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第九話『世も末なんですけどー』

 グランがこの世界に転生してもう二年が経った。

 かの演劇人はすっかり貴族の色に染まってきていたが、それでも庶民であった頃の記憶が消えていないおかげか貴族も平民も区別せずに人々と接する事が出来ていた。

 もっとも、内心では碌でもない事を考えてはいたが。


「ふっ! はっ!」


 そんな件の少年は屋敷から少し離れた平原で剣を振っていた。

 貴族らしくもなく必死に素振りをしているその様は中々に泥臭くもあるが絵になっている。まるで少年漫画の主人公のようだ。

――お察しの通り、グランの演出である。


 そんなグランを遠目から眺めているのはグラン専属のメイドであるシャーリーであった。シャーリーは始め、グランが剣を習う事に反対していた。

 屋敷の主人であるデネゴは大の剣士嫌いだ。そんなデネゴに話をしたところでまともに相手をしてくれるわけもないので、黙って剣を習うという事になるのだが、それはあまりにもリスクが高すぎる行為だった。

 そんな行為を犯してまで剣を習得しようとするグランの意思が分からなかったし、何より心配だったのだ。

 幼い子供が剣を振るうなど、絶対に怪我を負うに決まってる。それに、グランはどこか楽観的な部分があるのも見抜いていたシャーリーは、グランが無茶をしないよう見張る役割も兼ねて此処に居る。


「(それにしても、剣筋がどんどん鋭くなっていく……。怖いくらいですね)」


 あの日に剣を手に入れてから一年。グランが剣の稽古を欠かした日は一日たりとも無かった。理由は無論自身の演技に関わる事だったからなのだが、シャーリーからすれば、グランはひたすらに自身を追い込み必死で出来る事を増やそうとしているように見えた。

 両親に恵まれず、他に頼れる大人もいない中、それでも折れてしまわないように自身を鍛えているグラン。シャーリーは、それが不憫で不憫でしょうがなかった。


「(――私が、支えなければ)」


 あの幼くも強い少年を、己が人生をかけて支え続けるのだとシャーリーは誓っている。それがかつて少年を罠に嵌めようとした事への負い目からなのか。それとも深くなっていった関係の中で少年の広い器を感じたからなのか。

 どちらからくる決意なのかは明白である。


「ふー……。そろそろ、終わりにするか」


「はい、どうぞ」


「はい、どうも(このタオルほんっとに触り心地いいわ)」


 タオルを手渡され額に滲む汗を拭うグラン。その身体は、一年前と比べて良く成長していると言えるだろう。剣を振るっている事で手はゴツゴツとした男らしい見た目になっている。

 原作での豚のような姿の面影は無いに等しかった。


「(ま、この俺が太るとかあり得ねえけど)帰るか」


「はい」


 二人揃って屋敷へと戻っていく主従関係の二人の間には、確かに積み上げられた信頼があった。


 *


「婚約?」


 朝食の時間。屋敷のダイニングルームに一家全員が揃うこのタイミングでデネゴは話し出した。


「うん。グランの婚約相手が見つかったんだ」


「まぁ! それは嬉しいことねグラン」


「(別に嬉しかねえよ!)そう、ですね。嬉しいです」


 頬をほんの少しだけ赤らめているグランを見てさらにはしゃぐアラネウス。息子が照れているのが微笑ましいのだろうが、それが演技だと知ったら彼女はどんな反応をするのだろうか。


「ですが、婚約相手って誰なんですか? 私は他の貴族の子息子女との関わりなんてありませんよね?(下位貴族とかだったらすぐに断ってやる)」


 グランの本性を知っていたら向こうから願い下げだろうから心配いらないだろう。


「婚約相手はライシア・ゲルバーグ嬢――――公爵家の令嬢だよ」


「ライシア・ゲルバーグ…………?(それ聞いた事ある名前やん……)」


 そう、ライシア・ゲルバーグとはこの世界の元であるギャルゲーに出てくるヒロインの名前である。この事実に気づいたグランのテンションは急降下! 隕石よりも早く降下していくグランのテンションに宇宙もドン引きである。


「公爵家という事は、我が家よりも階位は上ですよね?」


「そういう事になるね。まぁ、ゲルバーグ家は王国の五公の中でも比較的権力の弱い公爵家になるけどね」


「(知ってるよ!! テメエの蘊蓄うんちくなんざ聞きたないわ!)」


 他人の蘊蓄話を聞きたくない男、グラン。――前世では須藤の蘊蓄話をよく聞いていただろうに、その経験が全く活きていない。流石、演劇以外はポンコツな男である。


「因みに、そのライシア嬢はどんな性格……というか、どんな人柄なんですか?」


「ん? ライシア嬢かい? そうだねえ……大人しい子だったよ。礼儀正しかったし、そこいらの下位貴族の令嬢とはものが違うね。流石は公爵閣下の娘、といったところかな?」


「(おっと、このパン少し硬いな。ったく、ちゃんとトースターでチンしとけよ……)」


 自分から話を振った上に人の話を聞かない男、グラン。トースターでチンされるべきなのはコイツである。


 だが、少しは話を聞いていたようだ。

 何故、グランがライシア・ゲルバーグの名を聞いてテンションが急降下したのか。その理由がライシアの性格にあったのだ。

 無論、ただ大人しく礼儀が正しいだけの女をグランが厄介に思う筈もない。そんな女、グランにとってはただのカモ。演技で騙し騙し付き合っていけばいいだけの話である。


 つまり、ライシア・ゲルバーグの本性は別にあるのだ。


 その本性とは、まさしく横暴な女王のような女であった。表の顔は大人しく礼儀正しい麗しき公爵令嬢なのだが、裏の顔は暴虐王と言っても過言ではないドS女である。

 グランのストライクゾーンを大きく逸れているその女と会うというだけでグランのテンションは爆下げられていったというわけだ。


「(あんな女が公爵家の子女とか、世も末なんですけどー)」


 とかなんとか言っているが、コイツが侯爵家の子息なのも世の末なので、案外お似合いのカップルになるかもしれない。




 



 

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