【031】ルーク王子、再興の四段計画
後に黒蜘蛛戦争といわれた、ひとつの戦争。
それは、サイサリス公国がルトニア王国に攻め込んだ事から始まった。サイサリス公国に物語があれば、当然、ルトニア王国にも物語があった。
そして、ルトニア王国の物語は、動きを止めること無く、進んでいた。
捕らわれていたルーク王子の、思考と考えが解き明かされる。
サイサリス公国軍の軍議から、五日が過ぎていた。
ルーク王子が捕らわれてから、すでに一か月を超えていた。
ルークは、軟禁生活にも次第に慣れつつあった。
サイサリス公国の情勢はハンナが、旧ルトニア王国の動きはラルフ子爵が、それぞれ報告していた。
そのおかげで、ルークは部屋にいながら外の状況を把握できていた。
その日も、ラルフ子爵は隠し通路を使ってルークの部屋を訪れていた。
ハンナが二人にサイサリス公国軍の軍議について報告し終えると、ルークは窓の外を眺めたまま尋ねた。
「サイサリス公国は、王都をうまく治めているようだな」
「そのようです。
一部の傭兵団の振る舞いが目につくことはありますが、それ以外に大きな混乱はなく、住民たちも新たな支配を徐々に受け入れ始めているようです」
当初こそぎこちなかったハンナも、日を重ねるごとにルークとの距離をつかみ、今では長年仕えてきた者のように自然に振る舞っていた。
サイサリス公国の兵士を装いながら、ルトニア王国のために働かなければならない。
その難しい立場を受け入れ、自らの役割を真摯に果たしていた。
彼女の報告を聞いたラルフ子爵は言った。
「思った以上に、サイサリス公国はうまくやっていますね。
裏切り者のコンラッド侯爵も、ベネット侯爵を抑え込んでいます。
統治機構も機能しており、ローガン侯爵とビアトリクス公女も、それぞれの役割を果たしています。
ただし、二人とも与えられた情報そのものを疑うまでには至っていません。
こちらが偽の情報を流せば、それを事実として受け取り、対応に動きます。
その意味では、やりやすい相手です」
「計画通りに進んでいるのか?」
「ええ、まったく計画通りです。
これほど手玉に取りやすい国も、そうはありません。
ルトニア王国再興計画についてですが、ルーク王子のおっしゃるとおり、四段構えで動いております。
第一段は、ダレル団長率いる傭兵団を王都から退去させることです。
第二段は、商都ハンザの南にあるエデッサ地域で、アラスター様を擁立して蜂起することです。
第三段は、オリバー大公の暗殺と、それを合図とした王都内での暴動です。
第四段は、リアム侯爵軍による王都奪還です」
「詳しく話せ」
「第一段階である、ダレル団長率いる傭兵団を王都から追い出す工作は、すでに実行に移しております。
王都に住むベイジル侯爵の屋敷を襲うよう仕向けてあり、近日中には騒動を起こすでしょう。
ハンナの報告によれば、傭兵団はすでに王都内でたびたび問題を引き起こしています。
そのため、近くサイサリス公国への帰国を命じられるはずです。
命令が下れば、彼らは王都を発つことになります。
王都からサイサリス公都までは五百三十キロあり、到着にはおよそ二十日を要します。
ひとたび帰国してしまえば、再び王都へ向かう理由はありません。
たとえ異変を知って引き返したとしても、王都へ戻るまでには、さらに二十日ほどかかります。
その頃には、すべてが終わっているはずです。
「第二段階である、エデッサでの蜂起もすでに始まっています。
ローガン侯爵のもとには、反乱の規模が二百名ほどだと伝わるよう仕向けました。
その報告を受け、鎮圧部隊一千名が出立しております。
エデッサ地域までは、およそ三百キロあります。
正確な報告が届くのは、まだしばらく先となるでしょう。
ですが実際には、正規兵四百名、徴募兵六百名、徴収兵三千名、合わせて四千名が蜂起しています。
三千名もの徴収兵が集まったのは、嬉しい誤算でした。
この蜂起の目的は、王都から兵力を引き離すとともに、周囲の耳目をエデッサへ集めることです。
エデッサに注目が集まれば、本命であるリアム侯爵が動きやすくなります。
第三段階である、オリバー大公の暗殺についても、すでに準備を進めています。
娼婦としてオリバー大公の寝所に出入りしている女を通じ、いつでも実行に移せるよう手はずを整えてあります。
成功の確率が最も高まるのは、王都が混乱している最中でしょう」
「暗殺を合図に、王都で暴動を起こすのだな。
確かに、最も効果的な瞬間に仕掛けるべきだ」
「第四段階は、リアム侯爵軍による王都奪還です。
フランク王国と対峙していたリアム侯爵ですが、ルーク王子とフランク王国の姫君との婚約を条件に、停戦を成立させました。
リアム侯爵は二万の軍勢のうち、五千を西部の守備に残しました。
残る一万五千を率いて、すでに王都へ向かっております」
「これで、四つの段階がすべて整ったわけだな」
「はい。
あとは、ダレルが率いる傭兵団を王都から追い出すことができれば、我らの動きを妨げるものは何もありません」
「よくやった。
あと少しで、この部屋での生活とも別れられるな。
そのときには、我が国からサイサリス公国の軍勢も追い払いたいものだ」
五日後、ついにサイサリス公国のダレル団長率いる傭兵団が、王都を離れることになった。
その直接の原因は、ベイジル侯の屋敷に押し入った事件であった。
サイサリス公国軍がルトニア王都を襲撃した際、ベイジル侯はいち早く恭順を示していた。
その屋敷まで襲ったことで、傭兵団の素行は看過できないものとなった。
関与した兵士たちは即座に捕らえられ、処刑された。
彼らの首は見せしめとして広場に晒されたが、実際には何者かにそそのかされ、襲撃へ駆り立てられていた。
この一件に激怒したオリバー大公は、傭兵団に帰国を命じた。
やがて城門から延びる街道を、装備を整えた五千の兵が黙々と進んでいった。
王都には緊張が走った。
一か月にわたって町を荒らしてきた者たちが本当に去るのか、それとも途中で新たな騒乱を起こすのか。
安堵と不安が入り交じるなか、人々は固唾をのんでその背を見送った。
その裏では、誰にも気づかれぬまま、張り巡らされた糸が一つの網を形作り始めていた。




