真実は嘘に紛れているから気をつけて
深い夜闇が等しく辺りを包み込んでいた。昼間の喧騒は幻のごとく消えうせ、無音の静寂が基地の中を闊歩していた。
例外なく京の元にも静寂は来て囲んでいた。
会議中は気にならない冷暖房の音が誇張ぎみに会議室の隅々に拡散する。
明日は王を殺す。そのための会議がここで行われた。
カーテンの隙間から進入した細い月光が頼りなく部屋の中を照らしている。朧に浮かぶ会議室内の風景。
うっすらと月光の色に染まった会議室内で、京は先ほどから自分を見ていた。
睨むような鋭い目で、哀れむような慈しみの目で、沈黙する自分と向き合っていた。
「……何なんだ?」
突如の呟きは響き渡った。
京は自分には問うていない。言葉の行き先は鏡に映るもう一人の自分だった。
緊張する自分を落ち着かせるとか、自分が人でないことを再確認するわけではない。
ただ他人に問いかけているのだ。分からないから問いかけているのである。
勝手に全身の感覚が冴えているのがわかる。冷暖房による空気の震えも、手にとるように分かる。
明日は王を殺す。大切な日である。
だからこそエイルが話したことが頭から離れなかった。
泊制戦争。
エイルは京の大剣を見ると、この話をした。
今から三十年前に始まった十六年間の戦争。
現在の王国の軍、泊軍と制約者と呼ばれた制軍との長い戦争。
「…その中で制軍を率いた制約者がシル・キョウだったんだよ」
「キョウ…!?」
聞き覚えのある名に京は目を丸くする。
「彼は…戦争当初で真っ先に泊軍に処刑された」
「な…」
京は言葉を失う。
単にそれは京の中の彼は死人だと暗に示唆していた。
だが驚く本心の他に頭の片隅にいた冷静な京は矛盾点を見つけ口にした。
「処刑されたのに率いた……」
「あ~…それだけ聞くとやっぱ変だよね~」
困ったように口の端を歪めて説明する口調になる。
「処刑されたのをきっかけに制約者の活動が活発になったから、処刑を使って合図したっても言われてるんだよ」
事実は知らないけどさ、と付け加え大剣の腹に指先を置くエイル。
「だからキョウについてはよく残ってない」
つう、と左から右に指先を刃先の方向に滑らせる。
「紅髪に身の丈を越える大剣を持った青年。その剣には実存を示す文字が刻まれている。ある意味都市伝説だよ」
言ってから小さくエイルが笑い、指先が深く刻まれたExistenceをゆっくりと撫でとる。
信じられないがエイルの言ったことはキョウに当てはまり、そして同一人物だと確信する。
たった一人で荒野に立ち尽くす青年の姿を脳裏に浮かべ、その悲しげな表情をなぜかここでは疑問と捕らえなかった。
「…何で今この話を?」
会話が終わりしんとした中で京は問う。エイルは背もたれに寄りかかり大きく両手を天に伸ばした。
「これを見たからかな。ほんと話とそっくりだから、それだけだよ」
そう静かに笑った。
「…お前は何なんだ?」
再び彼に問う。
制約者シル・キョウ。それは判っている。彼もそれは承知しているはずだ。
穏やかに夜闇が濃くなる中で月光を受け止めた大剣は不気味に煌いている。
キョウはなにも言わない。
答えられないのではない。ただ答えないと直感で判る。記憶させぬほどにこの身に巣食っているはずなのに答えられないはずはない。
ただ、答えないのだ。
「……なんでこの体に居る。なんで俺を助ける…。なんで俺の中で生きてんだ……!」
怒りが歪んだような声で無感情な目に問いかける。
されど答えは返ってこない。
無情に響いた残響が耳に残り、その他の雑音は把握できない。足を伝い闇が心の奥まで蝕む感覚が全身の集中を邪魔する。
―ただの静寂がキョウの答えと気付いたのは、それから間もないときだった。
*
騒々しさは既に消えており、辺りは静かな空気に満ち足りていた。
陽光に手をかざし感覚を確かめる。特に異常はない。
次に壁にかけられた大剣を手に取り、幾度と振り回す。空を切る音が虚しくこだまする。
「………」
いつもより大きく聞こえたノック音に素振りを止め、木目調の扉を見る。
直ぐにその扉は開かれ無感情な顔が見えた。
「…準備は出来たか?」
抑揚のない声で彼は問う。
「ああ…」
対して気のない返事を自分は返す。大剣を体の中に収め、彼の元へ歩く。
「じゃ、いこっか」
彼の隣にいた彼女が明るく言って、自分を先導する。
彼は目の前を通り過ぎる自分を見た後、会議室にちらりと目をやり、京の後を追った。
誰も居なくなった会議室には大きく亀裂が入った鏡だけが取り残されていた。
*
白昼。街中を堂々と歩く来葉と腕組みして幸せそうなエイル。それを褪めた目つきで後から京が眺めさせられていた。
「……そういや、なんで俺が王を倒さないといけないんだ?」
思い出したように京が発言する。
