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今日という日  作者: 誓約者
京のおはなし
13/30

聞こえる声だけでも彼は救いたい

「何があった?」

 城の最上階の一室。白一色に染められた部屋で、社長室に有るような豪華な席についた男は、目前で跪いて怯えた兵士を見る。

「は」

 問いに兵士は短い返事を返す。

 腕には緑の腕章が巻かれ、兵士の中でも士官と呼ばれた位の人物だった。

「街の東で数百人の組織的な暴動が起きました」

 聞いて男は頬杖をつくと、面倒そうなため息をつき、こけた頬をぽりぽりと掻く。

「現在、第一から第五部隊を応戦に向かわせました」

「……」

 士官の頭を鋭い眼光が見る。

 ぶるぶると震えた指先に顔面の汗が収束した雫がぽたりと落ちた。

 厳粛な空気に満ちた空間。いや男が満たさせている。

 他人を圧倒する威圧が士官に無駄な言動をさせぬようにしていた。

「-隊長!」

 突然、厳かな静寂を壊すように背後の扉が解き放たれ、一人の兵士が飛び込んできた。

「無礼な!ヒディアス様の御前だぞ!」

 士官は体を起こし、息を切らした兵士を叱咤する。

「ぶ、無礼をお許し下さい!」

 士官の隣に並び、跪く。

「…何があった?」

 眉をひそめヒディアスと呼ばれた男は問いかける。

 兵士は顔を伏せ、大声で発言した。

「侵入者です!」

「な…」

「………」

 兵士の一言に士官は言葉を失い、ヒディアスは眉を戻した。

 そして納得したように全体重を背もたれに預ける。

「人数は確認してるのが二名。一名は不明ですが一名は……」

「クルーエル・ハーツ、だな…?」

 兵士と士官は驚きの形相でおもてを上げる。

 断定したヒディアスは口を開く。

「…違うのか?」

「い、いえ…その通りです…」

「……やはりな…」

 呆然とする二人に見られながらヒディアスは右手で口元を隠す。やがて思想的な眼差しをし、歪んだ笑みを浮かべた。


  *


 京は兵士の懐に飛び込み、真横に大剣を振った。

「ぐっ…!?」

 多少の呻き声を漏らし兵士は壁に叩きつけられる。

「陽動成功したのか……?」

 余りに多過ぎる兵士を相手にして、京は訝しげな表情をした。

 振り向いて人形のごとくピクリとも動かない兵士達を見る。おおよそ両手では足りない数だろう。

 大剣の腹で殴っているため、ただ失神しているだけだがここまでくると若干の罪悪感が湧いてくる。

 心の黒い部分を感じながら、気絶した兵士達の回廊の真ん中で一人乱舞する来葉を眺めた。

「……第一楽章、雨の前奏曲レイン・プレリュード…!」

 彼の銃が億千の弾を吐き出し、迫っていた兵士の一団を一掃した。

 度重なる銃音が回廊を駆け抜ける。

 一団が全員倒れたのを見届けると身を翻し、京の近くに駆け寄る。

「…行くぞ」

 そのまま京を追い抜き、コートの後ろ姿を京が追うことになった。

 来葉は二、三歩進むと立ち止まり上を見上げていた。

 京も追いつき見上げる。

「……これは…」

「螺旋階段、だな」

 さもとぐろを巻くように天空に階段が吸い込まれていた。見ているだけで気が遠くなりそうだ。

 無意識に京の口からため息が漏れる。

「違う…あれは……」

 来葉は否定して無感動な目を凝らす。

 そして空気を伝いそれが聞こえると危惧する理由は明確になった。


「グルアアアアアアァ!!」


「!?」

 雄たけびに地面が揺れている。果敢で理性を失った低音の奇声はまさに京たちの上から降っていた。

「あれも影なのか…!?」

