけはどこか甘かった。


「アーロンがそう感じたのであれば、今後、考えていくことにしよう」


オリバー大公は、それだけを答えた。


彼にとって、アーロンという男は今のままで十分だった。

目立った手柄を立てるわけでもなく、大きな失敗をするわけでもない。

だからこそ、「何もしていない」と評する者も多い。


それでも、オリバーは覚えていた。


過去に二度、サイサリス公国、いや、まだ「サイサリス領」と呼ばれていた頃、軍全体が大敗の瀬戸際に立たされた戦があった。


そのとき、窮地に陥ったオリバーが真っ先に地図で確認したのは、アーロンの布陣している場所だった。

言葉にしたことはないが、あの男のいる戦線だけは崩れていないと、いつの間にか確信するようになっていたのだ。


アーロン本人は、おそらく気づいていない。

だが、オリバーはわかっている。あの戦で自らが命を拾えたのは、結果としてアーロンの存在があったからに他ならない。


今はまだ、その功を公にするときではない。

だが、いつか必ず報いる。オリバーはそう、静かに心に刻んでいた。

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