布哇防衛戦-中
スプルーアンスは草鹿中将が考えた通りに動いた。
何せ、時間が足りない。機動部隊は三日程において戻ってくる。ならば、今日中に制空権を得、明日には上陸船団を上陸させなければ、思わぬ所で足を取られるやも知れぬ。
ここは矢張り思い切って攻撃を仕掛けるしかないか。スプルーアンスは心を決めた。
布哇基地はてんてこ舞いであった。なにせ米空母が攻撃を仕掛けて来る迄、一刻の猶予も無い。
陸軍、海軍共に飛行場にずらりと航空機を並べていた。陸軍、海軍両方に単発、双発機があった。
陸軍の双発機は百式司偵であり、海軍の物は攻撃機であった。一式陸上攻撃機及び『銀河』陸上攻撃機である。
『銀河』は最新式の一八○○馬力を発揮する誉発動機を装備している。今年より正式採用された新型陸攻である。双発機で有りながら、急降下爆撃、水平爆撃、魚雷攻撃の三種攻撃が可能な優秀機である。
陸軍側にも新たな機体はあった。四式戦闘機『疾風』である。この機体は独逸より輸入したBMW801D2エンジンを国内ライセンス生産した『遊星』発動機を装備している。
『遊星』は一七○○馬力有り、誉より馬力は小さいが、安定性においては上回っている。
帝国海軍も『遊星』を艦上戦闘機『烈風』に搭載しており、量産されているが、生憎『烈風』は全て空母の上にいた。その為、布哇の海軍戦闘機は全て零戦である。
宵闇の飛行場に発動機の爆音が響き渡る。一式陸攻、『銀河』、零戦が飛ばんとしていた。
布哇防衛戦では、敵は空母を使って来るので、海軍は敵空母への攻撃、洋上飛行に慣れていない陸軍は敵攻撃隊の迎撃、と自ずと役割分担されていた。
同じ頃、米空母でも発艦準備が進められていた。スプルーアンスは西方からハワイ島の飛行場を叩いた後に、北西に進み、オアフ島の飛行場を叩こうと考えていた。
空母部隊には、着艦時の失速問題が解消され、正式に採用されたF4Uコルセア戦闘機が搭載されていた。これはヘルキャットよりも、速度に優れており、搭乗員からの悪評は一先ず無かった。
日が明けると同時に陸攻と戦闘機が上空に舞い上がった。これは敵空母よりの攻撃時に被害を無くすと共に、偵察機からの報告が有り次第迅速に動く為であった。
帝国海軍は、百式司偵及び艦上偵察機彩雲の偵察を夜明け前より行っていた。
最初に偵察をせねばならないことは、基地防御における弱点でもあった。相手は基地の場所等知っているので、偵察をしなくとも攻撃を行えるからだ。
併し、空母にも夜間発艦が原則出来無いと云う弱点が有り、この点ではいち早く航空機を発進出来る基地が有利であるとも云える。
陸攻の最後の一機が飛び上がると同時に、ハワイ島対空電探に敵影が写った。
一式戦闘機『隼』、二式戦闘機『鍾馗』、四式戦闘機『疾風』が、迎撃体制に入る。その直後、偵察をしていた『彩雲』から西方二○○浬にて敵艦発見との報告が入った。
その報告を聞くや否や、零戦と陸攻は一旦北方へ、敵攻撃隊を迂回しつつ敵艦を目指し大空を駆けた。
迫り来る米軍機に日本軍機が立ち向かう。『隼』、『疾風』がコルセアを巻き上げ、『鍾馗』、残りの『疾風』がヘルダイヴァー、アヴェンジャーを攻撃する。
『疾風』は、速度ではコルセアに劣っていたが、格闘性能では勝っていた。更にはコルセアの装備していない二○粍機銃を装備していた。
又、コルセアは護衛機であるが故に、思った様に一撃離脱をかけられず、空戦は帝国陸軍が完全に優勢でいた。
併し、それでも圧倒的な数の米軍機は、帝国陸軍の壁をすり抜け、ハワイ島飛行場に爆弾を次々と落として行った。
米空母部隊はこの間、北西へ針路をとっていた。続けてオアフ島へと爆撃を仕掛ける為である。
艦隊上空には、これ迄二、三度日本軍の偵察機が来ているが、直掩隊のコルセアによって追い払われている。
「レーダーに感有り。敵大編隊方位一五○より接近!」
レーダー員よりの報告をうけ、スプルーアンスは空母部隊に迎撃を行う様に指示を出した。
当然米空母に向かっているのは、オアフ島、ハワイ島より離陸した一式陸攻、『銀河』及び零戦である。
帝国海軍より十分に高度を取って、此方に向かって来ているコルセアに気付いたのは、武藤金義少尉であった。
武藤少尉は、無線で敵機発見を知らせた後、一番に敵機編隊に突っ込んで行った。
コルセア群も武藤少尉機の接近に気づき、これを撃墜しようとしたが、弾丸が一行に当たらない。コルセアは逆に武藤少尉に後ろに着かれ、一三粍機銃を受け、撃墜された。
武藤少尉小隊に続き、次々と零戦が空戦に加わり、忽ち乱戦となった。
コルセアを後方から狙う零戦、それを更に後方から狙うコルセアを横合いから零戦の機銃が貫く。その零戦も別のコルセアに落とされた。が、そのコルセアを更に後方にいた零戦が撃墜した。
下方を飛ぶ陸攻に攻撃を仕掛けるコルセアもいるが、直進運動をした瞬間に零戦に喰いつかれ、落ちて行った。
それでも速度に優れるコルセアは、一撃離脱を繰り返し、陸攻の戦力を確実に削っていった。
コルセアの壁を突破した一式陸攻と『銀河』であったが、出撃時の美しい編隊は見られず、虫食いの様に所々が欠けていた。
残った機体も、銃痕の見られる機体が多く、まさに満身創痍と云った状態であった。
その満身創痍の陸攻を高角砲と機銃の嵐が襲った。
『銀河』はこの時、五○○瓦爆弾を装備しており、魚雷を装備した一式陸攻と爆雷同時攻撃を仕掛けた。
古賀大将は送られてきた報告に、思わず目眩が起きそうになった。一式陸攻の三分の二、『銀河』の半数が未帰還となっていた。残った機体も無傷の機体は無く、殆どが銃痕があった。
「送られてきた情報は何処迄信頼出来る?大型空母一隻撃沈、大破三隻、中破二隻、小破以下三隻、中型空母二隻撃沈、三隻大破確実。とあるが」
古賀大将に問われた草鹿中将が答える。
「只今精査中ですが、可也の重複が有ると思われます。何せ対空砲火が凄まじく、ろくに戦果確認も出来なかったらしいですから。大型空母に限りますと、恐らく撃沈は一隻大破が一隻、中破以下も二隻程度と」
「そんなに悪いのか……」
古賀大将は呻く様に言った。布哇全勢力をかけて行った攻撃が損害ばかりが大きく、戦果は然程多く無かったのだ。
「一先ず、第二派攻撃隊に任せましょう」
航空甲参謀、大西瀧次郎中将はそう言った。
ミッドウェイより、駆けつけた一式陸攻と、使用可能であった第一派攻撃隊の残りを第二派攻撃隊として、先程出したばかりであった。
だが、此方の攻撃ばかりでは無い。オアフ島の対空電探に敵影が写った。との報告が届けられたのはそのすぐ後のことであった。
「ここからが正念場だな……」
古賀大将はそう独りごちた。