 信じられないという表情でそれを見る。

 下界にいた影より大きく、おぞましい殺意が何倍にも伝わってくる。だがそれさえも圧倒したのはその容姿だった。

 ほとんど人間の形だ。

 口も、腕も、足も、首も、心も、命も、殺意も、苦しみも、感覚も。全部がこの影たちには備わっている。


 ―あいつが苦しんでいる。


「いたぞ!」

「!」

 背後からの声に京の意識が現実世界に帰還する。

「いくぞ…」

 来葉が低く呟き、京より先に螺旋階段に足をかける。軽快に段を上がる音が空洞の吹き抜けにこだまする。

「…どうした?」

 数段昇り、京の足が動いてないのに気付く。

 俯いたわけでもなく手にした大剣を悲しげな目で見ている。

 後ろには兵士の一団が迫っている。聞こえないほどの小さく舌打ちをして来葉は口を開いた。

「……死にたいのか!貴様が全部終わらせるんだろ!」

「…わかってる!」

「…!?」

 予想外の返答に心の中で驚く。

 理由を模索しだすと京が螺旋階段を駆け上がりだした。

「グルウウウアアアアア!!!」

「黙れ」

 振り向きざまに氷の銃が発砲する。数センチまで迫った影は左右にふらつき、吹き抜けに落ちていった。

 程なくして京が追いついたのを確かめると来葉も再び階段を駆け上がり始める。

「…なにがあった?」

 客観的に見て、来葉の推察はここに行き着いた。

「………聞こえたんだ」

「聞こえた?」

 口後もリ気味な説明に鸚鵡おうむ返しに問い返す。

 重い大剣の刃を空洞にさらし、京は目を伏せがちに答える。

「聞いたことないんだけど……懐かしくて…苦しんでいる声色だった………」

 ちらりと京を見る。顔色が悪くなっている気がする。

 気取られぬ無表情をつくり、次々と迫り来る影に銃口を合わせる。

「…なんて言ってたんだ?」

 来葉は問う。

 京は左手に抱えた大剣を見て、いいにくそうに答えた。

「……たすけて……」

「……」

 消え入りそうなか細い声だったが、来葉の耳には確かに聞こえた。

 今もその言葉が聞こえているらしく影が殺されている瞬間、過剰に反応している。常に足元だけを見て、目の前を見ていない。

 来葉の思考が高速で回路をつなぎ、とある仮定をつむぎだした。


 京にはまだ影の部分が残っている。


 元は同じ材料で作られた影だ。思考回路が残っていれば言葉も共有できるだろうし理解も可能だと考えられる。

 問題はそこではない。京の中で元が燻っているということだ。

 不意に京の顔をちらりと見る。

 このまま王に会わせてしまえば影に逆戻りになるかもしれない。とは言えこの仮定を伝えては精神的衝撃で再び自分の居場所を失うかもしれない。下手すれば、暴走する。

「………」

 来葉は聞こえないように小さく鼻を鳴らす。

 もしそうなったとしても、俺が始末すれば良いだけの話だ。

「グルウウウアアア!」「雑魚は引っ込め」

 無慈悲な一言に影は空洞を落下する。

 来葉が横を何もなかったように通り過ぎる。

 まさに、その時を影は狙っていた。

「…ゥゥゥガアアアアア!!」

「な…!」

 落下する影は狙いすましたように来葉達の足場を粉砕する。

 コンクリートで形成されていた足場は脆く崩れ、体が不安定な宙に浮いた。

 出来うる速度で手を伸ばしても届かない。崩れた範囲と二人の跳躍を重ねると、もう一度渡ることは不可能。

 たった刹那の時間に幾多の仮定が否定される。やがては一つの事実が浮き彫りになり、突きつけられた。

 このまま落ちるしかない。

 階段が崩落するさまを渋い表情で見る。

 すぐそこにあるのに。あと少しで王の部屋に-!


