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【017】エルヴィスの視点、斜陽の王朝

ゼインがかつて草原で暮らしていたことに、一同は驚きを隠せなかった。

もっと詳しく聞きたかったが、当の本人が多くを語ろうとしないため、皆はやがて諦める。

話がひと段落したところで、ブーディカが口を開いた。


「エルヴィス、あんたはティモール王朝でサイラス商会に立ち寄ったことがあるんだろ?

ティモール王朝について説明してくれよ」


エルヴィスは少し考え、真面目な顔つきで答えた。


「姫様を連れていなければ、観光名所とか遊び場を紹介するところだけどな。

今回は事情が違う。政治的な話をしよう」


と前置きして、皆に聞こえるように説明を始めた。


「ティモール王朝は、かつては大国だった。それは知っているのか?」


「大国だという話は聞いたことがあるくらいだね」


「まぁ、ブーディカが知っているなら大陸でも有名な話だろうってことだな」


と言うと、ブーディカがエルヴィスを睨みつけた。それを見て皆が笑う。


「もっと分かりやすく言おう。


かつての領土には、いまのアンドラ公国やサイサリス公国も含まれていた。

つまり、この二つの国は、もともとティモール王朝の領地から生まれた国々なんだ。


だが今では、その領土は三つに分かれている。

アンドラ公国とサイサリス公国、そしてティモール王朝だ。


なぜなら、両公国とも最初はティモール王朝の王から任命を受けて成立した国だからだ」


皆の理解が追い付けるように、エルヴィスはゆっくりと言葉を区切って説明した。


「例えば、アンドラ公国のシュール大公だ。

彼は兄弟で争っていたが、最後にはティモール王朝の王から正式に任命されて、大公の地位を得た。


サイサリス公国のオリバー大公も同じだ。

彼もまた、王朝から任命を受けてその地位についた」


「それじゃ、アンドラ公国もサイサリス公国も、ティモール王朝に逆らえない。

つまり、服従しているってことなの?」


当事者であるビアトリクス公女が答えた。


「服従しているわけではありません。

実際、ティモール王朝の意向に従う必要はなく、ルトニア王国への侵攻も父の一言で決まりました。

ただし、私が大公として即位するには、本来はティモール王朝の任命が必要です」


エルヴィスが言葉を引き継いだ。


「とまぁ、そういうことだ。


ただし、ティモール王朝の実力となると話は別だ。

権威としての存在感は大きいが、実際にはその力でアンドラ公国やサイサリス公国を治めているわけではない」


話についていけなくなったエイナルが困った顔をした。

それを見たエルヴィスは、少し言葉を選びながら説明を続けた。


「いいか、エイナル」


エルヴィスは笑いを交えて言った。


「難しく言ったが、要はティモール王朝は、もはや二か国を治める力を失っているということだ。


ここからが重要だから、よく聞いてほしい。


今のティモール王朝は、実質的に二か国に対して何の力も持っていない。

実際に王朝を動かしているのは、王都サボーナのトリポリ公爵だ。

圧倒的な財力で王朝を意のままにしている。


ただし、これをよく思わない勢力もいる。南部を治めるリューベック辺境伯だ。

王朝には従っているが、公爵には表面上しか従っていない。


ティモール王朝を語るなら、この二人の名前を覚えておけば間違いない」


セミラミスが口を挟んだ。


「じゃあ、リューベックを通るときに辺境伯に頼めば、再興を助けてもらえるんじゃない?」


エルヴィスは苦笑して首を振った。


「それはできない。辺境伯は確かに名前を覚えておくべき存在だが、直接会える相手じゃない。

権威の上では、シュール大公も、亡くなったオリバー大公も、トリポリ公爵も、皆同格だ。

紹介状もなしに会ってもらえる相手ではないんだ」


セミラミスは肩をすくめて言った。


「でも、トリポリ公爵とリューベック辺境伯が仲が悪いなら、お願いできそうなのにね」


「俺らにとってだな。サイサリス公国の再興と彼らは関係ないだろう。


話を戻すぞ。


今のティモール王朝は、実質的に王家が直接治める領地を持っていない。

権威だけが残り、実際の統治はトリポリ公爵とリューベック辺境伯に分かれている。