本当ならば昨日のうちに聞いておくべきことだろうことだが、会議の空気から聞けるわけなく聞きそびれたままだった。
投げかけられた問いに来葉が半分だけ顔を向け、ゆっくりと正面に顔を戻し口を開く。
「…言ってなかったか?王が影を生み出しているからだ」
「だったら仕組みだけを壊せば……」
「あ~…ちょっと違うんだよ」
「…………違う…?」
困ったように言うエイルは笑顔の口の端を歪める。
疑問として言葉を問い返す京にエイルはさらっと言った。
「正確には王の心臓に影を生み出す機械を埋め込まれてるんだよ」
「!!」
京の足音が止まった。
「どこかに置けば破壊される。誰かに頼めば裏切られる。当然の選択だな」
前に進む来葉が褒める気がない声色で呟く。
立ち止まった京は初めて街中の光景を注意して見回した。
すれ違う二人は仲良さそうに談笑している。道端に出ていた婦人は花壇の花に水をあげている。
警官の服装をした男は悪戯をする子供たちを叱り、住民に笑顔を振りまいている。
絵にかいたような平和な街。
この街を創った人間が下界を滅ぼさんとしている。
京は頭の中で何回も繰り返したが、とても信じられない光景がここにあった。
「…王を殺さない方法は探しつくした」
歩く来葉の一言で京の視線は再び来葉に向いた。
「……戦う理由は判ったか?」
こつこつという靴音に紛れながら来葉が顔を覗かせ問う。
京は俯いたまま小さく首を縦に振り再び歩き始めた。
「…そろそろか」
そう呟くと来葉は足を止め、不意に見上げた。
京も気付いて見上げてみるとビルのような立方体の建物が建造されていた。
「……京、ここが王国を統べる城だ」
来葉が振り向いて京に言う。
同時にエイルがさびしそうに腕組みを解き、両手を前に組んだ。
「ここが……」
そびえたつビルを眺め、京は呟く。
ここに王がいる。ここで全部を終わらせる。
そのときだった。
「っ!!」
鼓膜を破る程の爆音が空気を伝わり京に直撃した。びりびりと空気が震え、思わずその場で立ちすくむ。
数秒して爆音は止みとっさにつむんだ瞼をゆっくりと開ける。
「今のは俺らの陽動だ。この間に王を倒すぞ」
騒然とする町中の人々たちを背景に、来葉は端然と京の姿を見ていた。
「陽動…!?」
来葉の言葉に驚き、心底で納得する。どうりでここに来るまで基地で会った人とまったく会っていない。
目的は王を倒すこと。真正面から王国の軍隊と相手するよりは確実な手段だ。
確実だと判っていても…!
「あの人たちが死ぬかもしれないだろ!」
京は飛び掛り胸倉を掴む。
冷静に来葉はそれを他人事のように眺める。
「命を捨てる覚悟は出来ているやつらだ」
「そういう問題じゃないだろ!」
語意が強くなるにつれ、黒いコートがより強くねじれる。
「下界の皆を守る為なのにそのために上界の人が死ぬのは間違っているだろ!」
混乱する街中で京の怒声が響く。だが来葉は褪めた目つきのままだ。
隣のエイルは知らぬふりをしてあらぬ方向を見ている。
胸の中の黒いものがあふれかえりそうになる。
「助けたいなら…さっさと王を倒せばいい」
「!!」
低い声で諭され、京は激昂した。
「お前…!」
胸倉を掴んだ手が小刻みに震える。そして力が抜けたように手を離し俯いた。
「……今エイルの魔法で俺らの姿は見えなくなってるが、エイルには陽動の指揮に当たるため俺らとは別行動になる」
しわくちゃされた胸元を撫でながら来葉は高圧的に言う。
「彼女の……」
「引き返すなら今のうちってか?」
俯いていた京が来葉の言葉を引き取る。
少し驚いたような顔をし、すぐにエイルと顔を見合わせた。
エイルは優しく笑い、来葉は応えるように微かに頷いた。
「………じゃクル。生きて帰って来てね」
そう言ってエイルは無音で消滅し、明るい笑顔の残像だけが残った。
「な、何してんだ!逃げろよ!」
逃げ惑う人が初めて京たちに気付く。
「来葉、さっさと終わらせるぞ」
「判ってる」
微妙な空気を挟み、二人してそれぞれの武器を現実に顕現する。
来葉の手には水色がかかった拳銃。京の手には大き過ぎる大剣。
歪に広がった来葉への不信感。ぬぐえぬままに京は剣を手にした。
「……行くぞ」
街が混乱に陥る中で、恐怖と怯えの国民を背にたった二人の少年が建物の中に駆け出した。
読んでいただきありがとうです
そろそろ京の話が佳境にはいります
泊制戦争―大事な単語。制約者と人間の戦争
エイル・ファミズ―来葉の相方。
浮刃京―よく「生徒長」と呼ばれるが本人は気に入ってない。
来葉真一―愛称は「クルハ」。エイルだけ「クル」と呼ぶが本人は気にしてない
シル・キョウ―愛称…。……ないな。ちなみにシルは著者の「知」という名前の一文字から取っている
王―ああ…。このキャラ書きにくい。