2-17.誓灯祭の前夜/エルヴィスの祈り
誓灯祭の前夜。浮き足立つ学園の気配とは反対に、礼拝堂の庭はひっそりしていた。
白いランタンの灯だけが淡く揺れ、石畳に影を残している。
その影の中に、彼がいた。ひざまずいてはいない。ただ静かに頭を垂れ、胸の前で指を組む祈りの姿勢。飾り気はないのに、どこか空気が澄んで、張っていた。
「……殿下?」
声をかけると、エルヴィスが振り向いて目を細めた。
「こんばんは。驚かせたかな。少しだけ祈っていたんだ」
「祈りの日は明日のはずですよ……?」
「うん。でも、灯火は妖精からの預かりものだろう? きちんと『大事にして返します』って挨拶をね」
いつもと同じ、穏やかでゆったりとした口調。
「少し歩く? 涼しいよ」
呼ばれて、門をくぐる。礼拝堂の庭を回るように歩いた。足元を踏むたび、砂利が小さく音を立てる。
もう一度門の前に来たところで尋ねた。
「殿下は、よく祈られるんですね」
「癖みたいなものだよ。務めでもあるし。雨、道、境、火の手、病……国として祈るべきことが色々とあるから」
「……義務ってことですか?」
少し首を傾げて、エルヴィスを見る。
「ソフィアは義務が嫌い?」
「いえ……でも、さっきのは……」
言いかけて、止まる。
でも、口はその先に動いていた。
「ただ——殿下個人の願いは、その中にあるのかなって」
一拍の沈黙。ランタンの芯が風に鳴る音を聞いてから、踏み込みすぎた、と自覚した。
けれど。
「あるよ。」
彼は少し空を仰いでから、ゆっくりと答えた。
「確かに後回しにはしがちだけどね。でも、僕個人の願いは言葉にすると誰かの重さに変わることがあるから。急がない」
「急がない……」
「そう。それに——『王子様はいつでも余裕の顔』のほうが、安心だろう? だからそういうのは隠れて祈る。今日みたいに」
声に少し冗談っぽい響きが混じった。
「……なんだか、大人ですね。凄い」
彼は笑って肩を少しだけすくめる。
「……けど」
私は思わず口にしていた。
「私はさっきみたいな顔も良いと思います」
目の奥が、穏やかな光を持った。
「ふふ、覚えておくよ。ありがとう、ソフィア」
灯が一度だけ瞬いたあと、彼はさらりと言った。
「——明日、ソフィアは誰かと行く?」
「え? いいえ、誰とも約束はしてませんけど」
「じゃあ、一緒に歩かない? 誓いはそれぞれで」
「え」
それは、単純に聞けば“お誘い”だった。
けれど、かなり気楽な口調。私は一瞬だけ返事に迷う。
(……一緒に、か。お祭りは“告白の場”にもなるところ——でも、“誓いはそれぞれ”って言った)
灯がしばらく明滅する間の沈黙。
「……それ、私でもいいんですか」
「もちろん。だから誘ってる。けど無理にとは言わないよ」
裏のないまっすぐなエルヴィスの声に、迷いが、すっと引いた。
(“歩く”だけ。線も引いてくれてる)
「——はい。放課後の鐘のあと、受け渡し所で」
「決まり」
灯籠の白がもう一度だけ揺れて、夜気に溶けた。
次回【フェイ・ランタン〜誓灯祭〜当日】