そこにアンドラ公国、サイサリス公国が加わり、四つの勢力がそれぞれの地を治めているというわけだ」


セミラミスが困った顔をしているエイナルに向かって、軽く笑いながら言った。


「要するに、ティモール王朝っていうのは、ただの象徴に過ぎないってことらしいよ」


エイナルはその言葉を聞いて納得した顔をした。

それから少し困惑した表情で、もう一度エルヴィスに尋ねる。


「でも、どうしてそんな難しい話をするんだ?」


エルヴィスは真剣な面持ちで答えた。


「俺たちはサイサリス公国を再興しようとしているだろう。

再興した途端に、アンドラ公国やティモール王朝から袋叩きに遭うわけにはいかない。


だからこそ、王都サボーナにあるサイラス商会を通じて、既に取引実績のあるトリポリ公爵と、どうにか関係を深められないかと考えているんだ」


エルヴィスの話を聞いたセミラミスは、少し間を置いて答えた。


「でも、トリポリ公爵はアンドラ公国ともそれなりに良好な関係を築いているわ。

だから、私たちが王都サボーナに着いて、公爵にサイサリス公国再興のために力を貸してほしいと頼んでも、うまくはいかないでしょうね。

それよりも、私たちが王都に潜伏していることを知られる方が、よほど危険じゃない?」


「確かにその通りだ。だが逆に考えてみろ。

アンドラ公国は姫様を誘拐されたことを公にできない。

その弱みを抱えている以上、トリポリ公爵が必ずしもアンドラの肩を持つとも限らない。

状況次第では、そこに付け入る隙もあるはずだ」


ゼインは横でそのやり取りを聞きながら、どちらが正しいとも言い切れないと感じていた。

ティモール王朝の実権を握るトリポリ公爵に取引を持ちかけようとするエルヴィス。

現実的な視点から反論するセミラミス。

どちらの意見にも一理あると同時に、二人が頼もしい仲間であることを、ゼインは改めて実感していた。


二人の議論に耳を傾けつつ、自分の考えを整理したゼインが口を開いた。


「そこまでだ、エルヴィス。

俺たちはまだサボーナに着いたわけじゃない。今はまだ道中にすぎないんだ。


それに、アンドラ公国に残してきたモーゼルのことも気になる。

もし彼が捕らえられて、サイラス商会に疑いがかかれば、王都サボーナの商館も巻き込まれるかもしれない。


だから、まずは商館に入って情報を整理することだ。

そのうえで、どう動くかを決めよう」


皆の話を聞いていたビアトリクスは、それらすべてが自分に関わることだと理解した。

彼らは本気でサイサリス公国の再興を目指し、できることを惜しみなく行っている。

しかし、自分には何もできない。そのことが恥ずかしかった。


セミラミスやゼインに気づかれても、どうせ「気にするな」と言われるだけだろう。

だが、ビアトリクスはどうしてもそうは考えられなかった。


やがて一行はアンドラ公国領を離れようとしていた。

危険からは一旦解放される。

だがゼインによれば、アラモ城塞都市までは千五百キロもあり、到着までに二ヶ月はかかるという。

旅はまだ始まったばかりであり、これまでよりも、これからの方がはるかに長いのだ。

ゼイン・アグリウスの物語をここまで読んで頂きありがとうございます。


ティモール王朝でのゼインの出会いと別れ、草原部族の古い友人との再会、そして草原を抜けて、アラモ城に到着してサイサリス公国を再興する物語は、これからも加速しながら続いていきます。


次回からは、これまで語られなかった物語の裏側、サイサリス公国が滅びた理由や、ビアトリクスが友好国アンドラ公国に捕らわれるに至った経緯について触れていきます。


次回の更新は十二月二十八日を予定しております。当日も、十二月二十三日と同様に深夜から一日を通した更新を目指して執筆に励みます。引き続き、彼らの歩みを見守って頂ければ幸いです。


執筆の励みになりますので、もし少しでも「続きが気になる」「面白い」と思っていただけましたら、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆)で応援していただけると非常に嬉しいです。

皆様の応援が、物語を書き進める大きな力になっています!

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