「来葉!」


 力強い京の声が自分を呼んだ。

 顔を向けると、京は大剣の剣先を来葉の方向に向けていた。

 来葉は一瞬の沈黙し、理由を理解した。

 迷わず伸ばした小さい銃口の中心に刃先ががちりっ、と噛み合わさる。

 そして、筒から見える光がより煌めき-。


 発砲。


「っ!」

 二人とも吹き飛ばされ、壁に強く叩きつけられる。

 来葉は崩落した箇所より高い位置に着地し、直ぐ京の姿を見る。

 後ろ半身はんしんがコンクリートに埋まり、ピクリとも動かない。どろりとした赤い血が京の頬を伝う。

 来葉は緩慢な動きで銃口の照準を京に合わせる。そして、軽い音が銃からして、鈍痛が京の頭蓋に響き渡った、と思われた。

「った~…!生きてるわ!」

 大剣を持たぬ右手を振り上げ、京が抗議する。

 放射線状に入った壁の亀裂から衝撃が伺え、驚嘆する。

 生きとるわ、という発言から類推出来る現状理解能力の高さもだが、このままでは落ちるだけだと悟るや否や、来葉だけでも発砲の反動で上の階段に吹き飛ばす、という判断だ。

 咄嗟とはいえ来葉にはその考えが無かった。瞬間的とはいえ来葉の思考を越えた行動をした人を見たのは初めてだった。

 全身の毛が逆立つ。

「…東にも同じ階段がある。そっちを使え」

「………?」

 やけに口調が褪めていたように感じる。

 京が問い返す間もなく、来葉は階段を上の方へ駆け上がっていった。

「……って一回下に降りなきゃいけない?」

 我に戻り、自問自答してため息をつく。

 コンクリートにのめり込んだ体を起こし、突き刺さった大剣のを握る。

「グゥァアアアアア!!」

 下から空気を振るわせる殺意が聞こえてくる。紛れて兵士も何か会話しているみたいだが、殺意が音声を塗りつぶし、京の耳にまで届かない。

 徐々に壁がぼろぼろとこぼれ、大剣が引き抜かれる。

『…だれか…ころして。わたしを……ころして!』

 苦しんでいる影の声。

 考えるより早く体は吹き抜けの中を落下していた。重力に身を任せ、強くなる向かい風を全身で受け止める。

 視界の中心に黒い点を見つけ、重い大剣の剣先を床に向ける。

「…すぐ、助けてやるよ…」

 本心から呟き、目を細める。

 みるみるうちに点は拡大し、人型の凹凸が見え、床に高速で体が叩きつけられ、辺りを巻き込む粉塵が巻き上がった。



  *



 広々とした王の間にヒディアスは相変わらず椅子に座ったままだった。

 既に兵士達は戦地に赴き、独りきりになっていた。

 喧騒から離れた静寂。

 自分の呼吸音がやけに大きく聞こえる中でヒディアスは目を閉じていた。

 まるで誰かを待つような静寂。

 そして、待ち人は直ぐに訪れた。

「…来たか」

 呟くと同時に正面の大きなドアが解き放たれる。「……ヒディアス・ベルンだな」

 押し固められた殺意が自分に向けられる。

 非常に滑稽で不似合いな言葉に口角が上がる。

 目を開けば想像通りの人物が立っている。

 水色の拳銃を両手に持ち、深淵より深い黒色のコートを羽織り、考えが読めない無情の瞳で眺めている。

 確か、彼はこう名乗っていたはずだと思い出す。


 -冷酷な命クルーエル・ハーツ









読んでいただきありがとうございます


人型の影-上界と下界の空気の差


王の間-広々としている。大体八十畳。


『たすけて』-影の声。京が影だからか。それとも…。


吹き抜けに体が-約五階相当から落下


来葉真一クルーエル・ハーツ-言動が危なくなった


浮刃京うきはけい-粉塵にまみれ行方不明


ヒディアス・ベルン-上界の王。来葉達の敵になる。

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